MASSAGE MONTHLY REVIEW – 7
MASSAGE&ゲストで、7月の音楽リリースをふり返る。
現行リリースの作品の広大な大海原から、7月に出会った素晴らしいリリースをご紹介。
現行リリースの作品の広大な大海原から、7月に出会った素晴らしいリリースをご紹介。
シカゴを拠点に活動するAngel MarcloidことFire-Toolzは10年ほど前から、幻視的な電子音響の創造を追求してきた。Vaporwaveのシーンともクロスしながら、そのスタイルは抽象性を帯びた、未来主義的なダンスミュージックといえるもの。とにかく明るいユートピア的な幻想性に貫かれた本作は、あらゆる種類の音楽の断片が入り交じりながら疾走していく。ポストモダン的な混乱を突き破るような痛快なビート。それが作り出す鮮明な音像は、聴くものを高揚と朗らかなカタルシスへと導いていく。押さえきれない感情と才気がほとばしる、怪作。
上質なリリースを続けるレーベル Local Visions。7月のリリースは2作品。部屋でひとり過ごす夏の夜更かしの幸福感に満ちたCristal Colaの『L8 NITE TV』。そして、Tsudio Studioの『Port Island』。Tsudio Studioは「このアルバムの舞台は神戸ですが架空の神戸です。不況も震災も悲惨な事件なんて無かった都合の良いお洒落と恋の架空の都市」ということばをこの『Port Land』に添えている。ふわふわと霞を食べて、でも地面にしっかりと足を着けて、携帯電話のない日常を生きている。そんな人々の住むパラレルワールド。私たちもいつでもここへ遊びにこれる、このアルバムがあれば。
ORANGE MILKのツアーも記憶に新しい福岡を拠点とするOfficeのメンバーSHXによるリリース。〈Eco Futurism Corporation〉の兄弟レーベル〈Bio Future Laboratory〉からとなる本作は、彼らの提唱するエコ・グライムのコンセプトともシンクロする、有機的な複雑性を持ったフューチャリスティックなサウンドに仕上がっている。サイファイや神秘主義的な世界観など、イマジネーションを刺激するその世界観からシフトし、緊張と緩和を繰り返すより抽象性を増した音像が突き抜けた解放感を作り出している。
Wichelroedeのオーナーが新しく始動したレーベル〈Queeste〉より、そのリリース第1作となったオランダ在住Haronの『Wandelaar』。〈BAAK〉からのいくつかのリリースで知られるように、アムスのダンスミュージックシーンで結構名を知られている彼ですが、今作では持ち味の脱力系テクノ路線から離れ、グランドピアノを軸に置いたクラシカル/アンビエントな作風に。タイトルの『Wandelaar』(≒Walker, Hiker)という言葉が示すように、音の移動と、その表情や様子の変化を楽しむ作品となっています。深いレゾナンスを漂わせつつ音たちが消えゆく瞬間、視界が開けるかのように現れる清澄な空気感は、美しい瞬間のひとつ。個人的には、なぜか数年前に飛騨高山近くの高原を訪れた記憶が思い出され、あの美味い空気や、静動が収斂する光景と重なり合いました。今回のような音楽性の大きな転回は彼にとって過去との分断という訳ではなくきっと延長線上に繋がっていて、それは音に付いていったり、寄り添ったり、軌跡を辿ったりする行為自体を「音楽」と捉えているように思えるから。ダンスフロアを離れ、喧騒から離れた草原に移ったHaronがその鋭敏で繊細な感覚を使って、次はどんな音の「場所」に移動するのか、楽しみに待ちたいと思います。
Wenはこれまで〈Keysound〉や〈Tempa〉などからリリースを重ねてきた。2012年頃にはBeneathやVisonistといった面々と並べて語られ、そして2015年頃にMumdanceやLogos、そしてRinse FMにて番組を共にホストする盟友Parrisなどのユニークなアーティストとともに、ダブステップやグライムという力強い音楽を、その重量への批評的視点から進化させ(彼らはサブジャンルとしてのWeightlessの立役者である)、またジャンルを横断することでその地平を切り開いてきた。本作はそんな若いパイオニアの2作目のフル・アルバムである。しかし、常に新しいものが求められる消費社会である今日では、音楽においてジャンルを横断することだけで称賛されることはない。特にアルバムというフォーマットでは、そのテーマやビジョンが重要だろう。プレスリリースによれば、現代社会における儚さ、消費サイクルへの応答として本作が位置付けられているという。このコンセプトから、EPHEM:ERAというephemera(「はかなさ」)という語がera(「時代」)という部分を強調するようにタイトルとして置かれているその意味は容易に理解されよう。すべてがとてつもないスピードで消費される現代社会において、語られるべきテーマの一つがインターネットであることに異論はないだろう。それぞれのトラックは綿密に構成されつつも、それぞれの尺は全体的に短いものが多い。全体で38分というアルバムはあっという間に終わってしまう。楽曲の多くは基礎となるフレーズをくりかえしながら、しかしDJユースというには短か過ぎる長さで楽曲は次へとつながっていく。また、本作はイタリアの建築家であり、素材やその土地の歴史などに敬意を払った作風で知られるCarlo Scarpaからもインスパイアされている。ジャンルを横断しつつも、それが130ほどのBPMにむかって楽曲が組み立てられていく。クライマックスに向かうにしたがってよりグライム寄りのアプローチが増えていくが、柔らかく伸びのある高音域と、タイトな中・低音域がどちらも同じレベルで主張しつつ、美しい一つの音楽を構成する。すべての音が必要なところにあるその音の配置からは、建築を学んだWenらしいアプローチを感じることができる。クラブであれどこであれ、彼の楽曲はその美しさを失うことはない。現代社会へのまなざしと抵抗はその緻密な構造の基礎であり、耽美さを生み出している。