N1L – CONTENT METASTASIS #2

ヴィジュアル&サウンドアーティストのMartins Rokisのプロジェクト、N1Lのミックステープの第二弾。波のように打ち寄せる混沌としたハーモニクスにより、想像力を刺激する未視感にあふれた世界像が描き出される豪快な電子音響作品。ダンスミュージックのスタイルを基底に敷きながら、その奥でさまざまな文脈が交接させられていく。そのレフトフィールドな感性が描く世界観は未来的だが、どこか叙情的な暖かみもたたえている。さまざまに織りなされる多様なサウンドはゆらぎやランダムネスによってより抽象的な形をなし、さらにその複雑性の中に自らを溶解させて、より自然の形に近くなっていく。そのテクスチャーへの複雑性の追求は、近年のモードと言っても良いだろう。都市文化の混沌とした人工の中に生成するその複雑性は、わたしたちにとって住心地の良いヴァーチャルな自然である。そこには 野性的でプリミティブなレイブによる高揚も、潜在的に胸に響く直感的で肉体的な快楽も、心休まる静けさすら存在している。

ALTZ.P – La toue

2000年初頭の大阪のアンダーグラウンドシーンの空気とも連動する唯一無二の作品を作り出してきたALTZの久々のリリースである「La tone」は、色褪せることのない爽やかな驚きを感じられる快作だ。真っ黒なビートはいつもどおりファニーな面持ちを持ち、その優しさに溢れた個性を響かせている。ストイックでミニマルでありながら、いつでも奔放な自由さを宿したビート。弾け出したい心を抑えるかのように、抑えられたそのリズムの中にあるストイシズムは逆に情熱的ともいえる。その熱気は、鮮やかに身体性と結びついて、聴くものの心をその原始の炎で焼き焦がす。フルバンドとなったその演奏は、楽器と楽器は有機的に結合し合い、鮮烈なその色彩を眼の前に大きく広げていく。よりスケール感を増したその世界観で、ここではない世界へと接続するユートピアを出現させる。

Tavishi – মশ্তিষ্কের কণ্ঠশ্বর | Voices in my head

サイエンティスト、ミュージシャン、そしてヴィジュアルアーティストでもあるTavishi(Sarmistha Talukdar)は、自身の研究をデータをサウンドスケープへと変換する実践を行っている。伝統的な文化を持つベンガルから来たクイア女性という出自を持つ彼女は、自己の中間的状態の分裂を聴衆との音楽体験により合一し、カタルシスや癒やしの感覚へと昇華することを試みる。この最新作は、アジアをテーマにし活動するプラットフォーム/コレクティブ〈chainabot〉からリリースされた作品。癌細胞がストレスの多い状態で生き残るために自分自身を食べるオートファジーと呼ばれる過程について彼女が発表した研究データを作られた“I eat myself alive”は、アミノ酸配列を音に変換し、分子信号のフローチャートに沿って配置することにより作られた。また、“Satyameva Jayate”はサウンドのループとフィールドレコーディングにより「取り残された人々の歴史」を表現し、その最終的な勝利を願って作られたトラックである。抽象的かつインテリジェントなそのサウンドスケープは、インドの伝統的な調律とエクスペリメンタルな音響の間を行き来しながら、持続音や不協和音、また親密さと拒絶の間を横断する。そこにはしなやかさとダイナミズム、そして組み尽くすことのできない豊穣さが宿っている。

Yolabmi – To Nocturnal Fellows

Yolabmiは東京在住のインダストリアルやダブといった楽曲のリリースやライブ、またコラージュなどのヴィジュアルワークも手がけるコンポーザー。「To Nocturnal Fellows」は、ロシアを拠点に活動するArthur Kovaløvの主宰レーベル〈Perfect Aesthetics〉からリリースされた、抽象的なアンビエント的な感触を持つ作品。ダブステップのような硬質で荒れたテクスチャーを持ったその音響の、延々と続く崩落を眺るような催眠的な心地よさが、破壊と再生を縫うように絶妙なバランスで続いていく。退廃的なロマンティシズム、そして未来というより旅の途中に撮られた個人的な1枚の写真、あるいは荒涼とした見知らぬ国で撮影されたモノクロ映画のような、独特の寂しさを持つ作品。暗く孤独な奥に横たわる、その深くゆったりとした共鳴の世界に身を沈めたい。(S)

Le Makeup – Matra

Wasabi Tapesのリリースから注目され『電影少女』の劇伴を手がけるなど、丹念に着実に成長の道を歩んでいるLe Makeupの、汎アジアを標榜するコレクティブ〈Eternal Dragonz〉からのリリース。叙情性と力強さを合わせ持つオリジナルなトラックを作り出してきた彼が、全編自身のボーカルをフィーチャーした作品となっている。人は人の声に否応なしに惹かれるものだけど、しかし誰しもがそうなのだから、普遍性は簡単に安直にもなり得る。だからこそこの作品のような、研ぎ澄まされた曖昧さが欲しくなる。言葉は物語を作り出すが、同時に解体もする。積み木のように、さまざまな形を作り出す夢と同じようなその余韻が、はっきりとした形をなす前にまた新たな動きを作り出す。繋がり合う言葉と、風のような軽やかに積み重ねられた意味がただただ吹き抜けていく、小気味よさに溢れた作品。

ARS WAS TAKEN – HOLD ON 2 ME

ARS WAS TAKENは、Planet Muなどから良作をリリースし続けていた東ロシアのグループWWWINGSの片割れ。ノイズに溢れた未来主義的な抽象画のようなWWWINGSが作り出してきたサウンドは、活動休止を経てリリースされたこのソロデビューアルバムでさらに押し進められている。思索的なメランコリーと、レイブの高揚の間をぬいながら、カットアップ・コラージュによる切断を繰り返し、予測できない形を作り出していく。乱暴なザッピングの果てに残るのはダーティな質感を持つ電子的ゆらぎをもった手触りの記憶である。それはインターネットの奥に広がる、工業的なデストピアであることは間違いないが、いくぶん叙情的な匂いが加わったそれは、以前より優しい響き含んでいるようにも感じられる。凍えるような寒さを胸に、重く立ち込める分厚い音の雲で全身を深く包み込む癒やしもあるのではないか。多くの曲にゲストを招くのも特色の一つで、参加者はHikawa Yoshitaka、YAYOYANOH、Dasychira、D33J、HDMIRROR、AJ Simonsなど。またアートワークは元相方のGXXOST。

George Clanton – Slide

チルウェイヴ時代のMirror Kissesから、Vaporwaveシーンにさっそうと現れ旋風を巻き起こしたESPRIT空想が、いよいよ本名名義George Clantonへと帰還。100%Electronicaから、3年以上の期間をかけて作り上げたという新しいアルバムである。綺羅びやかでノスタルジックなサウンドが飛翔しながら、常に視点を移動しながら心地よく歪んだ音像を結び続ける。新鮮でありながら、どこか懐かしい。鮮やかにポップに、わたしたちのこの倒錯した欲求を掻き立てる。この泡のようなはかなく消えそうな過去の残滓が作り出した幻影は、荒廃とユートピアというわたしたちの心が向かうべき未来の二面性を暗示してはいないだろうか。

V/A – PRIMORDIAL CHAOS

国籍もバックグラウンドも関係なく、人々が織りなす不可思議な感覚に出会い続ける気持ちよさ、混乱したこの世界の縁に立たされて、不安と喜びを感じるそんなオンラインでの現代の感覚を体現しているのが今の「音楽ブログ」という存在ではないだろうか。特に、VaporwaveやHardvapour以降の音楽シーンが織りなすカオティックな生態系を追いかけ続けているMMJは、数少ないそんな変わった景色を見せてくれるブログの一つである。その主催である、Marcel Slettenが始めたレーベル〈Primordial Void〉が第一弾にリリースしたコンピレーションまさにど真ん中というというラインナップで、とても素晴らしい。海外勢としてはHKE、Gobby、Jeff Witscher、Mukqsなど、日本からはConstellation Botsu、YolichikaやEmamouse、Kazumichi Komatsuなど今まさにカテゴライズ不能な音楽を鳴らし続けているメンツが並ぶ。現代の研ぎ澄まされた感性が織りなす、そのリアルに是非触れてほしい。

Nico Niquo – Timeless

〈Orange Milk〉主宰のSeth Grahamのツアーに帯同し、日本のオーディエンスをその特異なアンビエント空間で包み込んだNico Niquo。友人のju caとCorinがスタートさせた新しいレーベル〈Daisart〉から発売された、彼の作曲とアンビエントミュージックの進化について書かれた書籍付きの新作レコードである。フィーチャーされているサックスは幼馴染だというJared Backerによるもの。ECMレコードなどのジャズに影響を受けたという楽曲は、ジャズの手法をアンビエントミュージックの文脈から昇華したような、ユニークな内容。鉱石のように硬質で、繊細な緊張感のある響きに貫かれている。眩しいほど澄んだ厳かな美を作り出している音の佇まいは、この世のどこからも隔絶された世界をくっきりと浮かび上がらせる。そこに流れる特異な時間感覚の持つ圧倒的な贅沢さは、おそらく現代のアンビエントミュージックの最良の成果といえるだろう。その作品の背景は、AVYSSマガジンによるNico Niquoのインタビューで詳しく知ることができる。

食品まつり – ARU OTOKO NO DENSETSU

Sun Arawのレーベル〈Sun Ark/Drag City〉からリリースされた食品まつりのアルバム。JUKEをルーツとしながらも、既成のフォーマットに囚われない隙間の多いスカスカしたリズムやエレクトロニックでカラフルな音色は、極めて自由奔放なフリーキーさを持ちながら、その佇まいにはいつも不思議な普通さが宿っている。アルバムを聴き進めるに従い、サイケデリックな独特の風情を持つ音の感触はまろやかになり、匿名の心地よさのなかに溶けていく。既視感も未視感も、陳腐さも前衛も、ノスタルジーも未来への憧憬もすべてを独特の懐の深さで包み込んでしまう。この奇妙で予想のつかない音の動きの奥には、日常にあるユートピアが広がっている。めちゃくちゃひねくれているのに、こんなストレートな楽しさに貫かれた音楽はほかにはない。

woopheadclrms – vs o​.​t​.​O​.​g​.​I

異質なセンスを持つwoopheadclrmsの作品は、plunderphonicsやカットアップコラージュといった手法にある現代の感性がエネルギッシュに溢れ出している。具体音から、ささやき声、エレクトロニックな音色までもが、鮮やかに豊かに交錯し合い、瞬間ごとに驚きをもたらし続ける。一段と洗練され、またぶっ飛んでもいるその立体的な響きは、奇妙で異質な美しさを持つが、都市の環境にチューニングされた私たちの耳には、とても心地よくナチュラルにさえ響く。カットアップコラージュされたテクスチャーが、まるで映画のようにメタ的な世界を描く極彩色の作品。

21st Century Wolf – Gen Nova

Kit Lossこと21st Century Wolfの作り出す、エレクトロニックな幻影。傷ひとつなく仕上げられた美しい工業製品のように、消費するために生み出された幻想には儚さがともなう。なめらかなカーブのようなそのサウンドはどこまでも抽象的で、模様のようなリズミカルなパターンはとても美しい。人工現実にいるような澄みわたる清涼さが漂うその幻想は、暗くジメジメとしたこの現実から私たちを救えるのだろうか?醒めることもなく、没入することもなく、無防備なまま避難できる場所としての音楽。ここではないどこか遠くへと誘う夢心地の儚さがただただ狂おしい。

SHX – +001

ORANGE MILKのツアーも記憶に新しい福岡を拠点とするOfficeのメンバーSHXによるリリース。〈Eco Futurism Corporation〉の兄弟レーベル〈Bio Future Laboratory〉からとなる本作は、彼らの提唱するエコ・グライムのコンセプトともシンクロする、有機的な複雑性を持ったフューチャリスティックなサウンドに仕上がっている。サイファイや神秘主義的な世界観など、イマジネーションを刺激するその世界観からシフトし、緊張と緩和を繰り返すより抽象性を増した音像が突き抜けた解放感を作り出している。

Fire-Toolz – Skinless X-1

シカゴを拠点に活動するAngel MarcloidことFire-Toolzは10年ほど前から、幻視的な電子音響の創造を追求してきた。Vaporwaveのシーンともクロスしながら、そのスタイルは抽象性を帯びた、未来主義的なダンスミュージックといえるもの。とにかく明るいユートピア的な幻想性に貫かれた本作は、あらゆる種類の音楽の断片が入り交じりながら疾走していく。ポストモダン的な混乱を突き破るような痛快なビート。それが作り出す鮮明な音像は、聴くものを高揚と朗らかなカタルシスへと導いていく。押さえきれない感情と才気がほとばしる、怪作。

Aïsha Devi – DNA Feelings

ケイト・ワックス名義で活動してきたスイス/ネパールの混血プロデューサー、アイシャ・デヴィの本名名義の2作目。原型のわからなくなるほど電子的に変形された「声」が作り出す音響が、古代の儀式を目撃するかのような瞑想的で抽象的な世界へと誘う。自身が設立メンバーでもある、ポストインダストリアルともいわれる挑発的で実験的なテクノをリリースし続けるスイスのレーベル〈Danse Noire〉の世界観とも共振する、解放されたクラブミュージックの新しい進化の形。レーベルの世界観もそうだけど暗い神秘性を秘めたこの質感、やはりヨーロッパの風土が生み出すものなのだろうか。

jjjacob – Nondestructive Examination

jjjacobはコペンハーゲンの24歳。突然の右半身の麻痺という自身の体験をもとに制作された「Intracerebral Hemorrhage(脳内出血)」から、周囲も驚くほどの回復を見せた数ヶ月後のリリースとなる本作のタイトルは「Nondestructive Examination(非破壊検査)」。深海のような重く深い音の世界に潜り込むように、ビートと旋律が自由自在に新しい調和をなした形を織りなしていく。未来的でいて、ノスタルジック。あらゆる要素を飲み込むようなその貪欲な音楽性は、Oneohtrix Point Neverのサウンドにも通じるところがあるように思う。どっぷりとその世界観にハマりながら、極上の時間を過ごすことができる作品。

Takao – STEALTH

アコースティックな響きも電子音響も、メロディもリズムも、あらゆる要素が渾然一体となり繋がり合っている。崇高とキッチュの隙間を縫いながら、すべてが元からそこにあったかのように、リズミカルな自然の命を奏でている。どのような音も次の音に繋がり、誰ひとり孤独のままでいることはできない。アンビエント・ミュージックとは音の生命が必要とした静寂なのだ。胸が苦しくなるほど、美しく、不思議な存在感を放つアルバム。現在は一部のみダウンロードできる状態だが、フィジカルリリースも予定しているとのこと。

Swan Meat – LATHE OF HEAVEN

タイトルとなった、「THE LATHE OF HEAVEN」はアーシュラ・ル=グウィンの小説から(邦題は「天のろくろ」)。オーケストレーションとサンプリングによる具体音がタペストリーのように複雑に織りなされ、一枚の奇妙で美しい物語を織り上げた作品。高解像度のコンピュータグラフィックスのような冷たい手触りの下には、暗くメランコリックな感情も見え隠れする。過去でもない未来でもない、ル=グウィンの描く世界のような見知らぬ世界へといざなわれる。