Fasten your seat belt レビュー

シートベルトを締めるモンステラ / Monstera fastening its seatbelt.

Text: Ishige Kenta

はじめに

『Fasten your seat belt』はTAVギャラリーにて行われた山形一生の個展だ。
会場内は『airport』、『Resort』といった3DCGで描かれた平面作品が数点、会場の中央には展示タイトルにもなっている『Fasten your seat belt』が再生されるディスプレイとその前にシートベルトで一部固定されている肌色のエアベッドが置かれたビデオインスタレーションが配置されている(こんな肌色のエアベッド、どこで購入したんだろうか)。平面作品の多くは全て背景を特に設定していない暗黒の仮想空間の中でオブジェクトにのみ照明が当てられており、一点『CAT』だけが背景にどこかの室内の描写がみられる。
展覧会のステートメントには「移動」がテーマであることが銘打たれ、同時に作家のバックボーンには「インターネットカルチャー」があることが端的に示されている。現在、ウイルス禍による移動制限によって以前より物事が流通に依存する必要が生じている道理は自明のこととして、ではなぜ「インターネットカルチャー」と「移動」が接続される必要があったのだろうか。山形の近作なども交えながら今回の個展『Fasten your seat belt』における「移動」について考えてみたい。

ヴェイパーウェイヴにみるノスタルジアと異国情緒

一口に「インターネットカルチャー」と言っても、WWWの登場以降、様々な世代においてインターネットカルチャーは存在しているが、山形の表現を形作った時期に最も身近であったであろう物として、ここでは2010年代初頭から始まったヴェイパーウェイヴと呼ばれる一連の運動体についてまずは触れたい。ヴェイパーウェイヴについて、詳細な分析や批評は誕生から10年以上経った現在、様々な場所や言語で試みられているのでここでは割愛するが、資本主義に対する拗れたノスタルジアがこの運動体のコアになっていたのではないだろうかとされている1。ヴェイパーウェイヴでは、ミュージックコンクレート、チョップド&スクリューといった手法を用いた楽曲とギリシャ彫刻、初期3DCG、日本語のグラフィック、フィジーボトル、椰子の木といった大量に消費されてきた資本主義的なイメージとが不可分に発達、伝播した。これらのイメージは80-90年代の豊かな資本主義の郷愁であると同時に、エキゾチックであることも重要であったように思う。ここでのエキゾティシズムとは椰子の木のようなステレオタイプだけを指すわけではなく、70年代に拡大したマス・ツーリズムや80-90年代のバブル期の日本的な物などが、2010年から続く現在においてノスタルジアと共に他者性を表象するイメージとして迎えられたのだろう。

モンステラの価格高騰にみる今日のエキゾティシズム

観葉植物は、元々は大航海時代に南方の珍奇な植物を自国に持ち帰る貴族趣味であった。産業革命以降建造されるようになったガラス張り温室が万博を契機に一般市民に公開されるようになったことで、この貴族趣味は大衆に一気に広まっていった。ヴァージニア・ウルフも描いたイギリス王立植物園であるキュー植物園のシンボルがパームハウス(直訳すれば、椰子の木の家)であることの延長として、今日の観葉植物趣味は存在している。観葉植物にはコロニアリズムやエキゾティシズムの歴史が織り込まれているのだ。
イギリスで1970年代に流行したモンステラが、昨年のネットオークションで約5000ドルの値段がつけられたらしい2。全体の価格としても一昨年にすでに20%ほど上昇していたという記事も見受けられる3
これらの価格高騰は、インスタグラムなどでインフルエンサーが拡散させたと(ミッドセンチュリーモダンのリバイバルやコロナ禍などが重なったとも)言われているが、そこには先述のヴェイパーウェイヴと同様の、現代にて拡張されたエキゾティシズムとでも言うべきものが、2020年代の現在において広く浸透しているからではないだろうか。

山形作品にみられる3DCGにおける相対化の構造

CGとは張り子の技術であり、仮想空間を現実の視覚と同様に見えるように作られた技術だ。3DCGを我々が観るとき、それは対外的に作られたテクスチャーを鑑賞することに他ならず、その中に広がる空洞を我々はバグによってしか見ることができない。コンピュータゲームにおける壁抜けといったバグの妙味はこの構造が一瞬瓦解し、仮想の皮が剥がれてしまう部分にあるだろう。3DCG自体は美術にも広告にも使われる汎用性の高い技術であり、山形も作品中に頻繁に用いるが、あくまで批評的な態度でこの技術に触れていることがいくつかの作品からうかがえる。
例えば、2017年に角銅真実の『窓から見える(I Can See It From The Window)』に際して山形が制作したMVは、室内に作られたドーム型の段ボールの構造体の内側から部屋の内部を見つめる物だった4。山形の作品には室内の描写が数多く存在し、(これも3DCGが生む内側と外側に対する問題への作家のエクスキューズとみることもできるかも知れない)(『Fasten your seat belt』で唯一背景が設定されていた平面作品である『CAT』も室内の背景だった)ビデオではさらに入子状に内側の内側から内側を見つめている。ビデオの中盤では、暗く何も見えなかったドームの内側にもアイフォンからの光によって様々なテクスチャが存在することがわかってくる。内と外はさらに相対化されていき、鑑賞者は3DCGという詐術の構造をビデオを通して観ることになる。
さらに、『Fasten your seat belt』での『airport』における車窓の扱いや『Resort』といった作品から、この詐術の構造をさらに別の問題に接続する試みがなされていることがうかがえる。作家はこのテクスチャーしか存在しない、空洞を作り出す技法とリゾート地といったステレオタイプを貼り付けられる場所に共通のものを見ているのではないだろうか。3DCGとエキゾティシズム、ヴェイパーウェイヴ的な表象が何故ああいったメディアとモチーフであったのか、山形の作品に帰納されていく。

再度、なぜ「移動」なのか

山形の作品には幾度となく観葉植物の描写が登場する。『Fasten your seat belt』では平面作品にモンステラやルリゴクラクチョウカが描かれている。これらが持つ意味については前述の通り、インターネットカルチャーを通過した現代的なエキゾティシズムの表れであるといえるが、それ以上に、これらのモチーフが冒頭にある通り「移動」について描くために登場しているのではないだろうか。そこに『Fasten your seat belt』にて山形が示した重要な視座があるように思う。
『Resort』にて描かれているモンステラは画面の中でほぼ唯一照明が当てられているモチーフだ。生体のサイズとは不釣り合いな鉢に植えられ、額縁に飾られたリゾートの写真等と共に飾られている、というよりは雑多に並べられている。鉢に植えるということ自体、地面や木肌に根を張っていたはずの天然の生体を簒奪してきた証左ではあるのだが、それを改めて3DCGで描くということは、先述のような観葉植物が持つ歴史を作家が引き受けるための手段なのではないだろうか。また同時に、作品中に何度も示唆されているように、この植物は鉢に植えられることで流通することができる状態にある。鉢植えは飛行機に積載されることによって、原産地である熱帯から遠く離れたイギリスで価格が高騰するほど求められるほど、地植えの状態ではあり得なかったモビリティを手にしているのだ。ある意味で、流通することで繁殖している種であるともいえる。(また、鉢に植えられることで植物は捕獲されていると同時にモビリティを手にしているのではないだろうか、というに関しては『Fasten your seat belt』よりも前作である『Rootless』にて示されている。)
コロニアリズムによる略奪は現在でも大いに議論されている。この記事を書いている最中にもオランダ政府が植民地時代の略奪を是正するべく、返還に向けて動き出したニュースを目にした5。政府主導のこうした大規模な反省と是正とはまた別の、しかし同時代的な問題意識として、個人のレベルで身の回りに存在してしまっているものたちが抱える実存の問題について、ウイルス禍の現状も重なり、山形は移動し流通するという人間の根源的な営みに光を見出したのではないだろうか。昨今の「インターネットカルチャー」を見つめ直した先にある、「移動」してきたことという至極素朴な結論をどのように祝福できるか、山形の近作に見え隠れしていた大きなテーマに関する新しい思考の断片が『Fasten your seat belt』には提示されていた。

  1. https://gendai.ismedia.jp/articles/-/59738
  2. https://www.stuff.co.nz/life-style/homed/garden/118950807/nzs-most-expensive-houseplant-monstera-sells-for-5000-on-trade-me
  3. https://www.japanjournals.com/uk-today/11735-180903-2.html
  4. https://youtu.be/S_XKg8Ywqmo
  5. https://bijutsutecho.com/magazine/news/headline/23546

石毛健太
アーティスト、エキシビジョンメーカー、Urban Research Group運営。
1994年生まれ、2018年東京芸術大学大学院修了。
出身地や身の回りの物事について考えている。
主な参加展覧会に、「生きられた庭」(京都/2019)、「『東京計画vol.3』URG NEW ADDRESS」(Gallery αM/2019)など、主な個展に、「アイオーン」(BIYONG POINT/2020)がある。また、主なキュレーションに、「変容する周辺 近郊、団地」(東京/2018)、「working/editing 制作と編集」(アキバタマビ21/2020)などがある。