OCA - Aging


ベルリンを拠点とするYo van LenzとFlorian T M ZeisigによるデュオOCAによる2枚目のアルバム。Kelelaがリリースしたミックス「Aquaphoria」に楽曲が収録された前作「Preset Music」に続く本作は、記憶、経験、時間の経過に焦点を当て、クリアなサウンドの共鳴により色彩豊かな景色を描き出した現代的アンビエントミュージック。Alesis QS6シンセサイザーのみで作成されたというメロディをミニマルに反復するそのサウンドは、点と線のみで構成された多次元的な絵画のように、汲み取りきれないほど複雑な側面を垣間見せていく。そこにある楽しげでゆったりとした時間感覚は、一見普通であるものが内包している複雑性を拡大して見せている。慣れ親しんだものがときおり見せる奇妙さのような感覚。いろいろな温度を持つ、私たちの身の回りにある普通さのすべて。親しみと、豊かさを内包した普通さ。それはさまよいながら広がり私たちを包み込む、変化に飛んたサウンドスケープである。

Fire-Toolz ⚡️ Nonlocal Forecast - Triangular Reformat


Angel MarcloidのメインプロジェクトであるFire-Toolzと、彼女の別名義であるNonlocal Forecastによるリミックス、マッシュアップなどを集めた音源集。32曲もの楽曲の中には、Nmesh、Machine Girl、Vaperror、Golden Living Room、P A T H S パス、Equip、toret status、woopheadclrms、Koeosaeme、CVNなどが参加している。今のシーンの最も濃いところを凝縮したようなゲスト陣もさることながら、Vaporwave、ゲーム音楽、インダストリアル、ニューエイジ、フュージョン、アンビエントからブラックメタルまで、あらゆる音楽ジャンルにある持つ快楽を煮詰めた結果、抽出されたかのようなピュアネスに満ちた電子音楽。この混沌の時代には、そんなピュアネスこそが必要なものかもしれない。ネットのその先に躁転した澄んだ朝の空気のような、晴れやかな光景。その楽しさに満ち溢れた混沌が映し出す幻想の領域で、いつまでも遊んでいたい。

Lena Tsibizova - Lena Tsibizova – S/T


モスクワを拠点に活動する写真家でもあるLena Tsibizovaの作り出したヴィンテージな感触を持つドローンサウンド。聴くものを心の奥底へと引き込むような瞑想的なランダムネスとゆらぎの心地よさには、どこか遠くから知らない国の映像をただ眺めているような寂しさがある。短期記憶のように像が現れては消えるまばゆい音の反射が、次第に曖昧で断片的な幻想の世界を展開する。音の響きが作り出す包みこむようなぬくもりのなかにある、暗い道を一人行くようなかすかな不安。その繊細な感情を守りながら、けして引き返すことなく前へと進んでいく。永遠にも思える波のように打ち寄せるその音の粒子のゆらぎは、あなたの孤独すら至福の時間へと変えてくれるだろう。

Howie Lee – 天地不仁 Tiān Dì Bù Rén


Howie Leeは、これまで国境を超えてあらゆる感覚が均質化していいく流れに対抗し、時間や地理における差異を融合するのではなく、対立させることで新しい世界を創造することを試みてきた。それは北京という場所から導かれた必然的な応答のような気もするし、アジアという場所が今持つ可能性の最も明晰な例であるとも思う。4年ぶりとなる本作のタイトルは無慈悲な神の視線を表す、老子の言葉「天地不仁」から取られたものだという。中国の伝統的な楽器と実験的でエレクトロニックなサウンドの融合は更に推し進められ洗練されている。しなやかで優しく響きの中のそのなかにさまざまな感情が折り重なるように溶けていく。都市文化から離れた場所から生み出されるような緩やかな時間感覚を持つそのサウンドの作り出す緊張と抑揚は、自然と人工、ローカルとグローバル、西洋と東洋、そして過去と未来といった、多様な相克を含んでいる。未視感の中にある懐かしさに身を委ねれば、そこにある豊かで新鮮な感覚を楽しむことができるだろう。

天地不仁 Tiān Dì Bù Rén by Howie Lee

SUBURBAN MUSÏK – TAZUNA


並べられた小さな火が並ぶ厳かな儀式のような張り詰めた緊張のなかを、対称的な雰囲気を持った2人が作り出した轟音が響きわたる。その時代、その場所でしか聴くことのできない、紛れもないアンダーグラウンドの音楽。そこには、全てを包み込むような暖かさを持った暴力と、優しく繊細な凶暴さがあった。閉鎖された酒の匂いと埃に満ちた空間の、世界とはパラレルに存在する静止した時間の中でしか見つけることの出来ない、その次にやってくる世界。いつも目撃者は数少ない。バカバカしいことを喋りながら、ときどき去っていった人々のことを思いながら、その強すぎる光のような振動の眩しさの中でつかの間の安らぎを得る。それよりほかに重要なものなどあるだろうか。

SUBURBAN MUSÏK – TAZUNA by [手綱会 TAZUNA-KAI]

Anne Imhof – Faust


2017年のヴェネチア・ビエンナーレで金獅子賞を受賞したAnne Imhofのパフォーマンス作品「Faust」のサウンドトラック。〈PAN〉レーベルのオフシュートとしてリリースされた。ヴェネツィアに旅行した際に幸運にも遭遇することができたビエンナーレの会場で展開されていた彼女の作品は、ドイツ館の建物をガラスの床板と壁で仕切った空間の中で、インスタレーション作品の中で散発的に行われるパフォーマンスを鑑賞するというもの。優美な動きを見せるドーベルマン(動物愛護の観点から後に廃止された)、さまざまな場所に配された存在感を放つパフォーマー、日常を切り出したかのうような断片的で幻想的なイメージがオペラとともに観客と演者の間に折り重ねられていくという、多層的な構造を持った作品だった。多くの人々が詰めかける場で鑑賞するには複雑すぎる作品であり、そのエッセンスを掴めたとは言い難いが、そのような場でも印象に残ったのはサウンドであった。中心となるのはパフォーマであるEliza DouglasとFranziska Aignerによって書かれ歌われる物語性を持った3つのオペラだが、Billy Bultheelによるインダストリアルに歪められた抽象的なピースが、インターリュードのように場面を転換する。その基底にあるのはメタリックで電子的な響きを持った憂鬱なムードであり、その多次元的な構造を展開しながらゆっくりと聴くものを人工的な高揚へと導いていく。20代には、クラブやテクノの文化が花開いていたフランクフルトで、クラブのバウンサーとして働き、コミューンで作曲などを手掛けていたという彼女の作品には、アートや音楽だけでない多様な文化の壁を横断するような姿勢を感じる。空間と時間をイメージの力で繋ぎその閉塞を外へと打ち破ろうという意思を感じるパフォーマンスの一方で、ヨーロッパの音楽の歴史性を反映したかのようにも聴こえるこのサウンドには、むしろカオティックなエネルギーを内向きに凝縮させたような印象を放つ。

Faust by Anne Imhof

CVN – I.C.


Grey Matter ArchivesのキュレーションやAvyss Magazineの運営者としても知られるCVNの〈Orange Milk〉からとなる新作。ジャケットは「PHENOMENON:RGB」展にも参加したSabrina Rattéであり、NTsKiや、Cemetery、Le Makeup、LSTNGT、ROTTENLAVAなど盟友たちとのコラボレーションを繰り広げた、まさに現行のシーンをアルバムの上に広げたマガジンのような作品となっている。印象的な一曲目のNTsKiをフィーチャーした「成分」はまどろんだアトモスフィアの中を彼女の柔らかな声質が響き渡り、都市的な背景のもとノスタルジックな和やかさと安心感で包み込む。ノイジーでインダストリアルな感触を持つ楽曲からリズミカルに聴くものを揺さぶるダンストラックまで、よりフリーキーにより自由に組み合わされたサウンドで心地よく耳を刺激する。静と動、秩序と無秩序の間で引き起こされてきた駆け引きを紐解きながら、即興のさなかに生み出された解を目撃しているかのような研ぎ澄まされた洗練。音の振動すべてが楽器であるような、録音上の徹底呈した平等性は、デジタルによりもたらされた現代の音の洗練の極地と言ってよいだろう。異質なもの同士の重ね合わせと結合により作られたそれらは、調和を否定することによって逆説的に美しさを生成するという、現代におけるバロック的な美であるといってよいかもしれない。(S)

POINTLESS GEOMETRY JAKUB LEMISZEWSKI – 2019


季節のように移ろう日々の感覚の変化に焦点を合わせながら、研ぎますように聴覚を微細に調整し、音を聴くという行為の中にある確からしさの在処を確かめる。ダンスという機能的な行為の中にも、次のステップを生み出すためには、常に未知の感覚へと飛び出していく開かれた跳躍的な態度が必要である。どのようなときも次に来るサウンドは、曖昧に広がる広大な領域から、感覚の照準を定め、触れることができる実態へと突如として形成されたものでなくてはならない。それは未知の創造というよりも、発掘にも似た行為だろう。2017年から2018年にかけてポーランドで録音されたJakub Lemiszewskiによるこの作品は、リズミカルに刻まれた低音の振動と、奇妙でありながら心地よく響くそのサウンドにより、身体あるいは感覚の中にある新たな可能性を探索する。洗練されたといってもよいほど多角的な音響と質感の楽しさが織り交ぜられながら、けして一点に収束しない多様な文脈が交雑したキメラのような異形の音楽電子音を形作っている。身体の奥に眠る未知の感覚を呼び覚ます、可能性としてのダンスミュージック。それは土地の記憶と結びつき、そこにあった歴史を改変しながら、固有の質感を鳴り響かせている。

AH, DOCKA MORPHER – RAFT OF TRASH


Raft of Trashは、環境との対話による自然のリズムとサウンドシステムにインスパイアされた活動を行う、Thom Isom、Andrew PM Hunt、JC LeisureによるMIDIコラボレーションプロジェクト。都市開発シミュレーションゲームであるシムシティ3000で使用されているサウンドトラックを使用して、即興的に絶えず変化するライブのMIDIデータを生成する。前作「Grouw」で即興的に作り出された、4つの「ゾーン」(楽曲)は、今作の5つのゾーンに引き継がれそのユートピア的なニュアンスを奏でている。非生命の存在がささやきあうような響きは人工的なそれではなく、どこまでも有機的。身を委ねたくなるソフトな電子音の流れが心地よいランダムネスの中に溶けて、複雑な対話を重ねながら入り組んだ模様を次々と紡いでいく。人間中心的な視線から解放された自由を獲得したその響きは、どこまでも広がっていく生命的なディテールを持っている。テクノロジーから自然へというグラデーションを描きながら、人間の不在の可能性を描き出したこのアルバムはまた、エコロジーへの意識を高めるツールとして音を使用することについての進行中の対話のための実験でもある。すべての収入はプラスチック汚染の分析と調査の活動を行っている非営利団体5 Gyresに寄付されるとのこと。

AH, DOCKA MORPHER by RAFT OF TRASH

Xosar – The Possessor Possesses Nothing


アラブ首長国連邦のレーベル〈Bedouin Records〉から、絡まりあったドラゴンのカバーアートが印象的な、XOSARことSheela Rahmanによる4年ぶりのリリース。実際にサイキックパワーを持っている家族のいる環境で育った彼女が、超常現象や異世界への関心を自身の創造性へと昇華させたインダストリアルテクノの質感を持つテクノミュージック。深みを潜水していくかのような未来的なその想像力は、音楽を作ることを自己療法と考える彼女の創作コンセプトに由来する。錬金術、クンダリーニヨガ、フラクタル、DNAの構造、黄金比、バイオフィードバック、準結晶などといったあらゆるアイデアを研究し、そして最終的には自分自身の受容へと至る。その神秘への探求は、自己を暴いていく過程であり、創造とその行為は深くつながっている。その探求は聴くものを時間と空間を超越する恍惚の旅へと導く。

N1L – CONTENT METASTASIS #2


ヴィジュアル&サウンドアーティストのMartins Rokisのプロジェクト、N1Lのミックステープの第二弾。波のように打ち寄せる混沌としたハーモニクスにより、想像力を刺激する未視感にあふれた世界像が描き出される豪快な電子音響作品。ダンスミュージックのスタイルを基底に敷きながら、その奥でさまざまな文脈が交接させられていく。そのレフトフィールドな感性が描く世界観は未来的だが、どこか叙情的な暖かみもたたえている。さまざまに織りなされる多様なサウンドはゆらぎやランダムネスによってより抽象的な形をなし、さらにその複雑性の中に自らを溶解させて、より自然の形に近くなっていく。そのテクスチャーへの複雑性の追求は、近年のモードと言っても良いだろう。都市文化の混沌とした人工の中に生成するその複雑性は、わたしたちにとって住心地の良いヴァーチャルな自然である。そこには 野性的でプリミティブなレイブによる高揚も、潜在的に胸に響く直感的で肉体的な快楽も、心休まる静けさすら存在している。

ALTZ.P – La toue


2000年初頭の大阪のアンダーグラウンドシーンの空気とも連動する唯一無二の作品を作り出してきたALTZの久々のリリースである「La tone」は、色褪せることのない爽やかな驚きを感じられる快作だ。真っ黒なビートはいつもどおりファニーな面持ちを持ち、その優しさに溢れた個性を響かせている。ストイックでミニマルでありながら、いつでも奔放な自由さを宿したビート。弾け出したい心を抑えるかのように、抑えられたそのリズムの中にあるストイシズムは逆に情熱的ともいえる。その熱気は、鮮やかに身体性と結びついて、聴くものの心をその原始の炎で焼き焦がす。フルバンドとなったその演奏は、楽器と楽器は有機的に結合し合い、鮮烈なその色彩を眼の前に大きく広げていく。よりスケール感を増したその世界観で、ここではない世界へと接続するユートピアを出現させる。

Tavishi – মশ্তিষ্কের কণ্ঠশ্বর | Voices in my head


サイエンティスト、ミュージシャン、そしてヴィジュアルアーティストでもあるTavishi(Sarmistha Talukdar)は、自身の研究をデータをサウンドスケープへと変換する実践を行っている。伝統的な文化を持つベンガルから来たクイア女性という出自を持つ彼女は、自己の中間的状態の分裂を聴衆との音楽体験により合一し、カタルシスや癒やしの感覚へと昇華することを試みる。この最新作は、アジアをテーマにし活動するプラットフォーム/コレクティブ〈chainabot〉からリリースされた作品。癌細胞がストレスの多い状態で生き残るために自分自身を食べるオートファジーと呼ばれる過程について彼女が発表した研究データを作られた“I eat myself alive”は、アミノ酸配列を音に変換し、分子信号のフローチャートに沿って配置することにより作られた。また、“Satyameva Jayate”はサウンドのループとフィールドレコーディングにより「取り残された人々の歴史」を表現し、その最終的な勝利を願って作られたトラックである。抽象的かつインテリジェントなそのサウンドスケープは、インドの伝統的な調律とエクスペリメンタルな音響の間を行き来しながら、持続音や不協和音、また親密さと拒絶の間を横断する。そこにはしなやかさとダイナミズム、そして組み尽くすことのできない豊穣さが宿っている。

Yolabmi – To Nocturnal Fellows


Yolabmiは東京在住のインダストリアルやダブといった楽曲のリリースやライブ、またコラージュなどのヴィジュアルワークも手がけるコンポーザー。「To Nocturnal Fellows」は、ロシアを拠点に活動するArthur Kovaløvの主宰レーベル〈Perfect Aesthetics〉からリリースされた、抽象的なアンビエント的な感触を持つ作品。ダブステップのような硬質で荒れたテクスチャーを持ったその音響の、延々と続く崩落を眺るような催眠的な心地よさが、破壊と再生を縫うように絶妙なバランスで続いていく。退廃的なロマンティシズム、そして未来というより旅の途中に撮られた個人的な1枚の写真、あるいは荒涼とした見知らぬ国で撮影されたモノクロ映画のような、独特の寂しさを持つ作品。暗く孤独な奥に横たわる、その深くゆったりとした共鳴の世界に身を沈めたい。(S)

Le Makeup – Matra


Wasabi Tapesのリリースから注目され『電影少女』の劇伴を手がけるなど、丹念に着実に成長の道を歩んでいるLe Makeupの、汎アジアを標榜するコレクティブ〈Eternal Dragonz〉からのリリース。叙情性と力強さを合わせ持つオリジナルなトラックを作り出してきた彼が、全編自身のボーカルをフィーチャーした作品となっている。人は人の声に否応なしに惹かれるものだけど、しかし誰しもがそうなのだから、普遍性は簡単に安直にもなり得る。だからこそこの作品のような、研ぎ澄まされた曖昧さが欲しくなる。言葉は物語を作り出すが、同時に解体もする。積み木のように、さまざまな形を作り出す夢と同じようなその余韻が、はっきりとした形をなす前にまた新たな動きを作り出す。繋がり合う言葉と、風のような軽やかに積み重ねられた意味がただただ吹き抜けていく、小気味よさに溢れた作品。

ARS WAS TAKEN – HOLD ON 2 ME


ARS WAS TAKENは、Planet Muなどから良作をリリースし続けていた東ロシアのグループWWWINGSの片割れ。ノイズに溢れた未来主義的な抽象画のようなWWWINGSが作り出してきたサウンドは、活動休止を経てリリースされたこのソロデビューアルバムでさらに押し進められている。思索的なメランコリーと、レイブの高揚の間をぬいながら、カットアップ・コラージュによる切断を繰り返し、予測できない形を作り出していく。乱暴なザッピングの果てに残るのはダーティな質感を持つ電子的ゆらぎをもった手触りの記憶である。それはインターネットの奥に広がる、工業的なデストピアであることは間違いないが、いくぶん叙情的な匂いが加わったそれは、以前より優しい響き含んでいるようにも感じられる。凍えるような寒さを胸に、重く立ち込める分厚い音の雲で全身を深く包み込む癒やしもあるのではないか。多くの曲にゲストを招くのも特色の一つで、参加者はHikawa Yoshitaka、YAYOYANOH、Dasychira、D33J、HDMIRROR、AJ Simonsなど。またアートワークは元相方のGXXOST。

George Clanton – Slide


チルウェイヴ時代のMirror Kissesから、Vaporwaveシーンにさっそうと現れ旋風を巻き起こしたESPRIT空想が、いよいよ本名名義George Clantonへと帰還。100%Electronicaから、3年以上の期間をかけて作り上げたという新しいアルバムである。綺羅びやかでノスタルジックなサウンドが飛翔しながら、常に視点を移動しながら心地よく歪んだ音像を結び続ける。新鮮でありながら、どこか懐かしい。鮮やかにポップに、わたしたちのこの倒錯した欲求を掻き立てる。この泡のようなはかなく消えそうな過去の残滓が作り出した幻影は、荒廃とユートピアというわたしたちの心が向かうべき未来の二面性を暗示してはいないだろうか。

V/A – PRIMORDIAL CHAOS


国籍もバックグラウンドも関係なく、人々が織りなす不可思議な感覚に出会い続ける気持ちよさ、混乱したこの世界の縁に立たされて、不安と喜びを感じるそんなオンラインでの現代の感覚を体現しているのが今の「音楽ブログ」という存在ではないだろうか。特に、VaporwaveやHardvapour以降の音楽シーンが織りなすカオティックな生態系を追いかけ続けているMMJは、数少ないそんな変わった景色を見せてくれるブログの一つである。その主催である、Marcel Slettenが始めたレーベル〈Primordial Void〉が第一弾にリリースしたコンピレーションまさにど真ん中というというラインナップで、とても素晴らしい。海外勢としてはHKE、Gobby、Jeff Witscher、Mukqsなど、日本からはConstellation Botsu、YolichikaやEmamouse、Kazumichi Komatsuなど今まさにカテゴライズ不能な音楽を鳴らし続けているメンツが並ぶ。現代の研ぎ澄まされた感性が織りなす、そのリアルに是非触れてほしい。