「Future Ideations Camp Vol.2|setup():
「ブロックチェーンで新しいルールをつくる」
体験レポート

Text=Yusuke Shono

本メディアは、2021年からブロックチェーンとNFTを取り巻くアートシーンにフォーカスし、リサーチと情報発信の活動を続けてきた。衆目を集めた新しい現象をめぐる狂乱も今は落ち着き、幾分人々の活動は緩やかなものになっている。これまでにも数多くの実験や、ミーム、人間ドラマが誕生した。ここでは語り尽くせいない多くの出来事があった。2年をかけて激しい変化の渦巻く領域を一通り体験してきたが、それでも可能性はまだ汲み尽くされていないと感じている。一方で、技術の可能性について議論したり、社会へと実装を行う試みもまだまだ足りてはいない状況がある。

そんななか、東京都という公共の空間でブロックチェーンをテーマにしたキャンプが行われるという情報が飛び込んできた。場所は渋谷に位置するシビック・クリエイティブ・ベース東京[CCBT]。公益財団法人が運営し、国内最大規模のアーティスト・フェロー制度を誇る活動拠点である。今回開催されるのは、市民がアートやテクノロジーを学び、社会課題に取り組む未来提案型のキャンプ「Future Ideations Camp」のVol.2。基調講演だけとって見ても、Art Blocksの創業者Erick Calderonや、メディアアーティストの藤幡正樹、法律家の水野祐、台湾からVolume DAOと、途轍もない豪華なラインナップが実現している。講師陣も、今まさにブロックチェーンが作り出した新しい領域で活動する現場感のあるアーティストやクリエイターが並ぶ。加えて、同じ関心を持つ人々がリアルな空間で出会い、議論を交わす機会は貴重なものになるのではないか。そんなことを考え、一個人としてエントリーすることを決意したのである。講義や基調講演、そしてワークショップが繰り広げられる短期集中の5日間。参加者たちには、その場で新しいプロジェクトの草案や作品を制作することが求められる。本稿は、その5日間にわたる濃密かつ緻密に設計された体験のレポートである。

Pre lecture: Erick Calderon (Art Blocks)

幾度とない興隆を経て進化してきたブロックチェーンの技術は、新しい金融のあり方だけでなく、アートのメディウムとしての使用や、地域創生への活用など、大きな広がりを見せている。特に2021年のアーティストBeeple作品の歴史的なオークション販売価格をきっかけに始まった”NFTの夏”。その出来事が、数多くの人々の人生を変えることとなった。突如として巻き起こったムーブメントにより、デジタルテクノロジーを基盤に制作活動を行うアーティストたちの巨大なシーンが形作られたのである。なかでも目覚ましい活躍を見せたのが、ジェネラティブアートの領域で活動するクリエイターたちだった。ジェネラティブアートの震源地と言われるプラットフォームArt Blocksは、ブロックチェーンのハッシュ値をアートの生成のためのシードとして用いる手法で、ブロックチェーンとジェネラティブアートをこれまでにない方法で結びつけた。アートをコレクションする新しい楽しみ方を生み出し、ひとつの巨大なムーブメントを巻き起こしたのである。

本キャンプの開講前に行われたのが、そのArt Blocks創業者Erick Calderonの基調講演だった。いまだ人気が衰えないジェネラティブアートの世界で最も愛されるプラットフォームArt Blocksがどのように生まれ、なぜこれほど影響力を持つ存在となったのか。その秘訣をブロックチェーン以前の彼自身のキャリアを振り返りながら語る講演となった。

オンチェーンジェネラティブアートのシンボルとして今では多くの人々に親しまれている彼の代表作「Chromie Squiggle」も、当初は大きな注目を浴びることはなかったという。プラットフォームの有効性を実証するためのモックアップとして制作され、Art Blocksのプロジェクト0を冠するその作品は、ひとつのアルゴリズムからどれほど多様な表現を生み出せるかという可能性を示すために作られたものだった。当初たった542個しかミントされなかったものの(その542個は愛好家たちから「Day 0」Squigglesと呼ばれる)、ジェネラティブアートの可能性が人々に広く知られた現在、「Chromie Squiggle」は多くのコレクターが追い求める貴重なアイテムとなっている。彼の作品が示したように、ブロックチェーンと結びついたジェネラティブアートは、新しい可能性を拓く手法として多くの人々が実験や探求を続ける領域となったのである。

Chromie Squiggle #9389
Owned by hasaqui

DAY1: お金

「Future Ideations Camp」の1日目のテーマは「お金」である。そもそもブロックチェーン自体、第三者を介在させない取引を可能にするデジタル通貨を支えるために構想された技術だった。しかし、そもそも「お金」をいちから作り出すことは可能なのか。それについて考えることは「お金とは何か」と問うことにも繋がっている。この日は、アーティストとして「作品を制作し、売ることとはどういうことなのか」という問いかけから活動を開始したという会田大也、そしてアーティスト、エンジニア、起業家でもあるToshiこと髙瀬俊明が、それぞれの視点から参加者たちとその大きな設問について考える時間となった。

実際にブロックチェーン上に独自の通貨を実装することはとても簡単にできる。しかしそれを通常のお金として用いるのには、さまざまな外的な条件を満たす必要がある。ブロックチェーンは現実の貨幣を代替できる技術なだけでなく、そうした設問を浮かび上がらせもする。僕らが知っているお金が存在する以前から、人々は貨幣のようなものを発明し、豊かな経済を形作ってきた。ときに人々の経済を促進し、ときに人々の欲望を刺激する。社会の基礎を形作るその重要な存在の形を検証することも、この領域のアーティストたちが果たすことができる役割のひとつでもある。

ブロックチェーンの領域で活動するアーティストが、ブロックチェーンのインパクトは「お金」と結びついていることにある、と言うのをよく耳にする。スマートコントラクトによって人を介在させずお金にさまざまな機能を持たせることができる、そこに大きな可能性が存在していることは言うまでもない。実際にNFTを制作し、売上がリアルタイムに入金されてくるのを体験するだけでも新しい感覚が直に感じられるだろう。同時に、そこにはお金にまとわりつくネガティブな側面も存在していることにも触れておかねばならない。お金という存在が引き出す人々の欲望をどうコントロールするか。この領域に課された難問である。その問題を解くためには、今後も非常に慎重な思考と経験が必要とされるだろう。

DAY2: NFT

2日目は、近年のブロックチェーンの技術を広めるのに大きな役割を果たした「NFT」に視点を移す。実際にNFTのシーンで世界的に活躍するアーティストKaoru Tanaka、0xhaikuによるレクチャー、そしてwildmouseによるERC721のNFTを実際にデプロイするハンズオンである。Open Seaを用いてSNSに情報をアップするほどのシンプルな操作でNFTを作ることができるだけでなく、オリジナルコントラクトと呼ばれるスマートコントラクトを用いていちからNFTを制作する手法も、それほど困難な作業ではない。実際に手を動かすことで、その技術の持つ手触りも感じることができる。プログラムという言語が持つ固有の性質、そこにある感触から作品が生み出されることもある。環境が持つ個性はメディアが持つ特性として現れて、固有の作品性を形作る。

もちろんブロックチェーン以前にも、デジタルアートは豊かな文脈を築いていた。その領域にとって最も大きな変化は、価格が付く市場が現れたことである。資本主義的なマーケットの速度とオンラインの文化の加速度が組み合わされることにより、驚くほどの速さで大量の作品が生み出され、消費されるという特殊な環境が生み出された。その速度と作品量はそれ自体が好奇心を誘う興味深い現象であるが、一方で、この領域の門外漢にとってひとつのハードルを作り出している可能性もある。

講義のなかでアーティストの0xhaikuが示唆したように、既存のジャンルにブロックチェーンが組み合わされることにより、新たな可能性が姿を現したことは特筆すべき点である。例えば、ジェネラティブアートは単に視覚的なヴァリエーションを生み出す手法というだけではない。作品のその先に、アートが社会と繋がり、人とアートが影響を与え合う可能性がある。しかしブロックチェーンと一見かけ離れているように見えるその可能性に、気がついている人はまだそう多くはいない。

DAY3: DAO

3日目のテーマは「DAO」。講師陣は、台湾とTezosチェーンをベースに活動するVolume DAOのメンバーである。コレクターやアーティスト、批評家など多様なメンバーたちが揃う、一種のコレクティブのような活動を行なっている。前日の基調講演ではメンバーたちのバックグラウンドの紹介と、彼・彼女たちがどのように相互に触発し合い、新しい創造性に繋げたか、そのプロセスが具体的な事例とともに紹介された。オープンソースの運動から生まれたDAOは、ブロックチェーンのイデオロギーを反映し、非中央集権的で自律的な運営組織を目指す組織形態である。投資やプロダクト、アートまで、幅広い領域で実効性が検証されつつあるDAOだが、その本質を彼らは3つのパートに分割する。なかでもD(Decentralized)が人間、A(Autonomous)はテクノロジーが担うと述べた。人々が集まり民主的に意思決定を行うこと、それを永続的に動き続けるスマートコントラクトがサポートする。投票を行うためのツールや、資金を共同管理するためのマルチシグウォレットなど、具体的な手段などについても、実際に手を動かしながら体験できた。

DAOは難しいとよく言われるが、簡単に言えば、DAOとはトップダウンではなく、人々が民主的に物事を決定するための手段である。その意味では、Volume DAOはそれを理想的な形で実現しているように見えた。ブロックチェーンのテクノロジーを使用しているというだけでなく、多様な人々を受け入れる寛容さと、人々がインタラクトし合い、何かを生み出していく創造性を刺激する場がある。そんな場所が存在しているということ自体、とても貴重なことのように思える。さらに言うなら、CCBTのプログラム自体も、人々が集まり新しい何かを生み出すための空間である。そのような自律的で創造的な空間は、DAOの外にも、どこにでも存在し得る。DAOという組織の在り方は、そうした空間の創出や維持にとって大きな刺激になるに違いない。

DAY4,5

4日目、5日目は今回のプログラムの目玉とも言えるグループでの作品制作である。各人の関心をもとに作られた5つの集団に分かれ、設定されたカテゴリーから発想して作品作りを行う。たった2日間で、しかもはじめて出会ったメンバーでコンセプトを練り上げて実制作も行わなければならない。多様な背景を持つメンバーが集まり、ひとつのものを作り出す。今回のプログラムで最も大きな挑戦である。

筆者が選んだのは「コミュニケーション」をテーマにしたグループだった。前日にフリーディスカッションを行なっていたおかげで、その場で出たアイデアが自然と成長していくように発表の形が定まっていく。近年、SNSをはじめとしたメディア全体がどうも「怒り」にドライブされ過ぎていると感じている。コミュニケーション技術の進化がもたらしたそんな状況から発想し、自分でデザインしたルールに基づいて対話を行うコミュニケーションの実験のためのプラットフォームを提案することになった。

詩や短歌、絵文字はもちろん、数ある視覚表現に至るまで、あらゆる人間が作り出した表現はコミュニケーションの一形態だと考えることができる。例えば庭に置かれた石ひとつとっても、そこに石を置いた誰かの意思が、後の世で誰かの思考に影響を与えることがある。言葉を使わなくても、時や空間を隔てて対話を生み出すことは可能なのである。そう考えたとき、表現の形式自体がそれなしでは生まれなかった固有のコミュニケーションを生み出す可能性がある。そもそもアートを作り出す行為自体が、作品によって対話を生み出す可能性に賭けるということにほかならない。今回のワークショップから生み出された「対話を生み出す新しい形式について探求する」というアイデアは、これから追求していく意義があると感じている。今後の展開にもぜひ期待しておいて欲しい。

終わりに

「お金」「NFT」「DAO」という3つの分野から、ブロックチェーンの可能性を引き出し、新しいルールのあり方を構想する。ルールとは、人々が共存するための方法である。あっという間の5日間は、短時間で創造的な空間を作り出すという、それ自体野心的かつ無謀な実験でもあった。だからこそ、そこには対話だけでなく、衝突も存在したように思う。しかし、ここで前提としたいのは「他者」の存在である。信頼を寄せる人々、あるいはそうでない人々と、いかに場を共有し、新しい価値を創り出せるか。パーミッションレスをコンセプトとして掲げるブロックチェーンが、これから達成しなければならない課題のひとつである。情報の流れが速くなると同時に、コミュニケーションの速度も加速しつつある今、理解し合うことと同じく、理解し合わないことも同じく重要な気がしている。寛容の精神を掲げるだけでは、この多元的な世界に暮らしていくには十分ではない。そのとき、この場で行われた、さまざまな実験とその成果が必要となることもあるだろう。流れの早いこの世界で、多くのものが儚く消えていくが、そこで行われた試みのひとつひとつが人々の生活に浸透し、小さいけれど新しい価値をもたらしつつあることも確かである。その積み重ねの果てに、異なる世界が生み出されるかもしれない。この場所で行われた実践が、そのための種子の一つとなればと願う。

関連記事:
https://ccbt.rekibun.or.jp/research-notes/camp2_setup

開催日時 2023年8月26日(土)〜8月30日(水)
会場 シビック・クリエイティブ・ベース東京[CCBT]
期間 2023年8月26日(土)〜8月30日(水)
https://ccbt.rekibun.or.jp/camp/setup/

Erick Calderon Art Blocks 創業者、CEO
高尾俊介 アーティスト、ジェネラティブアート振興財団代表理事
会田大也 ミュージアム・エデュケーター
eziraros アーティスト
Jo-Lin Hsieh Volume DAOコントリビューター、Sandwishes Studio共同設立者
Shih-Tung LO Volume DAOメンバー、アーティスト、キュレーター
菅沼聖 山口情報芸術センター[YCAM]社会連携担当
髙瀬俊明 株式会社TART 代表取締役
田中薫 ジェネラティブアーティスト
永嶋敏之 デザインエンジニア、ディレクター/株式会社メタファー代表取締役
0xhaiku アーティスト
藤幡正樹 メディアアーティスト
松橋智美 株式会社メルカリ 政策企画、Arts and Law所属
水野祐 法律家、弁護士(シティライツ法律事務所)
You-Sheng Zhang Volume DAO共同創設者
wildmouse ブロックチェーンエンジニア