MASSAGE MONTHLY REVIEW – 8
MASSAGE&ゲストで、8月の音楽リリースをふり返る。
現行リリースの作品の広大な大海原から、8月に出会った素晴らしいリリースをご紹介。
現行リリースの作品の広大な大海原から、8月に出会った素晴らしいリリースをご紹介。
国籍もバックグラウンドも関係なく、人々が織りなす不可思議な感覚に出会い続ける気持ちよさ、混乱したこの世界の縁に立たされて、不安と喜びを感じるそんなオンラインでの現代の感覚を体現しているのが今の「音楽ブログ」という存在ではないだろうか。特に、VaporwaveやHardvapour以降の音楽シーンが織りなすカオティックな生態系を追いかけ続けているMMJは、数少ないそんな変わった景色を見せてくれるブログの一つである。その主催である、Marcel Slettenが始めたレーベル〈Primordial Void〉が第一弾にリリースしたコンピレーションまさにど真ん中というというラインナップで、とても素晴らしい。海外勢としてはHKE、Gobby、Jeff Witscher、Mukqsなど、日本からはConstellation Botsu、YolichikaやEmamouse、Kazumichi Komatsuなど今まさにカテゴライズ不能な音楽を鳴らし続けているメンツが並ぶ。現代の研ぎ澄まされた感性が織りなす、そのリアルに是非触れてほしい。
記憶に残る2016年春のStones Throw 20th Anniversary FestivalでのMNDSGNのDJ。まだバンド編成でリリースしたアルバム”BodySoap”を発表する前だった。彼のパートナーでもあり、Akashik Recordsを主催するAlima Leeがアナログのカメラを回し後ろで踊っていた。時にレコードをかけるMNDSGNは自身昇天フロアも上がっていた。その後彼のSoundCloudを聴いていると、Swarvyというベーシストの音源が良い感じに実験的かつグルーブ感ある音が流れていた。よくよく掘っていくとMNDSGNのバンドメンバーで多くのミュージシャンに曲を提供するキーマンのようだった。8月に入り彼のリリースをBandcampでチェックしていると、最近デジタルで”Blend”シリーズで立て続けにリリースされている。ここで紹介するのはその第一弾、”Lavender Blend”。楽器の演奏とサンプリングで新旧織り交ぜて厚みのある音に仕上がっている。BlendシリーズのジャケットはLAのアーティストkeren ooの作品で統一されている。
チルウェイヴ時代のMirror Kissesから、Vaporwaveシーンにさっそうと現れ旋風を巻き起こしたESPRIT空想が、いよいよ本名名義George Clantonへと帰還。100%Electronicaから、3年以上の期間をかけて作り上げたという新しいアルバムである。綺羅びやかでノスタルジックなサウンドが飛翔しながら、常に視点を移動しながら心地よく歪んだ音像を結び続ける。新鮮でありながら、どこか懐かしい。鮮やかにポップに、わたしたちのこの倒錯した欲求を掻き立てる。この泡のようなはかなく消えそうな過去の残滓が作り出した幻影は、荒廃とユートピアというわたしたちの心が向かうべき未来の二面性を暗示してはいないだろうか。
Joey Dosikの歌声を初めて聴いた時のことは今でもよく覚えている。それはあるアーティストの来日公演だった。バンドメンバーのひとりである彼はさらりと紹介された。オリジナル曲を披露するという。失礼ながら彼のことを知らなかった私は、特にこれといった感情は持たずにステージを見ていた。彼が歌い始めた瞬間、いわばニュートラルな状態だった私の中の針がぐわんとふれた。その場の空気が変わったのがはっきりとわかった。歌い出したとたん、その歌声に誰もがはっとしてひきつけられる……なんて物語の中だけのことだと思っていた。その時に披露された曲が、アルバム『Inside Voice』のタイトル曲“Inside Voice”。この曲の発売を、私は3年近く待っていたことになる。歌声からもジャケットの写真からも、彼の音楽をやる喜びが伝わってくる。そしてその喜びは、聴いているものを心地良くゆるめ、柔らかく満たしていく。
Luke Abbottと彼との共作で存在感をアピールしたサックス奏者のJack Willie、そしてPVTのメンバーであるドラマーのLaurence Pikeの3人から構成されるのがSzun Wavesである。Luke Abbottの音楽を知るリスナーは彼の音楽がクラウト・ロックを想起させることを頭に置いて欲しい。そこには、ClusterやHarmoniaなどから続く流れが、また彼がいくつもリリースを重ねてきた〈Border Community〉においてそのカタログが示すような「インテリジェンス」がキーワードとして上ってくるだろう。Abbottの音は多くの曲で前面に出ることはなく一定の位置に留まって基調となる空気を作り、確かに先述したClusterなど偉大なるエレクトロニック・ミュージックの形が生き続けているように感じられる。しかし、決して頭でっかちな音楽ではない。録音が即興演奏かどうかは定かではないが、Willieのサックスが泳ぐように、Pikeのドラムは緩急入り混じりながら川の流れを作っていく。Abbottの作る空気の中で軽やかに踊るように、二つの楽器が決してそれぞれの音域の中でケンカすることなく、美しく絡み合っていく。
この作品をどのように言い表すことができるだろうか。なるほど、他のいくつかのレビューでDon Cherryの””Brown Rice””などが参照されてジャズの視点から語られているように、この作品は複合的な視点から評され得る厚みがある。しかし、聴いている時には彼らのバックグラウンドを意識させるような記名性は強くない。そしてジャズ、エレクトロニカ、そしてエクスペリメンタルやクラウト・ロックというキーワードもこの音楽を捉える際には十分ではないように思う。サックスの音が入っていれば、そしてドラムが即興的な音を立てていれば「ジャズ」だと判断する人も、またAbbottが全体の空気を作る中で、エクスペリメンタルと呼ぶ人もいるかもしれないがそんな考えも包むような開かれた空間を作るような音楽だろう。リリース元のレーベルである〈LEAF〉は、即興演奏におけるリスナーと演奏者の間のギャップを埋める、リスナーを音の中に引き込む音楽であるとのコメントしている。この作品はそれゆえ「アンビエント」の一つとして位置付けることができるかもしれない(私はSun Electricによる20年ほど前にリリースされた傑作のライブ盤を思い出した)。しかし、この「アンビエント」性は音が作り出す雰囲気にとどまらない。その独特のオープンな感覚はCANをも連想させるような、つまり様々な音楽が想起されるようなものなのである。さらに、全体の音色からはBoards of Canadaを思い出すリスナーも多いだろう。アナログとデジタルのどちらの音も絡み合い、柔らかいサイケデリアを描いていく。
実力のあるプレイヤーが集まったバンドではあるが、このレコードでは「誰」が演奏しているのかは問題ではない。そこで鳴っている音が全体としてどんな経験をリスナーに与えるのか。演奏の瞬間を切り取ったもの、もしくは個々に録音された音を重ねたものであれ、録音物としてパッケージングされたものには「死」のイメージが付きまとうかもしれない。しかし、このレコードに入っているものは生きている。それ以外の言葉が見つからない。
ベルリンに拠点を置くサウンドアーティスト/DJのLukas Grundmanによる、Oqkoからの新作。インスタレーションの発表やワークショップの開催といった活動が中心で、まとまったソロ名義の音源をリリースしたことはこれまで多分なかったはず。2014年にアーティストのMonika Dorniakとコラボレーションした『Emological Symphony』は、パフォーマンス中のダンサーの心拍数や呼吸速度、体温などを測定し、そのスコアを音のパラメーターに変換するという試みで、異なるメディウムの相互関係性をリアルタイムに外在化させるという興味深い内容でした。今回の『timestretched-ACID』は、アシッド・ハウスを定義づけたベースシンセサイザーのTB-303にフォーカスして、ダンスミュージックにおけるテクスチャーの考察と脱構築をコンセプトにした作品。IRCAM Labのタイムストレッチソフトを用いて、あの独特な太身のベース音を引き伸ばしながら、ピッチとリズムを自在にずらしていきます。勿論ソフトウェアの影響はかなりありますが、フレーズを消失して逆にうねりが強調されたTB-303は、ぬめりがあって湿気多分、そしてきらびやか。星空の下で沼を眺めているような気持ちになります。アシッド・ハウスという文脈には完全に相応せず、どちらかというと60年期のGRMの作家を彷彿とさせる音響物の仕上がり。ジップ付のビニールにSDカードというフィジカル形態も中々渋みがあって良いです。