ノーオーガナイズ、ノーマネーシステム、ノーコマーシャリズムを掲げる自由参加型のレイブ、「テクニバル」。その非商業的な文化の可能性を追いかけ、ベルリンにまで移住してしまったdestr∞y。彼についての記事を書いたのは、MASSAGE 9の記事でのことだから、もう数年前のことになる。311以降の日本は随分と変わってしまって、エクストリームな遊びを追求することも今の気分ではなくなってしまった。そうこうしているうちにここの文化は、コマーシャリズムに覆われ、なんだか平板なものになってしまった気がする。

そんなふうに停滞している間にも、外の世界ではあたりまえに、毎日新しいものが生まれ、そして進化していく。そういうものに共鳴するなら、飛び込んで行って、その創造の現場の一員になってしまえばいい。守るものが多い生活をしていたらなかなか簡単なことではないけれど、そうした冒険からしか次の世界は切り開かれない。そんな世界に行きっぱなしでなかなか帰ってこないdestr∞yが、どういう人たちと、どんな生活をしているかに興味があった。

その日常については以前に触れたので、今回は彼が出会った人物に焦点を当てたいと思う。そんな彼が選んだ人物は、ベルリン近郊最大規模のサウンドシステム・コレクティブ “CYBERRISE” のオーガナイザー、YAYA23だった。これはdestr∞yがYAYA23に話を聞いたインタビューである。西ヨーロッパを旅しながらテクニバルのオーガナイズに携わり続けてきたその彼の、旅と音楽の共通点、そしてそのライフスタイルが切り開いたものとは。

※テクニバルについての解説記事はこちら

どのように音楽をプレイし始めて、どのようにサウンドシステムを始めたんですか?

90年代はじめ、スケートパンクから、ジャングルや、トリップホップ、ビッグビートなどのいろいろなサブカルチャーに興味があって、既にその頃から西ドイツのクラブでレジデントDJとして、インディーロックや、パンクのパーティなんかでプレイしていたんだ。そして初期トリップホップや、初期のジャングルと、ドラムンベースなんかも入ってき始めて、その頃やっていたレジデントパーティー “refoundation night” でエレクトリックビーツを、DJセットに入れたりしていた。その辺が自分にとって演奏者としてのエレクトリックミュージックとの最初の繋がりだったと思う。

その頃はまだCDや、ミニディスクとかで、プレイしていた。で、95年頃からレコードを買い始めて、その頃はビッグビート、トリップホップ、ドラムンベース、ジャングル、その辺の音はちょっと変わった音だった。それでブロークンビーツや、速めの音なんかをダンスフロアーでかけてたんだ。ほかでよくやってるような初期アシッドハウスとかじゃなくて、ブロークンビーツのBPM 170くらいの音とか、そういうのをかけてた。

で、その頃、既に小さなバンを持ってて、バンと共に動くっていうアイデアが好きだったんだ。どっかにバンを停めて、そのままそこで寝たりしてたんだよね。クラブの前に停めてたときとか、クラブから出て来たら、その目の前に家があるっていう。森に停めて、そこで音楽を聴いたり、すでにそういう風に生活をしていた。そして90年代後半、交換留学プログラムの奨学金が取れたので亜熱帯農業の勉強をしにイタリアのボローニャに行くことになって、ターンテーブルとレコードをバンに乗っけてイタリアへ。

音楽をプレイするっていうのは人間が持っている衝動の一つだと思う、少なくともオレの場合は衝動という形だった。なんていうか自分にとっては、音楽をプレイしたいっていう感覚は、自由への衝動のようなものだったんだ。自分は、とても強固な自由という感覚に対するフォーム、つまり精神的自由を、音楽を通じて経験しているって思っていた。

そこで、はじめてほかにも自分みたいに、音楽をバンに乗っけて旅している連中に出会ったんだ。その頃、最終的にメチャクチャデカいウェアハウスパーティにたどり着いて、他にもBPM 160〜180の音が好きで、でっかいサウンドシステムをバンに積んで旅してる連中に会ったんだ。スピーカーをトラックに積んで、旅を続けながら、そんな感じで音と付き合っていくっていう、ヤバくない?それはメチャクチャダイナミックで面白かった!

その頃は、フリーパーティで、ドラムンベースとジャングルをミックスしたりしてて、でも4/4の低いベースがブロークンビーツの下で鳴ってるやつも好きだった。それはドラムンベースと、速いステップと、グルーブのあるやつの組み合わせだったり、または4/4キックの瞑想的で反復するモノトーンベースだったり、そういう音がオレの耳に素晴らしい結果をもたらしてくれた。それで、ジャングルや、テクノをミックスし始めるんだ、速いヤツ、フリーテクノに続いていくようなやつ。フリーテクノは、テクノの4/4キックのベースライン、それにエナジェティックで、ノレるグルーブが乗っかっている音。そういうのが本当に好きになった。この辺が90年代中盤にイタリアのウェアハウス パーティでレコードでDJし始めた頃の話。瞬間と音楽を乗っけて、移動し続けて、それを旅の中で自由へと昇華していく。これはテクノムーブメントとは違うカタチだったんだ。

cyberrise+kirrewit

それで、サウンドシステムと旅をミックスし始めた頃は、どんなことを考え、どんなことをしていたの?

音楽をプレイするっていうのは人間が持っている衝動の一つだと思う、少なくともオレの場合は衝動という形だった。なんていうか自分にとっては、音楽をプレイしたいっていう感覚は、自由への衝動のようなものだったんだ。自分は、とても強固な自由という感覚に対するフォーム、つまり精神的自由を、音楽を通じて経験しているって思っていた。それは自分が直面している日々の生活や、自分が生まれたこの社会の中の境界を飛び超える何かへ駆りたたせたり、想像させてくれたりするものだと思う。だから音楽は、いつでも精神的な旅の一つのカタチだったし、自由ということ自体に対するとても強度の高い表現だと思うんだ。それは精神の乗り物とも言える。

同じ類いの自由への衝動の表現は、実際に動き続けることにも見つけることができると思う。ただ毎日、A地点から、B地点へと移動するんじゃなく、そういうものに囚われず動き続けること。それは社会から与えられたパターン、例えばフェンス付きの家だったり、Aから、Bへと、ただひたすらと走り回ることだったり、そういうことではなく。この障壁を飛び超えるために、常に枠にはハマらないで、色々な動き方で、動き続ける瞬間を続けていくこと。そうすることで自由がハッキリし始める。

いつでも、自分のハートが連れていってくれるところへと動き続ける。そういう自由への衝動。精神的自由は音楽を通して勝ち取ることが出来る。音楽を通過したリズムのある自己表現なんだよ。それに日々の物理的移動を通した自由。例えば、違う場所に行って、違う場所で寝て、自分が居たいと思うだけいてみて、自分で合わないなと感じてきたら、自分の行きたいところへとらわれずに何処へでも行くことが出来る。そういう音楽から得られる精神的自由と、物理的移動の自由の組み合わせは、古代から人間が持つ重要な衝動だと思う。実際の物理的移動が音楽を通過して、音楽と一緒に移動していく、それはどんなものにも縛られない想像力と楽しみの組み合わせだと思う。そこから創られるアウトプットは計り知れない。とても自然でユートピア的、かつ同時にとてもリアルなことだと思う。

この二つの自由へ衝動を組み合せるのは素晴らしいと思う。この地球のビートに乗って地球を周っている間に、それはオレたちを音楽にノセていく。なんていうか、音の瞬間にいる間に自然に勝ちとられる組み合わせなんだと思う。

そう、これが90年代。同じような衝動を持って、トラックで音楽と共に旅する連中に出会った。その間一度ドイツに戻って、サクッと農業工学のマスターを取って、それからは自分も基本的に路上に居続けたんだよね。CYBERRISEに関わる全ての人は、みんな道の上で出会った。で、スピーカーを作り始めたんだ。CYBERRISEサウンドシステムは、一つの場所や、一つの国から始まってるとはいうことが出来ない。全てのスタイルや、やり方、そしてその構造は、全て道の中での出会いで生まれた、そしてそこにはサウンドシステムのクルーもいたんだ。どんな時、どんな場所でも、そして特にどこかでもない。路上の動きを通過した自由の為の主張なんだ。

それで最初の数年間、オレらはイタリアのボローニャと、フィレンツェの間の標高1000mのアペニン山脈の、すごいいいロケーションにスタジオを持ってて、そこでさらにスピーカーを作って、サウンドシステムをやり始めたんだ。そのあと大きいトラックを手に入れたり、ゆっくり準備しつつ、もっとスピーカーを作っていったんだよね。そこはヨーロッパを旅している間の家兼基地というか、中間地点だった。

フリーパーティ、テクニバルから生まれて来た音楽や、そのリリースのスタイルについてどう思いますか?

そうだね、テクニバルやフリーパーティで見つけられる最も個性的な音楽のスタイル、そのスタイルをフリーテクノって呼びたいって思う。それはクラブシーンから独自に進化したアップテンポなテクノのバリエーションの一つで、旅や、道の経験の中で進化し、実際の動きを通過してきたもの。ブロークンビーツや、ジャングルと、4/4キックベースを組み合わせたもの、もっとレイヤーがあるものとも言える。4/4キックベースの単調さだけでなく、ブロークンビーツが乗っかって、常に二つ目のステップが強調されている。個人的には、フリーテクノは馬に乗ってサバンナか、ジャングルをかけているような気分にさせてくれる。とてもエナジェティックでノレるトライバルなテクノなんだ。それは、今オレらにとっては、アマゾンのインディアン達がやっていたこととして知られている、シャーマン達の儀式的なドラムの様な感覚をオレ達に思い出させてくれる。

例えば、アヤワスカの儀式に見られるような感覚なんだと思う。そして今オレ達にはBPM 180、190、200のリズミックドラム「ドゥフッ ドゥフッ ドゥフッ ドゥフッ」がある。これらの儀式に必要な精神的高揚感を作り出す反復されるドラムがあるんだ。そしてフリーテクノの速さや、そのスタイル、そしてフリーテクノで使われるサウンドには、シャーマン達の儀式みたいな感覚がたくさん残っていると思う。本当にそんなふうに思うんだよね。オレたちは、集合的催眠効果を、想像力を通過して、精神的リズム表現を通って、ダンスフロアーという人々が踊るために集まった場所で、恍惚状態で体験している。そこには確実に太古の儀式のドラムとの繋がりが、フリーテクノにはあると思う。

でも今日では、いろいろな違うスタイルもプレイされている。テクニバルで改良されたさまざまなスタイル、ブレイクビーツや、エレクトロ、ハードコア、どんなスタイルでもプレイされる。そして勿論、そのスタイルは基本的に普通のクラブシーンの流れや発展とは、つながらないことが多い。もちろんいくつかのチューンは、クラブのメインフロアーでもプレイされて来たし、それは否定出来ない。

でもプロデューサーやアーティスト、彼ら自身がライブセットを創り上げプレイしているし、その自由なバックグラウンドから音楽を作っている。彼らはいつも普通とは違う感覚の最終的リリースを持っていて、その後、その類いの自由の経験を持たない人々からリリースされる。そしてリリースは、とても多様で幅が広いし、アーティストはもっと広い視野を持っている。リリース自体からもそれを感じることが出来るし、リリースされたものからその感覚を追体験するようなことが可能だと思うんだ。そして幸運で嬉しいことに、いろんな種類があって、おもしろいものもある。自由の影響が詰め込まれた音楽が世にリリースされているんだ。

そして、メインの伝達方法はレコードだってこと。特に90年代はレコードだった。例えばSpiral Tribeは、移動型スタジオを移動型レコードプレススタジオとして使っていて、ライブセットを録音したあと、その場でレコードをプレスして、リリースするようなことをしていた。それは非常にユニークな限定のプレスで、そう簡単には手に入らない。勿論それをゲットする為にはパーティにたどり着いてないと話にならなかったし、もしそこにいなかったらほかのどこでも見つけることは出来なかった。これは言ってしまえば、インターネットが普及する前のすごくいい時代の話。

同じ類いの自由への衝動の表現は、実際に動き続けることにも見つけることができると思う。ただ毎日、A地点から、B地点へと移動するんじゃなく、そういうものに囚われず動き続けること。それは社会から与えられたパターン、例えばフェンス付きの家だったり、Aから、Bへと、ただひたすらと走り回ることだったり、そういうことではなく。

素晴らしいでしょ、わかるかな?フリーゾーン、フリーエリア、T.A.Zの中のみで見つけることが出来る、動くことで見つけることが出来る、それ以外では全く見つけることが出来ないリリースなんて、素晴らしいと思うんだよね。それはそれを見つけた人にとって、永遠に大切なものになると思う。でも残念なことに、この手のダイナミクスはインターネットや、eコマースなんかの、いつでもどこでも、どんなものにでもアクセスすることが出来るテクノロジーによって失われてきている。確かに、そのおかげで音楽を世界中の離れたところまで届けれるようになったという意味で、音楽を一歩前進させるといういい部分もある。でも一方で音楽に独占主義を持ち込んだし、インターネットを使った国際貿易の部分がもっと目立っていると思う。オレたちからしてみると、いわゆるeコマースがここ十数年で乗っ取った影響が運んできたものって好きじゃないんだよね。

でも、今日、2016年、基本的にテクニバル、フリーパーティでプレイされる音楽には、ライブセットの大きな影響がある。根強いライブセットのカルチャーがあるし、それを抜きにしても、幸運なかつ嬉しいことに、2016年もいまだにほとんどのDJは主にレコードをプレイしている。MP3をプレイするのは避けよう。まぁこれはオレの意見だけど。だからデカい勝利を少なくとも音自体に関しては。

フリーパーティや、テクニバルでは、凄い音によく出くわすんだ。なんでかっていうと、みんな自分のサウンドシステムに情熱を捧げている。それ組み上げ、計算し、ほかのサウンドシステムと組み合わせ、つないだり、分裂させたり、すべての種類のスピーカーシステムを組み込むために、巨大なディレイラインを作り上げ、改良する。しかもそれで全部じゃない。それは大きなサウンドシステムのアートだと思う。何度も驚かされる、その音の再現性は、ダンスフロアーにスゴい結果をもたらしている。

でっかく太いベースライン。幅広いスケールで、いろんな場所からのいい仕事がある。チェコの連中からのや、フランス人や、イタリア人、イギリス人達のいい仕事。素晴らしい音の再現性、みんな、よくやってる!!本当にヤバいよ。どこのクラブでも聴けない、フリーエントランスベースの、フリーパーティでしか聴けない音。ヤバイよね。フリークエンシーとリズムに関するオレたちの進化のための、めちゃくちゃいい仕事だよ。

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YAYA
DJ、レーベルオーナー、YAYA23というレコードショップ兼、レーベルをドイツ、ベルリンにて主宰する。EU圏にてもっともユニークなSOUND SYSTEMの一つ、CYBERRISEの設立CREWの一人。ヨーロッパのフリーパーティ、テクニバルシーンの中でも徹底したアンダーグラウンドスタイルで信頼の厚くナイスな人柄を持つ。90年代半ばよりSOUND SYSTEMを立ち上げ活動を始める。音のクオリティにフォーカスし、いくつものフリーパーティ、テクニバルを潜り抜け、オルタナティヴカルチャーを支え続けている。既にそのカルチャーが深く根づき、たくさんの人々やSOUND SYSTEMが活動する西ヨーロッパから、その様なカルチャーからもう少し離れているブルガリアやギリシアの様な夢追い人たちが、もっと新しい世代のために新しい方向性を求めて辿りつく、東ヨーロッパの果ての国々までバンにスピーカー積んでる旅を続ける。その間の旅も最高の瞬間から、大変でハードコアな事まで起きる道中をくぐり抜け旅を続ける、全てはKEEP FIRE BURNINGのために。
Youtube https://www.youtube.com/channel/UCHHxK9hTclKFKBnUZt9xtTA
discog & shop https://www.discogs.com/seller/yaya23/profile
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destr∞y
ikanani mothzzzzrrr fukerrrr sound system のクルーとして、数々のパーティ、レーベル、ハプニングを繰り広げつつ音を鳴らしはじめる。その後ヨーロッパへとベースを移し、各地のローカルサウンドシステムと共にフリーパーティ、スクオットパーティ、ストリートパーティ、テクニバル、アンダーグラウンドから生まれるアートに巻き込まれ、出会いから生まれる関わりから、さまざまなサウンドシステムに参加し、ライブセット、DJ、同時にスピーカー運び、ヨーロッパの西の端から東の端まで、自律的かつ、フリーダムなハプニングに関わり続ける。同時にヨーロッパのアンダーグラウンドfree improvisationシーンを発見し、エクスペリメンタルや、ノイズシーンで活動するさまざまなアーティストと共に、さまざまなツアーに関わる。オープンデッキ、オープンセッションをコンセプトとしたSEWAGE/OPENCLOSEや、ツアーへの参加。より多角的活動のアウトプットとしてRefugees on dance floorをスタート。自身が関わるレーベルikanani x coreheadからアナログをリリース。
https://soundcloud.com/destrooyakadubdub
https://soundcloud.com/refugees_on_dance_floor
https://www.mixcloud.com/destrooyakadubdub/

この夏、日本のどこかでテクニバルが開催予定!
http://freeteknojapan.blogspot.jp