山形一生 連載 第0回 水色のぷにぷに

ポストインターネットアート

Text: Issei Yamagata, Title image: Inoue

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全5回を予定とする本連載は、「ポストインターネットアート」と呼ばれる芸術作品を考察していくものである。第0回となる本稿では、「ポストインターネットアート」を論じるにあたって、その名前に付随する「ポストインターネット」という概念について検証を行う。そして「ポストインターネットアート」が、いかにしてインターネットと関連しているのかを論じる。

続く第1回では、「展示記録」について考察する。ここでは、発表された展覧会や芸術作品を写真によって記録することや、ウェブ上に公開すること、図録となることなどが論点となる。というのも、筆者は「展示記録」というものが「ポストインターネットアート」を理解するための重要な手立てになると考えているからだ。

第2回以降では、それまでの議論を引き継ぎながら、アートブログ、作品画像の流通、スクリーンでの作品鑑賞などの諸問題から「ポストインターネットアート」を考察する。それら要素が私たちと芸術にどのような影響を与え、「ポストインターネットアート」と呼ばれるに至った芸術作品を生んだのかを論じ、第5回をもって連載を終えるものとする。

はじめに

「ポストインターネット」という概念は芸術だけでなく、ビジネスやファッション、音楽などのひろい分野で用いられ、それぞれの文脈において様々な意味が付加されてきた。こうした用語の乱用は、「ポストインターネット」という概念の利用に対する忌避感を与えるのみならず、インターネット世代、デジタルネイティブなどの世代区分と同様、特定の世代に共有された空気感のような曖昧な意味で用いられることもあった。そのような状態は、一部の批評家やキュレーター、アーティストたちの、この概念に対する辟易にもつながっている1。それは、この概念の持つ意味が曖昧にも関わらず、漠然と意味が共有されたかのような錯覚を生み出していることに起因すると考えられる。

筆者もまた、「ポストインターネット」という概念そのものの有用性を無批判に支持するわけではないにせよ、忌避感が先立ち漠然と議論が避けられているように思われる昨今の状況については残念に思う。たしかに「ポストインターネット」という概念は、バズワードとして広範に用いられたことよって、様々な誤解や議論のすれ違いの原因になっているという点で多くの問題を抱えているのは事実だが、この問題が直接「ポストインターネットアート」と関連付けられる芸術作品自体の問題へと直結すると考えるのは早計だろう。後に記述するが、そこには名称とカテゴライズに伴う問題が横たわっている。すなわち、「ポストインターネットアート」が、その着想において「ポストインターネット時代のアート」という意味であったとしても、実際に「ポストインターネットアート」と呼ばれるような個々の作品は、「ポストインターネット」状況から直接的に説明できるものではないということだ。(さらにいえば、もし「ポストインターネットアート」がそのような意味で用いられているとすれば、現在生み出されている芸術作品はすべからく「ポストインターネットアート」だということになってしまう。)

先に断っておけば、本連載は、「ポストインターネット」自体について検討するものでは決してない。そうではなく、2000年代後半から現在に至るまで発表され続けている「ポストインターネットアート」と呼ばれる芸術作品を対象に、その傾向や問題についてを考察していくものである。願わくば、単なる流行遅れの言説として排除したり、世代論として秘教化するのでもなく、「ポストインターネットアート」をめぐる議論が開かれたものになればと考えている。当連載が目指すものはそこにあり、その一助となることを願っている。

1. ライター、翻訳家、キュレーターであるブライアン・ドロイトクールは「ポストインターネットアート」という概念にしばしば強い拒否感を示しており、以下のように論じている。「ほとんどの人にとって「ポストインターネット」と大声で言うことは恥ずかしいことだろう。しかし、現代の美術において書かれる言葉の大半はそれであり、「ポストインターネット」は、人々がそれを言い続けるほど効率的なアートの仕事をしており、〔人々は〕困惑している。(…)人々がそれを気に入っていようが、嫌であろうが、無関心であろうが、今日の「ポストインターネット」が何を意味しているかを知っているようでありながら、十分にそれを説明をすることはできない」(Brian Droitcour「The Perils of Post-InternetArt」 [2019年3月にアクセス]) 並びに、「ポストインターネットアート」が語られる際、論者によっては「ニューメディアアート」として記述される場合もある。

芸術理論でもなく、メディア論でもない「ポストインターネット」

「ポストインターネット」という概念の利用は2008年前後からみられ2、その当時は批評家でありアーティストでもあるマリサ・オルソン3と、アートライターのジーン・マクヒュー4を除いて、多くの人々はこの概念を扱ってはいなかった。しかし現在では多くの展覧会や論考においてこの概念を利用した発表が行われるようになっている5。この「ポストインターネット」という概念は、2008年にオルソンのインタビュー6で初めて使用され、「人々はもはやオンライン/オフラインの区別をしな」いで、「〔メディアの存在を〕意識をせず〔グーグルで画像検索し、そのまま流用するように〕インターネットを扱うようになった」と彼女は指摘する。しかしオルソンはこの概念の定義や意味をしばしば拡張して用いており、2011年以降においては「インターネット〔の登場〕以降」という広漠な定義で用いている7

一方でマクヒューは、彼が執筆するブログ8のタイトルとして「ポストインターネット」の議論を引き継ぎながら、「インターネットがプログラマーやハッカーなどの領域になることをやめ、コンピュータに関する特別な関心や知識がない人々の日常生活の不可分となったとき、インターネットは変化した」9と論じている。

  1. 2. 初出の年号に関しては文献ごとに揺れがある。マクヒューの「Post Internet」(Gene McHugh「Post Internet」LINK Editions,2011年)では2007~9年にオルソンが扱い始めたと記述があるが、オルソンが「ポストインターネット」と発したことで有名なブログの記事そのものは2008年となっている。また、ブライアン・ドロイトクールは2009~2010年に当概念を発見し、その当時においてもオルソンとマクヒュー以外の人物は使ってはいなかったと記述している。本稿ではオルソンのインタビュー記事の発表に従って2008年からと記述する。並びに、日本国内では2014年にMassageとideaが特集を行い、2015年に美術手帖が大きく扱った。国外では、GoogleTrendsによると芸術カテゴリにおいて2011年8月ごろから検索がみられるようになり、2014年以降から連続的なものとなっている(googletrendsにて、地域をすべての国、芸術カテゴリ、「Postinternet」「Post-Internet」で検索)。日本では検索結果の顕著なグラフが現れておらず判断がしにくいが、芸術関連よりもネットワーク関連技術の記事の中で先に多く用いられたことがわかる(googletrendsにて、地域を日本、芸術カテゴリ、「ポストインターネット」で検索)。
  2. 3. Marisa Olson:1977年ドイツ生まれ。美術批評家、アーティスト。2006年に複数のアーティストが運営するコミュニティブログである《Nasty Nets》の設立初期メンバーとして知られる。
  3. 4. Gene McHugh:アートライター、アーティスト。ブルックリンを拠点とし、ArtforumやRhizomeなどに寄稿。
  4. 5. 『Art Post Internet』,2014年3月1日〜5月11日,ユーレンス現代美術センター セントラルギャラリー,北京,中華人民共和国
  5. 6. We Make Money not Art「Interview with Marisa Olson」 [2019年3月にアクセス]
  6. 7. オルソンは「ポストインターネット」を、インターネットを使用して作られた芸術、そしてネット上の検索という行為も制作として考えられるといった内容を述べている。(Gene Mchugh「Post Internet」LINK Editions,2011年)
    しかし、今の時代においてインターネットを用いないほうが稀であるため、技術の使用状況によって区分することは難しいだろう。彫刻家であれ、ペインターであれ、今日では誰もがインターネットを使用している。
    また、日本国内で行われたポストインターネットの議論に関しては、2012年に行われたICCでの座談会「『ポストインターネット』を考える(β)」(ICC「座談会「『ポストインターネット』を考える(β)」」 [2019年3月にアクセス] )ならびに美術手帖2015年6月号内の特集内にある水野勝仁の記述が詳しい。水野は定義の変化を以下のように論じる。「わずか3年のあいだにポストインターネットが強調していたネットとリアルの区別はもはや意識されることすらなくなり、インターネット以降の表現(が普及した状態)に対するラベルとしてポストインターネットが使われる状況になったのである」(水野勝仁「ポストインターネット用語20」『美術手帖2015年6月号 vol.67』美術出版社,2015年) ここで水野が論じた、ポストインターネットが使われる「状況」とは、哲学者であるLouis Doulasによる論考が参考となる(Louis Doulas,「Within Post Internet Part i 」,2011 [2019年3月にアクセス] )。
  7. 8. アンディ・ウォーホル財団の助成を得て1年に渡って執筆されている。
  8. 9. マクヒューのこの定義を参照する場合、「ポストインターネット」という概念の発足は、概念そのものが生まれた2008年からではなく、インターネットの一般化が大きく進んだ2000年代初頭頃からともいえるだろう。美術家の永田康祐は、ヴォルフガング・シュテーレの作品を論じた際、アレクサンダー・R・ギャロウェイが論述したインターネットに関する芸術を2つのフェーズにわけるという主張を引用しながら、「ポストインターネットアート」の発端を、2001年のテロ事件から見ることができるだろうと論じている。 (永田康祐「写真可能なものの政治性」『パンのパン03 たくさんの写真についての論特集号』パンのパン,2018年)

以上が黎明期における「ポストインターネット」という概念の扱われ方であり、研究や論考において言及される際には、この二者の考え方が始点となっている。そして、これらの論に共通することは、その指摘がインターネット自体の変化に関するものでもなければ、それが芸術にたいして直接的に及ぼす影響についてでもなく、インターネットによって変化せしめられた、ごく一般的な生活や社会のありかたに関するものであるということだ。すなわち、「ポストインターネット」にかかわる議論とは、芸術理論ではまったくない。さらにいえば技術論的なメディア論ですらない。ここで模索されているのは、インターネットを契機とした個別の文化における変容と文化分析に留まっている。

劇場としてのインターネット

筆者は、オルソンやマクヒューらによるこうした概念の利用を、芸術をはじめとする諸文化へ接続して用いることは困難と考えている。だが、今ではインターネットが電気や水道などの公共サービスと立場を共にし、意識せずとも使われるようになったという彼らの指摘は受け入れるべきだろう。この「ポストインターネット」という概念は2014年から世界的に現代美術の領域で利用され始め、近年では、World Wide Webを契機として1989年から現在(展覧会発表時においては2018年2月)までのインターネットに関する芸術作品を基軸とする展覧会10や、ミレニアル世代と呼ばれるインターネットと共に成長した人々と、その社会に何がもたらされたかを検証する展覧会11などの試みがされており、インターネットを歴史化するような試みが行われている。このような時代区分は議論の範囲を明確にする機能を果たす一方で、特定の世代による受容にその考察が集中したり、議論が特定の時代に収束する可能性を孕む。ここでは、ある世代のみに内面化された事象として語るのではなく、インターネットが私たちにどのようなことを与え、そして変化させたのかを考えたい。

  1. 10. 『Art in the Age of the Internet, 1989 to Today』,2018年2月7日〜5月20日,ボストン現代美術館,ボストン,アメリカ合衆国
  2. 11. 『I Was Rised On The Internet』,2018年6月23日〜10月14日,シカゴ現代美術館,シカゴ,アメリカ合衆国
  3. 12. 「ポストインターネット」が示そうとしたことは、こうしたインターネットの拡大による、ひとつの極点と考えることは出来るだろう。

インターネットは私たちのまわりにある様々なものを模倣し、インターネット空間へとインストールすることで、あえて誇張して言えば、世界になろうとしてきたといえるだろう12。かつてインターネットは、現実とは別にあるもう一つの世界としてサイバースペースとも呼ばれ、人々の没入の対象として存在していた。アカウントを作り、名前を付け、検索をし、お気に入りの画像をデスクトップ背景に設定して、フォルダ分けして、ゴミ箱に捨てて、投稿して、フレンドをみつけて、メッセージを送って、絵を描いて、アドレスを取得して、ホームに戻る。これら全ての活動は、現実の私たちの生活とはなかば切り離された仮想的なものとして行われていた。こうした活動がそれでもなお、リアリティをもって私たちに体験されているのは、インターネットの諸機能が私たちの活動に関連する隠喩として実装されているからに他ならない。これらの機能は、アンテナや電子回路、プログラム、各国の大規模なサーバー群、太平洋を横断する海底ケーブルなどの物理的な要素によって実現される一方で、画面上においては、アドレス、デスクトップ、ゴミ箱といったイメージを媒介として表現される13。そして、私たちはそれらが私たちの世界におけるアドレス(住所)やゴミ箱とは決して同一でないことに気づいていながらも、スクリーンに表示されるままのイメージを積極的に信じている14。私たちは、スクリーンの背後で行われることに関心を寄せることはなく、インターフェイスやイメージを、そのまま受け止め続ける。私たちとインターネットの関係は、そのような二重の態度で硬く結ばれてきたといえる。インターネットに関する議論においてしばしば挙げられるスクリーンやIoTの遍在化は、このような態度を自覚しないままに展開させる。このようなユビキタスなメディアは、私たちに絶えずなにかを見せ続けながら、同時に別のものを見えなくさせている。

Trevor Paglen,《NSA-Tapped Undersea Cables, North Pacific Ocean》,c-print,2016年

展示空間としてのインターネット

90年代から2000年代初頭におけるこうしたインターネットに関する議論は、インターネットと私たちの関係を明瞭に示したものだろう。サイバースペース独立宣言15からも理解できるように、かつてインターネットは現実世界とは隔離されたもう一つの仮想的な世界として扱われていた。そして、こうしたインターネットという世界を新たな芸術表現の場として利用したのが「ネットアート16」と呼ばれる芸術作品である。

  1. 13. ブレンダ・ローレル「劇場としてのコンピュータ」トッパン,1992年
  2. 14. 東浩紀「サイバースペースはなぜそう呼ばれるか+ 東浩紀アーカイブス2」河出書房新社,2011年
  3. 15. 1996年2月、当時アメリカで成立することとなったインターネットの通信品位法に対し、アメリカの詩人であるジョン・ペリー・バーロウが当法案に反対すべく発表したもの。サイバースペース(インターネット)は現実とは独立した空間であり、統治されることなく自由な空間であるべきとした。

fig.1 – Olia Lialina《My Boyfriend Came Back from the War》ウェブサイト,1996年

fig.2 – ALEXEI SHULGIN《FORM ART》ウェブサイト,1997年

「ネットアート」のいくつかの作品において、スクリーン上のインターフェイスが作品を組織する主要素として扱われることがある。「ネットアート」を論じる際の代表的な作品であるオリア・リアリナの《My Boyfriend Came Back from the War 17[fig.1]は、ハイパーテキスト、白黒のビットマップ画像、そしてウェブブラウザのフレームといったHTMLの基本要素によって構成されている。画像やテキストに設定されたリンクをモンタージュのように扱いながら、フレームが画面を分割し物語が展開される。また、アレクセイ・シュルギンの《FORM ART》[fig.2]では、ボタンやチェックボックス、スクロールバーなどのウェブブラウザ上で操作されるインターフェイスによって画面が構成されている。この二者は、ユーザーがウェブサイトを閲覧する際、マウスカーソルによって操作可能なインターフェイスとして認識しているフレームやボタンといったものを、作品のイメージや主軸を担うものとして扱うことが共通している。

他にもブラウザ上でレンダリングされた画面と、その裏で働いているソースコードを利用したもの18や、(当時における)ウェブサイトの読み込み速度を表現の根幹とする作品19なども発表されている。先述した私たちのスクリーンとの関わりに対して、ここではスクリーンの背後で行われているものを顕在化する試みが行われているといえるだろう。「ネットアート」は90年代後半になるにつれ画像が多く用いられるようになり、後に映像やFlashを基盤とする作品も出始め、2000年代にはBBSやブログを作品とするものが現れるようになった。そして、これら「ネットアート」と呼ばれる作品の大半は、かつての私たちとインターネットの関係と同様に、現実空間と半ば隔離されて表現が行われてきたといえる20。「ネットアート」において、ウェブサイトは、表現の媒体として用いられ、鑑賞者自身のインターネット環境において鑑賞されることを前提に発表されている。ネットアートの議論において、ロシアインターネットアートシーン21におけるアーティストの地域性や、冷笑的な態度やミームの利用といった文化的傾向について指摘されることがしばしばであるが、まず根幹となることは、作品がウェブサイトに依拠して発表され、ブラウザを通じて経験されるということである。

  1. 16. 「ネットアート」と「インターネットアート」は同義のものであり、文献ごとに表記揺れがある。本連載ではRhizome.orgに従って「ネットアート」を使用していく。
  2. 17. 当作品は後に他のアーティストたちから多くのオマージュを生み出した。それらの多くはフレーム構造を利用したものが多いが、ガスリー・ロナガンの《My Burger Came Back From The War》はもはやタイトル以外に類似を見いだせないなど、ネットアートにおける一つの指標として今でも扱われている。(Guthrie Lonergan《My Burger Came Back From The War》website,2012年)
  3. 18. JODI《http://wwwwwwwww.jodi.org/》website,1995年
  4. 19. JODI《AUTONOMATIC RAIN》website,1995年
  5. 20. 「ネットアート」と現実世界の影響と関係における議論は、etoyの《Toywar》(1999)やLYNN HERSHMAN LEESONによる《THE DOLLIE CLONE SERIES》(1995-1998)、そしてTSUNAMII.NETの《ALPHA3.4》(2002)が挙げられるだろう。これらは現実の株価に影響を与えるものや、webカメラを通して現実の風景を窃視するもの、インターネットと現実の距離の関連などを問題に扱っている。
  6. 21. 1990年代半ば当時のロシアでは、商業や出版業界におけるアートシーンに反発的だったアーティストにとって、インターネットは有効な表現手段として用いられていた。本稿でも記載したオリア・リアリナを筆頭に、ロシア前衛映画を制作する若いアーティストたちの活動と相まって、「ネットアート」はロシアで独自の発展が起きていた。 (Rachel Greene「Internet Art」Thames & Hudson,2004年)

なにかをインターネットと呼ぶこと

「ネットアート」と「ポストインターネットアート」は、名称も相まって、地続きに発展した芸術活動であると議論されることがある。キュレーターのローレン・コーネル22は、「ポストインターネットアート」とは「ネットアート」という巨人の肩に乗りながら、その実践をギャラリー文化へと奪還するものであるという指摘をしている23

  1. 22. Lauren Cornell:1978年生まれ、キュレーター。ニューミュージアムのキュレーションやRhizome.orgの編集に関わる。
  2. 23. Karen Archey and Robin Peckham「Art Post-Internet」Ullens Center for Contemporary Art in Beijing,2014年

たしかに「ポストインターネットアート」と呼ばれる作品やアーティストは、「ネットアート」で行われたいくつかの実践と共鳴する部分はあるかもしれない。しかし、「ポストインターネットアート」を「ネットアート」と地続きに関連して論じることは些か早計だろう。それは「ポストインターネットアート」は決して「ネットアート」のように、インターネットおよびウェブサイトの特性を条件として制作しているわけでもなければ、ネット空間固有のものとして独立する作品の形態でもないからだ。むしろ「ポストインターネットアート」はヴァーチャル空間やインターネットスペシフィックといった要素は撤退し、現実と双方向に位置するような実践を行っている。それ故、従来の芸術表現である絵画や彫刻、写真およびインスタレーションといった形式で制作され、ホワイトキューブで発表することが標準となっている。あえていうならば、「ポストインターネットアート」は従来の芸術表現や現代美術の実践に近接し、ふつうに作品を制作して発表するようになったのだ、といえるだろう。
 
それ故、「ポストインターネットアート」とされる芸術を一括りに論じることは困難を極めている。冒頭で述べたように、「ポストインターネットアート」がインターネット以降の社会状況や技術によって生まれた作品であることは事実だろう。それら作品をインターネットという用語によって包み込むこと自体は可能であるが、そのパッケージは今では何の意味も成さない。インターネットは私たちの活動の大部分に関連するものであり24、インターネット自体を基軸として何かを論じることは茫漠な議論を招く危うさがある。私たちがインターネットを主題とした時、その議論の中心は街中に点在するディスプレイやスマートフォン、JPEG画像やスクリーン上のインターフェイス、TwitterやInstagramなどのSNS、AmazonやAlibabaなどであり、それらは確かにインターネットと大きく関連しているが、インターネットそのものではない。現在のインターネットは私たちの世界を覆う一つのレイヤーとなっている25

以上の状況から「ポストインターネット」やインターネットを主題とする展覧会では、インターネットが誘起した問題を複数に分類し考察する試みが行われた。流通、言語、企業的美学、インフラ、パフォーマンス、監視、ヴァーチャル、新しい身体、などが例として挙げられている26。北京で行われた「Art Post Internet」という展覧会では、カーチャ・ノヴィツコワ27やティムール・シーキン28といったアーティストは「ポストヒューマンボディ」として分類され、ジョーダン・ウルフソン29やサイモン・デニー30は「ブランディングと企業の美学」に分類される。たしかに、それら分類から考察することも可能であるが、アーティストたちは社会状況や技術の実践に呼応して複数の問題を横断的に扱っている。そのため、一重に括ることは早計であり、しかしインターネットを用いるにはあまりに網羅的になってしまうという問題が「ポストインターネットアート」を論じる際の懸念として横たわっている。

  1. 24. e-flux journal「The Internet Does Not Exist」Sternberg Press,2015年
  2. 25. アーティストのヒト・シュタイエルは以下のように述べている 「(・・・)インターネットはこれまで以上に力を増しています。それは活気だけでなく、これまでのどの時点よりも多くの人々の想像力、注意力、生産性を十分に引き出しています。これまでにおいて、より多くの人々がウェブに依存し、埋め込まれ、監視され、そして搾取されたことはなかったでしょう。それは圧倒的で、目まぐるしく、すぐの代替はありません。インターネットはまず間違いなく死んでいないでしょう。それはむしろオールアウトとなった。より正確には、オールオーバーだ。(・・・)インターネットはどこにもありません。ネットワークが指数関数的に増えているように見える今日でも、多くの人々はインターネットへのアクセス権を持たなかったり、まったく使用していません。それにも関わらず、インターネットは別の方向へと拡大しています。それはオフラインへ移行し始めました。(・・・)周りを見てください、街全体がYouTube CADチュートリアルのふりをしているように、頬骨はエアブラシで磨かれています。」(Hito Steyerl「Too Much World : Is the Internet Dead?」『The Internet Does Not Exist』Sternberg Press,2015年)
  3. 26. 2014年、北京のユーレンス現代美術センターで行われた『Art Post Internet』では7つのサブテーマを設けている。distribution、language、the posthuman body、radical identification、branding and corporate aesthetics、painting and gesture、infrastructureである。並びに2018年にボストンICAで行われた『Art in the Age of the Internet, 1989 to Today』では5つ設定されており、Network and circulation、Hybrid Body、Virtual Worlds、States of surveillance、perfoming the self となる。
  4. 27. Katja Novitskova:エストニア生まれのアーティスト。インターネット上で流通する動物の画像や企業イメージを利用したフォトスカルプチャー作品である《Approximation》シリーズで知られる。
  5. 28. Timur Si-Qin:ベルリンを拠点に活動するアーティスト。商業的な画像の利用や、原始人の化石を3Dプリントした彫刻で作られた《Premier Machine Funerary》シリーズで知られる。
  6. 29. Jordan Wolfson:アメリカ生まれのアーティスト。女性型ヒューマノイドの作品である《Female Figure》、Alfred E. Neuman、Howdy Doodyといったアメリカのポップキャラクターを彷彿させる彫刻が機械によって幾度となく引き摺り回される《MANIC / LOVE》で知られる。
  7. 30. Simon Denny:ニュージーランド生まれのアーティスト。エドワード・スノーデンによって告発されたNSAの監視プログラムを契機とした作品《Modded Server Rack Display with Hack Change 》で知られる。

次回に寄せて

「ポストインターネット」が前提とするインターネットによる人々への影響は確かにあるだろう。しかし、その変化が全てインターネットが独自にもたらした劇的な出来事ではない。時にオールドメディアとして語られるビデオや印刷技術等もまた同時代的な知覚の在り方に変容を与えた。このような文化の変動そのものを定量化することは困難だが、これらの変化をしばしば芸術は受け止めてきたといえる。ポップアートやビデオアートなど、ある技術の革新はときに芸術作品を個別の領域へと誘う。後世にすれば、その個別性は作品の変化を理解する為の一時的な区分として役立ち、そして美術館およびコレクターに対するマーケットを開くためのパッケージとしての機能を果たしてもいる。しかし、その区分は条件を茫漠なままにカプセル化することも事実であり、場合によって、一過性の価値やトレンドとしてのみ乱用されることもある。そして「ポストインターネットアート」は、まさに茫漠なカプセルになりつつあり、それは付随する「インターネット」という用語が、現在では単一的に意味を指し示すことが出来ないことに起因していると考えられる。それ故、本連載はインターネットそのものを注視して対象を論述することはない。インターネットといった網羅的となる議論は採用せず、「展示記録」という視点に立つことで「ポストインターネットアート」を論じる。それらの政治性や問題を経由することは、インターネット自体を通じて論じるよりも理解を導く手立てになると考えているからだ。言葉を変えれば、本連載が論じるものは「展示記録時代の芸術」ともいえるだろう31

「ポストインターネットアート」を論じるにあたって、名に付随するインターネットを無視して議論を行うことは出来ず、第0回となる本稿は些か遠回りとなってしまったことをお詫び申し上げたい。続く第1回では、改めて「展示記録」に関する議論から「ポストインターネットアート」を考察する。

31. 「ポストインターネット」という概念の有効性の不確かさをここまで扱ったが、これは直接「ポストインターネットアート」という芸術を否定したいわけではない。私たちが感受している「ポストインターネットアート」とされる芸術は確かにあるだろう。しかし、そう呼ぶに相応しい名称が現在見当たらない為、本連載では引き続きこれらの作品を「ポストインターネットアート」と呼んでいく。

参考文献一覧

外国語文献
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日本語文献
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マッサージ編集部(Yusuke Shono, Kentaro Takaoka, Kanako Matsuya, Natsumi Fujita)「MASSAGE 9」MASSAGE,2014年
庄野祐輔「MASSAGE 10」MASSAGE,2015年
水野勝仁「ポストインターネット用語20」『美術手帖2015年6月号 vol.67』美術出版社,2015年
福尾匠「眼がスクリーンになるとき」フィルムアート社,2018年
永田康祐「写真可能なものの政治性」『パンのパン03 たくさんの写真についての論特集号』パンのパン,2018年
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インターネット文献
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Brian Droitcour「The Perils of Post-InternetArt」[2019年3月にアクセス]
Brian Droitcour「Why I Hate Post-Internet Art」 [2019年3月にアクセス]
We Make Money not Art「Interview with Marisa Olson」 [2019年3月にアクセス]
ICC「座談会「『ポストインターネット』を考える(β)」 」[2019年3月にアクセス]
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Gary Zhexi Zhang「Post-Internet Art: You’ll Know It When You See It」 [2019年3月にアクセス]