MASSAGE MONTHLY REVIEW – 10
MASSAGE&ゲストで、10月の音楽リリースをふり返る。
現行リリースの作品の広大な大海原から、10月に出会った素晴らしいリリースをご紹介。
現行リリースの作品の広大な大海原から、10月に出会った素晴らしいリリースをご紹介。
Peladaは、プロデューサーのTobias RochmanとボーカルのChris Vargasによるデュオで、カナダのモントリオールを拠点に活動している。ベルリンのレーベル〈PAN〉では初めてのリリースとなる「Movimiento Para Cambio」は、Tobias Rochman のブレイクビーツやジャングル、アシッドハウスなどビート感溢れるサウンドとChris Vargasの自由で解放的で感情的なボーカルが社会や政治への不満などの強いメッセージを歌い上げる、非常にエモーショナルでパワフルな作品。 メッセージは、社会における女性のあり方やセクシャルハラスメントの克服への道、経済がビッグデータで個人を監視する時代を迎えたことへの不満や、グローバル資本主義への不満など実に多岐にわたるが、まさに今目の前で起こっている現実そのものなのだろう。PELADAは、自身らの音楽を通して社会や政治への不満や警告を個人に呼びかけ、彼らのアイデンティティや自己再帰性を呼び起こしたいと考えているのだろうか。アルバムの前半は、冷静かつ疾走感溢れるビートと怒りとも感じられるボーカルとのコントラストが彼らのメッセージを強調しているように感じる。中盤~後半につれてボーカルとビートが一体化しさらに疾走感を増す。ラスト2曲の落ち着いた曲調の中、何かを呼びかけるようなボーカル。アルバム全体を通してPELADA伝えたいものへのパワーを十分に感じられる作品。ライナーノーツに書かれている ‘ABRE TUS OJOS, LA BESTIA SE ALIMENTA DE LA EXPLOTACIÓN’ (“OPEN YOUR EYES. THE BEAST FEEDS ON EXPLOITATION” ) こそが、彼らが皆に伝えたいメッセージそのものなのかもしれない。
Howie Leeは、これまで国境を超えてあらゆる感覚が均質化していいく流れに対抗し、時間や地理における差異を融合するのではなく、対立させることで新しい世界を創造することを試みてきた。それは北京という場所から導かれた必然的な応答のような気もするし、アジアという場所が今持つ可能性の最も明晰な例であるとも思う。4年ぶりとなる本作のタイトルは無慈悲な神の視線を表す、老子の言葉「天地不仁」から取られたものだという。中国の伝統的な楽器と実験的でエレクトロニックなサウンドの融合は更に推し進められ洗練されている。しなやかで優しく響きの中のそのなかにさまざまな感情が折り重なるように溶けていく。都市文化から離れた場所から生み出されるような緩やかな時間感覚を持つそのサウンドの作り出す緊張と抑揚は、自然と人工、ローカルとグローバル、西洋と東洋、そして過去と未来といった、多様な相克を含んでいる。未視感の中にある懐かしさに身を委ねれば、そこにある豊かで新鮮な感覚を楽しむことができるだろう。
タイトル『Soviet Freakout Volume 2』(Volume1は今年1月にリリース)、レーベル名(もくしはアーティスト名)はSoviet Freakout、場所はアメリカ、マサチューセッツ州のマリオンとなっている。Bandcampのページの情報はこれだけで、作品解説にも何も記入されていない。ただ、Instagramのアカウントは存在していて、ロシア語が書かれたレコードジャケットの画像が多数アップされている。マイケル・ジャクソンやルイ・アームストロングやビートルズもある(中にはブートもあるもよう)。再生してみると、ジャケットに書かれているとおり、「サイケデリック、ファンク、ディスコ、ロック」が何を言っているのかまったくわからない歌詞で次々に流れてくる。カセットの曲目リストによると、収録されているのは、ポーランド、モルドバ、ロシア、ハンガリー、ラトビア、カザフスタン、エストニア、セルビアで70年代〜80年代にリリースされた曲。これがなんともいい。国も時代も今いる「ここ」とはズレている感覚に心地良さを感じる。どこかで聞いたことがある気がする(もちろん知っているあの曲ではない)メロディに出くわしたりすることもたびたび。誰か違う人の記憶の中に入り込んだみたいなみょうな感じがある。時代の持つ空気感のせいだろう、まるでインターネットなどなかった時代のリビングのソファにでも座っているような……そんなことをとりとめもなく考えていたら、いつの間にかSide Oneは終わっていて、Side Twoもあと数分になっている。スマホもWi-Fiも存在しない世界の空気の中に少しの間トリップしてみるのも楽しいものだ。とはいえ、インターネットがなければこの作品を知ることもなかったのだけれど。
モスクワを拠点に活動する写真家でもあるLena Tsibizovaの作り出したヴィンテージな感触を持つドローンサウンド。聴くものを心の奥底へと引き込むような瞑想的なランダムネスとゆらぎの心地よさには、どこか遠くから知らない国の映像をただ眺めているような寂しさがある。短期記憶のように像が現れては消えるまばゆい音の反射が、次第に曖昧で断片的な幻想の世界を展開する。音の響きが作り出す包みこむようなぬくもりのなかにある、暗い道を一人行くようなかすかな不安。その繊細な感情を守りながら、けして引き返すことなく前へと進んでいく。永遠にも思える波のように打ち寄せるその音の粒子のゆらぎは、あなたの孤独すら至福の時間へと変えてくれるだろう。
10月、George Clanton主宰のレーベル 100% Electronicaが開催するイベント、100% ElectroniCONの第2回がロサンゼルスで開催された(1回目は今年8月にニューヨークで開かれている)。前回は参加していなかったINTERNET CLUBが今回は登場した。パフォーマンスを行なうこと自体が初めてだったという彼は、インターネットだけでつながっていた人々と会う、リスナーと話をする、物販のテーブルに座る……など、すべてが新鮮な感動だったようだ。この100% ElectroniCON 2でCD-Rが販売され、その3日後にデジタルリリースされたのが、この『SOUND CANVAS』。2013年7月の『Digital Water -Perfect Edition-』以来、6年ぶりのINTERNET CLUBのBandcampページ更新となる。何かが浄化されていくところを描いたかのようなアートワークの、穏やかでキラキラしたサウンドで始まるこのアルバムは、Robin Burnettの今の心情をそのまま写し取った作品なのではないかと思わせる。もちろん、はっとさせられる瞬間やするりとはいかない部分もやはりそこにはある。彼はBandcampを通じて送られるメッセージで、「『SOUND CANVAS』は特に、ある意味ラブレターみたいなものだってすごく感じてる。そうしようと思ってそうなったのかどうかはわからないけど」と書いている。また、「焦る必要はない。なんでも可能。INTERNET CLUBは……フィーリング!とかそんな感じ」とも。だからとりあえず今は、Burnett称するところの「a very dreamy little record」の充足感すら感じさせるサウンドに身をゆだねていようと思う。