silént phil - Just Sonds


〈Eco Futurism Corporation〉から、グラフィックデザイナーでもあるsilént philによる作品「Just Sonds」。アーティフィシャルでソフトな質感を持った電子音響が、寄せてはかえす波のように聴くものの上に心地よく降り注ぐ。〈Eco Futurism〉の自然と融合したユートピア的な未来像を再現するかのように、自然音と思しきSEと、抽象的な音響言語を綴っているかのように切り刻まれたボーカルサンプルが交錯する。テクノロジーと自然という対極のものが、互いに等価なものとして交互に響きながら融合する、未来像を描いていく。ランダムネスが紡ぎ出す新鮮さと、ゆらぎながら存在感を増していくアンビエンスのバランス感覚が絶妙。一貫した姿勢でヴィジョンを描き続けている本レーベルの、Vaporwaveから飛び出したeco grimeという未来主義的なコンセプトをくっきりと浮かび上がらせる作品。

EM Records - S​.​D​.​S =零= (Subscription Double Suicide =Zero​=​)


CVNがキュレーションを手掛け、CVNとEM Recordsの江村幸紀が選曲に携わった12インチ、CDでリリースされたコンピレーションアルバム。「いつか名付けられるかもしれない日本の2020s音楽シーンの<今>」を封入したというコンセプト文どおり、まさに今きわだった存在感をはなつミュージシャンたちの作品が詰まった音源集となっている。実験的なエレクトロミュージックから、ベースミュージック、ラップに至るまで、多様なジャンル渡り歩きながら、境界が溶解しつつある現代に、記号的な価値に変わるもっとフリーキーで新鮮な価値を描いてみせた。それは、ベッドルームという個人的な場所でなければ生み出し得なかった、フェティシズムとエネルギーに満ちた今のシーンに固有の感覚だろう。どんなときも時代の先端だけに存在する、血湧き肉躍る熱さと、カオティックな多様性。そして探求の果てにのみ出現するピュアネス。儚くも生命力に満ちた新鮮な感性をぜひ味わってほしい。

XTAL - Aburelu


K404とのユニットTRAKS BOYSやDK SoundのレジデントDJとしても知られる長野在住のXTALによる、ソロ2作目。きらびやかな多幸感に満ちた4年前にリリースされた前作とは大きく変化し、ビートのない、よりエクスペリメンタルで抽象性な風景が広がる。鳴り響くビートとともに非日常の時間と空間を横断していくのが前作だとしたら、本作にはもっと日常に近い、パーソナルな感覚が綴られているように思う。くぐもった少し丸みを帯びた質感のサウンドはどこか懐かしいような空気感を孕み、アブストラクトでほどよいランダムネスを含んだ展開は、純粋に展開していく遊びの世界をただ眺めているよう。鳴り響く音の連なりが導く叙情性と、微細な感覚が花開いた鮮やかな感覚が宿った作品。

Helm - Droned Distancing


新型コロナウィルスによるロックダウンのさなか、Erstwhile Recordsの設立者、Jon Abbeyが呼びかけ、Facebookグループで開催された進行中のオンラインフェスティバル、AMPLIFY 2020: quarantineのために録音された作品。HelmことLuke Youngerが自身のフラットとその周辺にて、4月に録音した楽曲が収められている。警察によるロックダウン中の監視のため、頭上を飛び交っていたという航空機の録音サンプルに、MoogのiPad用アプリ、Model Dを使用して作られた低音が鳴り響く。タルコフスキーの映画のようなスローモーションで、想像力を刺激するさまざまな微細なテクスチャーが現れては変化していく。現実の要素、酩酊感を引き起こすような幻想性が立ち込める、硬質な重厚さと張り詰めた空気に満たされた、長尺のドローン作品となっている。

Elysia Crampton - ORCORARA 2010


ボリビア生まれで、先住民アイマラの子孫であり、E+Eのメンバーとしても知られるElysia Cramptonの新作。伝統的な楽器群が持つ静謐な響きに、燃える炎のような激しさがほのかに垣間見える、多層的な側面を持つ作品。時折重ねられる催眠的なポエトリーや、クラシカルな楽器から民族楽器、電子音響まで、さまざまな楽器により紡がれる多彩な響きから、ラテンのリズミカルなダンスのグルーヴまで、多彩な文脈のサウンドを取り込み、蜃気楼のように幻想的で豊かで重厚な内的時間を紡ぎ出す。このような多層的な作品が生み出された背後には、ボリビアからアメリカに移住し貧困に苦しみ、そしてトランスジェンダーとして家族内で葛藤を持って育った彼女の持つ、マルチカルチュラルなアイデンティティがある。そして祖父が持ち帰ってきたチャランゴや、キルキンチョ、毛むくじゃらのアルマジロの殻付きギターなどといった、伝統的な楽器に魅力を感じていたという彼女が新たな創造性を見出したのが、何世紀にもわたってトランス・アイデンティティを擁護してきた文化であるアイマラ語族の遺産だった。伝統的音楽が持つ豊かな音楽性とその文化が持つスピリチュアルな奥行きを、より形式化されたクラシックの視聴体験として現代的に昇華させた、古典的な前衛ともいえる傑作。また、このアルバムはカリフォルニアのシエラネバダ山脈で投獄され、消防士として何年も働いていたPaul Sousaの人生に捧げられているという。収益はすべて、AMERICAN INDIAN MOVEMENT Southern California Chapterに送られる。

Tomás Tello - Cimora


吹き抜ける風の湿度、土の匂い、生い茂る植物のざわめき、あるがままの自然から聴こえてくる呼び声には、やけどするほどの熱い混沌が渦まいている。ペルー出身でポルトガル在住のマルチ奏者Tomás Telloが奏でるエクスメンタルミュージックは、ギターとペルーの伝統音楽、そして彼が生まれ育ったアンデス文化についての調査に基づいて作り出したもの。動物あるいは薬草植物などの助けを借りて、Arturo Ruiz del Pozoや、Jorge Reye、Walter Maioliなどの初期実験家が試みたような、音楽により調和した意識状態を生み出すというビジョンのもと制作された。ケーナや、ドラム、チャランゴなどの民族楽器から、フィールドレコーディング、電子音響、エフェクトペダルのループまで、あらゆる素材がゆるやかなチューニングの中で静かに折り重ねられていき、湯気のなかの幻のような五感を刺激する多彩な感覚を立ち上らせる。その微細なチューニングの果てに響く神秘的な共鳴の世界は、聴くものを瞑想状態から自然が奏でる多弁的世界へと誘うだろう。


Tomás Tello – Cimora

Arturo Ruiz del Pozo – Estudio para quena (1978)

Arturo Ruiz del Pozoがペルーの民族楽器をテーマに、ロンドン王立音楽大学の電子音楽スタジオでレコーディングしたミュージックコンクレート作品。

Jorge Reyes Nierika Ek Tunkul (1990)

メキシコのエレクトロニックのパイオニア、Jorge Reyesによるファーストアルバム。

Walter Maioli & Agostino Nirodh Fortini – Suoni ottenuti soffiando dentro due gambi di taraxacum

イタリアの音楽家、古代音楽研究家Walter Maioliとミュージック・セラピストAGOSTINO NIRODH FORTINIによるコラボレーション音源。

Kazumichi - Deep Metal OST


MadeggやKazumichi Komatsuなどいくつかの名義で活動し、今年はナカコーことKoji Nakamuraの作品「Epitaph」にプロデューサーとして参加したことも話題になった。不穏な空気とともに荒れて硬質なテクスチャーが共鳴し合いながら、抑制されたリズムを刻んでいく「Deep Metal」から、一転してやわらかなメロディがアンビエント的なニュアンスを保ちながら反復していく「Wind」、敷き詰められたエレクトロニックな音響に鳥のさえずりのようなSEが交錯しながらくぐもったビートを紡ぎ出していく「Houseplant」など、バリエーション豊かな感触を持つスタイルの楽曲が展開していく。共鳴する音同士が作り出す質感と、あるいはその衝突がもたらす不協和音が複雑なリズムを刻み、相互に溶け出し位相をずらしながら、魅力的な陶芸作品のように豊かで複雑な形態を描き出す。

suwakazuya - UN


ボルチモアのようなミニマルビートから、モジュラーシンセの実験的なサウンドまで、スケッチを描くようにさまざまな形態を持った電子音響が自在にその音を響かせる、2013年までに作られた未公開作品とリマスター音源。音楽とそうでないものの境界の上で遊びながら、BPMなどおかまいなしに自由自在にその姿を変化させていく。現代の既製品ではない音楽がだいたいそうであるように、けして入門者が入りやすいものではないが、そうではない音楽だけが持ち得る、新鮮な創造性が満ち満ちている。そのひとつが、変容の感覚かもしれない。放たれた音が描いた形を即興的に変化させ、喜びに満ちいた驚きを持続させていく。それはどの方向にも進んでいける、刺激に満ちた余白である。その可能性に満ちた世界で、わたしたちはダンスすることも、あたらしいビジョンを紡ぐことも、すべてなにもかもが可能なのである。

Asaga Fu an Fumoragu Aria - woopheadclrms


色とりどりのプラスチックを2枚のCD-Rでサンドした、CD-R Hamburgerとしてリリースされたwoopheadclrmsの作品。あらゆるサウンドを切り刻み、上手に調理して、想像もできないような新しいニュアンスを作り出す。その調合の妙により作り出されるワクワクするようなその世界は、古いコメディ映画のような陽気さと、その奥にある寂しげなムードも感じられる。次々と新しい展開を生み出していく躁的なにぎやかさは息を潜め、よりゴージャスに、よりラディカルに精密さを増したサウンド。不定形でカオティックな現代の音楽が獲得した、聴くものの聴覚を開いていくような解放の感覚と、その次に来るものを予感させる傑作。

Koeosaeme - OBANIKESHI


2017年のリリース以来、〈Orange Milk〉からは2作目となる、Ryu Yoshizawa のプロジェクトKoeosaemeによる作品。聴くものの聴覚を切り裂くような、研ぎ澄まされた鋭利さで編まれた音像が、多次元的な複雑さで次々と予想不可能な形を描き、ダイナミックに異形で抽象的な世界を織り出していく。電子音響から、断片的に垣間見えるヴォーカルチョップ、きしむように響くストリングスなどの生音まで、多様な表情を持つ音響が、まるで新しい言語であるかのように特別な空間を作り出していく。型破りであるだけでなく、サウンドデザイナーとしての職業で培ったと思しき精密さも併せ持つ。音の響きにより、現代音楽からダンスミュージックにいたるまで、あらゆる初期衝動をすべてを取り込んだかのような純度の高いアイデアにより、編まれた作品。

foodman - ODOODO


Diplo主宰のレーベルMad Decentよりカセットでリリースされた作品。あらゆるものが過多になりつつあるオンライン以降の音楽シーンにありながら、胸がすくような素朴さとシンプルさ、そしてそれ故なのか音のもつ豊かな感触と、その響きには組み尽くせないほどの奥行きが感じられる。初期のテクノ、あるいは初期衝動的なエネルギーを持つ様々なジャンルの持つ、未知へと誘われるような特有のワクワクする感覚が破綻せずに持続していく。なめらかに変化していくリズムと、親しみすら感じる、色彩を持った心地よい音色。エピックではないし、かといって小品ではまったくない。ここではないどこかではなく、いまここにあるものすべて。当たり前にある事物の、生命的な現象を目撃しているような感覚に近い。それは日常に根ざした面白さ、銭湯でお風呂に入ったり、昼食を食べたりといった生活からこの作品が紡がれているからなのかもしれない。

Seaketa - Gion ぎおん


ロンドンをベースに活動するアジアに焦点を当てたコレクティブ〈CHINABOT〉より、京都を拠点に置くミュージシャンSeaketaの作品。京都の地名とオノマトペのダブルミーニングになっているのと同じように、各トラック名も擬音語をモチーフにしている。それは、彼が経験を音に変換することに夢中になっていることと関連しているという。予測の難しいほど断片化され、加工されたその音の混合物は、もちろん心休まるものではないが、複雑に見えるその奥にはシンプルに原初的な快楽を刺激してくる感覚もある。見慣れぬ質感が作り出す不気味さとポップさ、時間によって変化していく複雑な模様、不定形なゆらぎとミニマルなリズムが作り出す没入を誘う酩酊まで、境界を問いながら音そのものが拡張する遊びを続けていく。

Akiko Haruna - Delusions


イギリスを拠点に活動するサウンドデザイナー、オーディオビジュアルアーティストAkiko HarunaのデビューEP。張り詰めた緊張に響くビートのなかを、切り刻まれ歪んだヴォーカルがときにセンセーショナルに、ときに感情の抑制された言葉を刻んでいく。ミニマルな要素によって形作られていくその音響は、繊細に研ぎ澄まされており、派手さはないものの強固な軸を作り出している。静かだが確かな跳躍とその新鮮な驚きの積み重ねが生み出す空間性を持ったサウンドは、ダンサーとしてのバックグラウンドから生み出されているようにも思う。その寡黙なスタイルを持ったサウンドは、間違いなく脱構築されたダンスミュージックのはてに生み出されつつある今日的な感性の一つだろう。

Hideo Nakasako - Texture of Days


奈良を拠点に活動するレーベル〈Muzan Editions〉から大阪を拠点に活動する電子音楽家/トラックメーカー、Hideo Nakasakoの作品。くすんだ色調を持った音色と、ざらざらした粒子感のあるノイズが反復しながら、温かな感触を持った豊かなテクスチャーを描き出す。呼吸するように反復するパルスとビートは、催眠的な反復の中で溶け出して、ただ空気の流れのような穏やかな感覚だけを残し、ゆっくりと体を通り抜けていく。オーガニックな響きにより形作られていく音像が、人肌のようなちょうどよい温かみが聴くものを心地よく包み込んでくれる電子音響作品。

メトロノリ Metoronori - “​?​” letter


誰に当てられた手紙かわからないまま、さまようような宙に浮いてしまった感覚。日々の生活のような普通な佇まいに、どこかしらスペシャルな感じがある。ふれたら壊れてしまいそうなほど繊細さを持ったゆらぎがギリギリのバランスで保たれていて、聴いているあいだ中ドキドキしてしまう。突然の休止によってうまれた空白のようなもどかしさと不安、ほのかに刺しこんだ希望のような感情が形を得ないまま、回り灯篭のように微かに浮かび上がっては消える。奇妙な愛おしさに満ちた作品。

Former_Airline - Rewritten Memories by the Future


よりクリアに、明晰な意思を持って進化した軌跡が感じられる、Masaki KuboのプロジェクトFormer_Airlineの新作。どこまでも浮上することなく抑えられたトーンを維持しながら、反復するギターや電子音響の響きがソリッドかつハードな質感の、多様な表情を持ったアンビエンスを織りなしていく。そのサウンドのスタイルはクラウトロックからインダストリアル、ドローンノイズまでもを飲み込み、その前衛性のもつ跳躍と躍動を、張り詰めた緊張のなかに閉じ込める。その幅広い楽曲のスタイルの中には、一本の弦の振動を聴くかのようなシンプルさと、それがゆえの強さがある。新しさや古さを乗り越えた先にしかたどり着くことのできないい、清々しく開けた地平を感じることができる作品。

Kenji - 愛の響き


レーベル〈Wasabi Tapes〉や音楽ブログSim formatから自身の+YOU、DJWWWWなどの名義で音楽活動も行う、実験的な音楽に対する愛に貫かれた活動を続けてきたKenjiによる、香港の〈Absurd TRAX〉からとなる作品。メトロノリやShintaro Matsuo、Natalia Panzerなどレーベルやブログで交流にあった人物がゲストとして迎え、ささやくような朗読に行われる朗読に、バラエティ豊かな音響を切り貼りしながら交錯させていく。音のコラージュによって混沌とした世界を作り出すその編集スタイルは洗練されて、以前と比べてより優しいタッチになったような気がする。すべての要素がフラットに響き交錯し、そして全体的にドライな覚醒感を獲得してる。その後、突如としてレーベルと音楽活動を終了してしまったことはとてもショックな出来事だったが、今の時代の気分を確実に捉え形にする唯一無二のそのスタイルを、またいつか異なる形で私たちに見せてくれる日が来るのではないだろうか。

Tasho Ishi - DENTSU2060


イタリアの実験レーベル〈Presto!?〉より、東京のコレクティブBaconのメンバーとしても知られるBRFによる、2016年にリリースされた「BRF-KU」以来となるTasho Ishi名義の作品。来たるべきオリンピックを前に変容していく都市の意識をサウンドに見立てて表出したかのような、綿密なコンセプトのもと組み立てられた「サウンド・トレンディドラマ」。薩摩琵琶師、鶴田錦士の召喚や、サトシナカモトへの言及、パークハイアット新宿52階で録音されたというラグジュアリーフィールドレコーディングなど、高密度に編まれた情報性と突拍子もない発想に、サウンドのテクニカルに構成を施されたドラマ性が結合される。豊かすぎるバリエーションを持って紡がれるその複雑な一種の物語には、しかしながらとても馴染みも感じる。それは私たちが巨大なメディア空間を通して、脊髄反射的に眺めている光景と似ているからかもしれない。パケットのように分割され送り出されていく、オートメーションのような感情と、そして仮想であるがゆえの空虚。それは、過大な差異化のエネルギーが生み出した巨大なメタ意識かもしれない。いつしかその虚空にわたしたちは慣れ親しみ、居心地の良さすら感じるようになった。しかしこの夢心地は、いつか私たちを殺すだろう。