MASSAGE MONTHLY REVIEW 9-10
現行リリースの作品の広大な大海原から、9~10月に出会った素晴らしいリリースをご紹介。
現行リリースの作品の広大な大海原から、9~10月に出会った素晴らしいリリースをご紹介。
1970年代を中心にフィリピンで活動した二人組のバンド、Hotdog。メンバーのRene Garciaは2018年、Dennis Garciaは今年と相次いで亡くなっている。Hotdogの記憶が薄れて消えていってしまわないようにと、Dennisの息子で、自身もミュージシャンのPaolo Garciaがリリースしたトリビュートアルバムが、この『Muling Kagat』。タイトルはタガログ語で「もうひとつの味」を表わす。Hotdogの最初のレコードのタイトルが『Unang Kagat』(「最初の味」の意味)だったところからつけられた。何十年もの間フィリピンの人たちに愛され続けているという、ファンク、ジャズ、ディスコ、ポップ、ロック、サイケ、サルサ、サンバ、ブギー、そして、kundimanと呼ばれるフィリピンミュージックのテイストが混ざり合ったサウンドは、冬のない国から運ばれてきた風のように明るくまろやかで心地良い。それでいて、その中にはどこかせつなさの気配も感じさせる。せつなさのさじ加減は絶妙で、それがこのHotdogの隠し味となって極上のテイストを作り出しているのだろうと思う。
ポーランドを拠点に活動するSzymon Sapalskiによるプロジェクト、Paszkaの新作。柔らかな音色と有機的なリズムが目まぐるしく飛び回り、色彩豊かな音響とその複雑な形態が酩酊感を作り出していく。近年のカットアップコラージュ派の流れを汲みつつも、描き出される景色はどこまでも牧歌的。軽やかに連ねられた、音響の心地よさに浸ることができる。特に生っぽい音色には今っぽさがある。ミニマルとは真逆の、過剰さ、複雑であること、予測不能な創造性。その上、ポップともいえる、感触にも貫かれた作品。
つるりとしたボカロの歌声が
すっと染み込む不思議
あっ、ポップス聴いていたんだった
suppa micro panchopこと水越タカシは東京在住の電子音楽家。90年代より作曲を始め、電子音楽の枠に捕らわれない色彩豊かで瑞々しい楽曲は今もなお聴く人たちを惹きつけ続けている。
前作のアルバム『UTAUたいたい』では歌声合成ソフト(UTAU-Synth)を使用し、ボカロが日常に溶け込むポップスに焦点を当てた。
今回のアルバムはそんなボカロ、インスト、suppa micro panchop自身の歌声によって構成されており、前作よりもさらにボカロミュージックをポップスへと昇華させた作品。
ボカロのつるんとした声とsuppa micro panchopの歌声はどこまでも自然体で、歌詞がするりと心に入り鮮やかに記憶を呼び戻す。豊かな色彩と美しい空気が音からキラキラと伝わり記憶を愛しく感じさせる。
ユーモアあふれる温かい音と歌詞は凝り固まった何かをほぐし、楽しい夢を見たあとのような心地よい余韻が残る作品。