Silver Trail –dialog() spinoff–
協働的創造性を構築するためのメディウム

アジアのコード文化の共創を目指し、2024年の真夏の日本で開催されたジェネラティブアート展dialog()。その後dialog()はアジアの主要都市を巡回し、各都市で言語や文化の違いを超えた多元的対話と、アルゴリズムがもたらす創造的視野を拓く場を作り出し、第一回の幕を閉じた。しかし、対話は続けられていかなければ意味がない。そんな共通の課題意識を持つVolumeDAOとNEORTが、持続的な対話の構築を目指し企画したのが、dialog()のスピンオフ展Silver Trailである。

今回の展示、Silver Trailでは参加者を2名に絞り込むことで、より親密で集中的な対話の深化を図った。台湾からはアルゴリズムによる偶然性と人間の感情や記憶との接点を探求する陳芷渝(Chih-Yu Chen、通称CYC)が、日本からはジェネレーティブアートからデータドリブンアートまで、テクノロジーと歴史の交差領域で活動を展開する永松歩が参加。単なる成果物の展示に留まらず、異なる背景を持つ2人が協働を重ね、互いの創造性を刺激し合うプロセスとコードを介した継続的な対話そのものを芸術実践として提示することが、本展示の核となっている。

会場となったNEORT++では、プリント作品からプロジェクターによる投影、そしてLEDディスプレイなど、さまざまな展示手法で今回制作された2作品が展示され、鑑賞者を展覧会の世界へと包み込んだ。特に目を引いたのが、GitHub上の永松とCYCのコメントと作品が対比的に提示されている「対話」による作品の変容を体感できるスクリーンである。今回2人は、ルールをあえて「完全なる自由」とすることで、互いのコードを自由に修正、あるいは削除することを許容した。一日一回、どんな小さな変更であってもコミットを行うという目標のもと、GitHubを用いてコードの共有を行ったという。即興と対話を創造の源泉としたセッションで作り上げられた作品は、展示期間中も絶えず変化し続ける「オープンな作品」として提示されている。

永松は、TOKYO NODEで行われたSilver Trailのトークセッションにて、本作の参照点として情報デザイナーのGiorgia LupiとStefanie Posavecの作品「Dear Data」を挙げている。2人が1年間にわたり毎週テーマを決め、自らの生活を「小さなデータ」として収集し、絵柄と詳細な凡例を手書きで描いたポストカードを互いに郵送しあったデータ可視化プロジェクトである。郵便というスローなメディアを用いた対話の形式は、本展示ではGitHubという現代的なツールに置き換わっているが、どちらも対話のプロセス自体を作品とするという共通点を見出すことができる。

本展示には、協働の2つの異なるモードを探求する2つの作品が展示されている。ひとつ目は毎日のコミットをコラボレーションの基盤に置いた「dialog()2025」である。本作品は、リアルタイムでの共同制作を前提とする、「同期協働」とも呼べる制作方法をとっている。ライブコーディングやペアプログラミングのように、一つの作品を共に制作することで、2人のアイデアが不可分に結びついた作品となっている。もう一つの作品は、2人が2つのレイヤー上で制作を行う「SILVER TRAIL」である。「与えられた点群を自由につなげる」という緩やかなルールに基づく制約の中で、各アーティストが独自の解釈で制作したイメージが重ね合わされた作品である。それは各アーティストの創作の自由度を保ちながら一つの作品を作り出す、「非同期協働」とも呼べる制作方法と言える。

Ayumu Nagamatsu and Chih-Yu Chen – dialog()2025

Ayumu Nagamatsu and Chih-Yu Chen – SILVER TRAIL

先行して販売された、「dialog()2025」は7月19日にobjktにて15作品が公開され、即完売した。
https://objkt.com/collections/KT1F7beMQoPPmmKrGptjS7Xb8N5fLPQE3AXX

また、「SILVER TRAIL」はロングフォームジェネラティブアートとして、7月26日に販売予定となっている。

dialog()は、集団的な共創の場から個人間の対話の場へと実験の展開を進めてきた。対話のあり方を探求した2つの作品は制作過程を通じて異なる個性がどのように共存できるのかをめぐる探求であり、他者性を創造性へと昇華する試みでもある。それによって明らかになったのは、コードが単に視覚を生成するツールに留まらず、協働的創造性を構築するためのメディウムとなり得るということである。協働的創造性では、個人を起点とする創造性とは違って「関係性」や「相互作用」そのものが重要な創造の源泉となる。そこでは、生成された視覚的な出力だけでなく、アーティストが時間をかけて培う相互作用、信頼、相互応答から新しい創造性が生み出される。さらに言うと、人々が培ってきた有機的な関係性から作品が生み出されるとするなら、その関係性そのものがもう一つの重要な創造物と言えるのではないだろうか。Silver Trailは芸術がオブジェの創造と同様に、関係性の創造でもあり得るというということを示しているのである。

Silver Trail -dialog() spinoff-
開催期間 2025/7/11-2025/7/27
会場 NEORT++
https://two.neort.io/ja/exhibitions/silver_trail