“Vaporwave Is Dead” アンダーグラウンド的な本質は死してなお生き長らえるVaporwaveの「今」を観測し続けたこの連載、今回はその総括として2017年を振り返ってみよう。
まずは先日、Vaporwaveコミュニティが大きく湧いた出来事から。ゲームスタジオDynamic Media Triadが現在開発中のビデオゲーム『Broken Reality』のデモバージョンが、新たなトレーラーと共にリリースされた。
近年ではVaporwaveデザインにインスパイアされたゲームが数多く生み出されている。ドイツのゲームスタジオSupyrbがiOS向けに開発中のゲームアプリ『M Δ R B L Θ I D』、オーストラリアのゲームデザイナーDan Vogtが開発したゲームアプリ『DATA WING』などが著名であるが、『Broken Reality』はその先駆けであった。蒸気の美学に満ち溢れた三次元空間を自由自在に行き来し、探索をしたり、友だちを作ったり、ソーシャルランク向上のため有象無象に「いいね」を押して回ったり、消費活動に勤しんだりすることを目的としたアドベンチャーゲームだ。あらすじはこうである。「あなたのコンピューターおよびインターネットを始めとするほとんどのデジタルサービスは『NATEM』という大企業の管理下におかれています。『NATEM』はさまざまなテクノロジーサービスをよりよく統合するため、インターネットを現在の2Dから3次元コンピュータグラフィックスへ変換。ユーザーは、物理的な空間と化したウェブサイトを自由自在に移動できるようになり、コンピューターから得られる体験はもはや現実となりました。あなたも『NATEM』の世界を体感しませんか?」
『#SPF420』以来、インターネット上で不定期に行われてきたVaporwaveフェスにもリアリスティックな潮流が。VR(ヴァーチャル・リアリティ)だ。Esprit 空想ことGeorge Clanton率いる〈100% Electronica〉は、VaporwaveをモチーフとしたVRムービーを数多く手掛けるYoutubeチャンネルUnreality Journeysと共同したライブストリーミングイベントの告知を行なった。出演はEsprit 空想、『Deep Fantasy』で知られるS U R F I N G、新人作家Satin Sheetsの三者。詳細について〈100% Electronica〉はこう記述している。「誰もが2Dのコンピューター上でYoutubeやFacebookを見たりチャットをしたりできますが、VRヘッドセットでは3Dを楽しめます。100人もの人々がこのVR世界を訪れて探索でき、グランド・セフト・オートのようにリアルタイムでパフォーマンスと対峙することができます。バーチャルミュージックフェスティバルとして想像してみてください。 あなたは、アプリでVRの世界で自由に歩き回ることができます。」先着100名に専用のアプリが配信され、VR世界でライブ体験ができるという画期的なこのイベントに、多くの好事家たちは画面に釘付けとなった。しかしモニターはローディング画面を保ったまま、およそ三時間が経過。現地では夜も更けた頃、機器の不調だとGeorge Clantonは申し訳なさそうに詫びた。その日、VR世界への扉が開かれることはなかったが、100% Electronicaは後日改めてライブパフォーマンスを行うと告知している。インターネットの仮想現実、というまるで虚構のような世界で得た体験は、果たして現実となるのだろうか。
初期のVaporwaveも、もともとは別名義の乱用の上に成り立つ虚構だった。それが今、良くも悪くも現実のムーブメントとして成り立っている。シーンが形成される以前よりVaporwaveスタイルの音楽活動を続けてきた骨架的は、4年ぶりに新作のアルバム『Opal Disc』『Sunset Melody』を2作同時リリース。そこで7年もの間「vaporwave」というタグを付けることを頑なに拒んでいた彼は、今年すべてのアルバムにそのタグを冠した。初期Vaporwaveの意匠が顕現したとても重大な出来事と言っても過言ではないだろう。
またVaporwaveはカセットテープやレコードという実体を伴った物理フォーマットとなって当たり前に手元に届いている。インターネット上で生まれたにも関わらず、Vaporwave作品の多くはカセットテープを筆頭に、レコードやCDといった物流フォーマットとなってリリースされることが非常に多い。去年はおよそ700以上もの作品がカセットテープとなって世に放たれた。年が明けてその余波は、日本のディスクユニオンにてVaporwave中古カセットコーナーとなって観測される。それほどまでに現行のVaporwaveシーンではフィジカル至上主義的な思想が蔓延っている。そしてそれは年々エスカレートしており、今年がその最たるものだったように思う。アーティストが新作の告知を行えば、必ずと言っていいほどカセットテープについてのリプライが飛び交う。Facebookのコミュニティ『Vaporwave Cassette Club』の参加者は今年7300人を突破するなどの熱狂ぶりだ。〈Olde English Spelling Bee〉からはMacintosh Plusの『Floral Shoppe』がLPとなってリリースされ、〈Hologram Bay〉からBlank Bansheeの全作品がCD、カセットテープとなって。〈Neoncity Records〉からはマクロスMACROSS 82-99の『Sailorwave』『A Million Miles Away』がCD、カセットテープ、LPでリリースされるなど、今年1年だけでVaporwaveの金字塔とも言うべき名盤たちが相次いでフィジカルに姿を変えた。しかしその反面、Macintosh Plusの『Floral Shoppe』のカセットがDiscogsで10万円近い値で取引されるなど高額転売の横行(最悪なことに、レーベルオーナーまでもがマニア向けの法外なマネーゲームに手を出している。)、それに手が出せないコレクターたちによって密造されたブートカセットの蔓延など様々な弊害を生じさせている。〈Dream Catalogue〉を主宰するHKEやOneohtrix Point NeverことDaniel LopatinもTwitterで苦言を呈したほどだ。今年〈New Masterpiece〉が発刊した『蒸気波要点ガイド』すらもコミュニティ内でPDF化され、質の悪いブートとなって出回った。また、〈Olde English Spelling Bee〉の『Floral Shoppe』のLPについて沈黙を貫いていたVektrodは「このフィードで共有されていないのならば、それは非公式だ」という趣旨のツイートを残し自身のBandcampページから『Floral Shoppe』『札幌コンテンポラリー』の2作をリムーブ。何やら物々しい動きが見られる。そんな不穏な話はさておき、カセットテープリリースが盛んな去年を経て、今年は新たな試みがあちこちで行われた。レコードの帯をカセットテープ用にリアレンジした「Obi Strip Cassette(Obi付きカセットテープ)」が猫 シ corp.によって発明されたり、仮想夢プラザの超大作Vaporドローンは〈Ephemera Archives〉によってカセットテープ16本に収められ、〈SEA OF CLOUDS〉によるフロッピーディスクでのリリース、またMDフォーマットを採用した〈Crystaltone〉、さらにLuxury Eliteの『Fantasy』や、death’s dynamic shroud.wmvの一員として知られるJames Websterの映像作品がビデオテープでリリースされ〈Baudway Video〉というVHS専門のレーベルが誕生するほどだ。Vaporwaveシーンが日々進化(深化)を続けるのに伴って、フィジカル部門も独自の生態系を築き上げている。
国内での動向についても振り返ってみよう。Vaporwaveは2012年から2013年にかけて日本でも話題を席巻したものの、それ以降ブームは終わったものだと多くのリスナーは見切りを付け、シーンは瞬く間に縮小していった。一方で海外では人気が途絶えることはなく、今年〈New Masterpiece〉から世界初のVaporwave専門Zine『蒸気波要点ガイド』が登場するなど日本でも当時とは異なる形で大きく盛り返すこととなった。それに伴ってVaporwaveに対する解釈も日に日に拡大していく。9月には「Vapor地獄」という個展が開催され、多くのイラストレーターや彫刻家、写真家、映像作家などが各々の解釈によるVaporな作品を展開した。日本のニコニコ動画界隈のコミュニティにおいても、もはや記号と化したヘリオスの胸像がイラストとなって意味もなく登場することも珍しくなくなった。80-90年代へのノスタルジア、レトロな家電広告、インターネットアート。もはや「Vaporwaveっぽい」の一言に該当する別文脈の諸々をもスクリューしながら肥大していくVaporwaveというミーム。アメリカでは5万人以上もの生徒数を誇る名門大学ニューヨーク大学がウェルカムウィークに際して制作した公式ビデオにおいてもVaporwaveの意匠が用いられている。また、去年韓国のアイドルグループNCT DREAMの『Chewing Gum』のミュージックビデオにおいてパステルカラーを基調としたVaporwave風デザインが採用されて以来、K-POPなどにもVaporwaveの美学が散見されるようになる。今年はDIA「Can’t Stop (듣고싶어)」、GIRIBOYの『Whyyoumad』、さらにはサウンド面からVaporwaveにアプローチしたようなJazzyfactの『하루종일』、CLCの『어디야? (Where are you?)』が話題となった。消費社会と企業文化の残滓をこねくり回して創り上げられた初期Vaporwaveの美学が、今や大企業によって再び消費され始めているというシニカルな現象が各所で起きている。
そんな中、今年起きた最も大きな動きといえば「#takebackvaporwave」というハッシュタグをきっかけに巻き起こった一連の運動だ。Esprit 空想ことGeorge Clantonは、InstagramなどのSNSにおいてハッシュタグ「#vaporwave」が心無い人たちによって荒らされ、Vaporwaveと何ら関連のない画像が溢れかえるばかりに留まらず、人種差別や誹謗中傷といったヘイト活動に用いられていることについて言及。彼の一連のツイートを発端に、懐かしさとシュールレアリズムに満ちたかつてのVaporwaveの原風景を取り戻そうという運動が「#takebackvaporwave」というスローガンを込めたハッシュタグを掲げてスタートした。が、現状が変わることはなかった。このタグはもはや忘れ去られようとしており、結果的にVaporwaveの無力感を露呈する結果となる。今年1月、Vaporwaveの手法を非人道的なプロパガンダに流用した”Fashwave”や”Trumpwave”が大きな議論を巻き起こす。対抗するようにアンチ・トランプをテーマに掲げたアルバム『Fire Wall』が企画され、参加者を募ったもののプロジェクトは頓挫。12月、FCC(米連邦通信委員会)は「ネットの中立性」を撤廃することを決定。冷徹な現実世界と呼応するように、Moshe LupovichことwosXが提唱するHardvapourが〈H.V.R.F. CENTRAL COMMAND〉を泉源に毒ガスのように噴出し、硬質なビートが緩やかな蒸気の波を埋め尽くそうとしている。La Mano Friaの主宰するレーベル〈Sud Swap〉からリリースされた築地市場の豊洲移転問題を題材にしたToyosu Tekko VisionsによるVaporwaveアルバム『築地』に代表されるように、リアリズム志向な作品も数多くリリースされた。Google翻訳のリアルタイムカメラ機能が、画面ごしの現実世界を不自然な日本語で埋め尽くしたVaporな出来事から幕を開けた2017年。この年を表象するのは「現実」そして「拡張」というふたつのキーワードであろう。蒸気の波は、もはや現実へと漂い始めている。
最後に、そんな2017年を象徴するベストディスク5枚を選出した。上半期ベストと内容が被るものもあるが、ぜひ2017年の終わりに耳を傾けていただきたい。
2017 BEST DISC 5
Vektroid – Seed & Synthetic Earth
Ramona Andra Xavier、常にアップデートされていく彼女を未だにVaporwaveの枠組みに収めて語るのは極めてナンセンスではあるが、彼女がかつてMacintosh PlusやNew Dreams Ltdなどの名義で打ち立ててきた金字塔、そしてヒューストンのラッパーSiddiqとの共作『Midnight Run』を始めとする近年の諸作、それらの根底に共通して根付くのものは、きっとギークなアウトサイダーなりの解釈によって再構築した「ポップさ」だと思う。Vektroidによる最新作『Seed & Synthetic Earth』は、そんな彼女なりのポップネスが突き抜けたような快作。躍動感あふれるメロディがMIDIな音色を引っさげて飛び跳ねていく疾走感、織り成されるグルーヴはむせ返りそうな程にエモーショナル。思えば、彼女が今年9月にFACT Magazineに提供したMIXはこのリリースへの布石だったように思う。蒸気のミームに毒されたナードたちを置き去りに進化を遂げていく最新鋭のVektroidを聴くべし。
Nmesh – Pharma〈Orange Milk Records〉
サンプリングミュージック史に刻まれるべき傑作。
Psychic LCD – FACADE〈Ailanthus Recordings〉
Lasership StereoやDiskette Romancesなどの名義でも知られるPsychic LCDによる4年ぶりの新作『FACADE』が〈Ailanthus Recordings〉から。2013年に〈Fortune 500〉からリリースされた前作『Nexxware』で発揮されていた審美性はより研ぎ澄まされ、展開されていくのはヴァーチャル・リアリティ空間に溶け込んでいくようなサウンドスケープ。アンビエントの再評価の著しい昨今、ぜひ耳を傾けていただきたい一作だ。Psychic LCDはもともと、Lasership Stereo名義で『Soft Season』『Meet Local Singles』の2作を同レーベルから発表しており、本作『Facade』によって6年ぶりに〈Ailanthus Recordings〉へと復帰を遂げることとなった。6年もの間最前線でシーンを牽引する〈Ailanthus Recordings〉には心から大きな賛辞を送りたい。
Various Artists – Memories Overlooked: A Tribute To The Caretaker
Leyland KirbyのプロジェクトThe Caretakerのトリビュートアルバム。キュレーターはNmesh。およそ90名以上ものVaporwave作家陣が参加する大ボリュームのアルバム。デジタルはアルツハイマーの支援団体に寄付されるとのこと。V/Vmなどのエイリアスで法外なサンプリングを繰り広げていたLeyland KirbyとVaporwaveが結びつくのはとても面白い現象。 実際、NmeshのもとにLeyland Kirby本人から好意的なメッセージが届いている。
chris††† – social justice whatever
現行Future Funkシーンの代名詞的な存在である〈Business Casual〉を主宰し、今年はさよひめぼうといった多くの先鋭的な才能を見出してきた凄腕のレーベルオーナー、chris†††ことJohn Zobele。SNS上では自身の存在すらミームと化し、圧倒的な存在感でVaporwaveシーンに君臨するインターネットミームの権化による最低最悪のミックステープ『social justice whatever』が自身のBandcampからリリース。彼自身も「the worst album ever.」と称すように、その内容は、商業的にヒットを収めた往年の名曲や、著名なインターネットミーム動画をmp3でぶっこ抜き、歪ませ、切り刻み、その断片を繋ぐというよりも雑多にぶちまけたかのような驚愕の内容。用いられている楽曲はスクリューによって捻じ曲げられ、原型を留めていない。この時点で元ネタへのリスペクトは皆無であるが、極めつけは、再生されている音楽は、聴いている最中にまるで飽きたとでも言わんばかりに突如としてスキップされ、次の曲、次の曲へとせわしなく転換していく点だろう。アメリカのレコメンドエンジンEcho Nestは、膨大なビッグデータをもとにSpotifyユーザーの視聴傾向を分析したところ、48.6%のリスナーが音楽が終了する前にその音楽をスキップしているという結果を発表。カット&ペーストされたEDM楽曲のドロップ部分のみが寄せ集められたジャンクフードのような動画が無数に蓄積するYoutubeチャンネル、その対極に位置するLorenzo SenniによるMIX、おびただしい数の情報が流れ行く濁流のフィードに乗ってWebブラウジングをしていくような不健全さ、それによって生じる多幸感。これは大量消費社会への賛美歌なのか? はたまた鎮魂歌なのか?
2018年、Vaporwaveはどこへ向かうのだろう。
捨てアカウント
島根県出雲市在住者。2015年ごろからリビングルームとインターネットを拠点に活動開始。〈New Masterpiece〉が発刊した史上初のVaporwave Zine『蒸気波要点ガイド』やニューエイジ・ディスクガイド『NEW AGE MUSIC DISC GUIDE』などに寄稿。レーベル〈Local Visions〉を主宰。すぐに捨てるはずだった使い捨てアカウントに愛着が湧いてしまい、捨てられないまま現在に至る。