「儚いテクノロジー(Ephemeral Tech)」というコンセプトを軸に、五感を刺激する体感的なインスタレーションを手掛けてきたA.A.Murakami。日本人建築家の村上あずさと、英国人アーティストのAlexander GrovesによるデザインユニットStudio Swineを母体に生まれたそのアーティストデュオが、日本科学未来館(東京・お台場)にあるアートギャラリー「零壱庵(ゼロイチアン)」でNFTを用いた体験型展示「The Passage of Ra(太陽の通り道)」を公開した。展示しているのは、A.A.Murakamiの代名詞とも言える「霧」を用いた作品。スクリーンに向かって発射された霧の輪が、デジタル空間へとシームレスに繋がり、海の上に痕跡を残しながら地平線の上を無限に進んでいく。実空間と仮想世界が「霧」という現象によって繋がり合い、テクノロジーの永続性と移ろいゆく現象の、刹那の交合を体験できる作品である。
科学技術と人間の関係性を問う場でもある日本科学未来館という場所で、A.A.Murakamiはアーティストによる独自の視点から、「儚いテクノロジー」と彼らが呼ぶテクノロジーの新たな見方を提示する。儚さとは何か。たとえばそれは、瞬間にしか存在し得ない存在、あるいは不確実なもの、あるいは偶然性のような何かかもしれない。一方で、今回の展示で用いられているブロックチェーンの技術はその対極にある。物理空間からデジタルの向こうへと誘うかのように、漂う霧はスクリーンを突き抜けて、デジタルなランドスケープの向こう側へと消えていく。物理現象としての霧は、デジタルへと変換されることによって永続性の領域へと足を踏み入れる。リアルとバーチャル、儚さと永遠。A.A.Murakamiの作品は、対極にあるものを架橋する。ものごとを対立させるのではなく一つに融合させるその視点は、資本主義や科学技術の側からは生まれ得ない。アートの側から新しく紡がれたテクノロジー観であると言えるだろう。
Art BlocksからBright Moments Tokyo、verse、そして日本科学未来館へと旅するようにさまざまな場所を移動しながら、NFT作品のリリースや体験型展示を繰り広げてきたA.A.Murakami。その彼らは、現在、ロンドンでの活動から日本に居を移し、アジアへの進出を計画しているという。その彼らに、今回の作品の制作背景と、アートと科学に関するヴィジョンを聞いてきた。
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もともと建築やプロダクトの領域で活動されていたと伺いましたが、A.A.Murakamiというアーティストユニットを始めた理由について教えていただけますか?
2010年、ロイヤル・カレッジ・オブ・アートというロンドンにあるアートの大学院で知り合いました。卒業して立ち上げたのが、Studio Swineという会社です。中国やブラジルなどに行ってドキュメンタリー映画を撮って作品を作るという、「アドベンチャープロジェクト」と私たちが呼ぶデザインにフォーカスを置いた作品を制作していました。2017年には、ミラノサローネでファッションブランドとコラボレーションし、木のようなスカルプチャーからシャボン玉が降ってくる作品《New Spring》を制作しました。そこから体験型アートに興味を持ち始めました。2019年には、A.A.Murakamiを立ち上げて、体験型アートに重点を置いた作品を作っています。
デジタルアートの領域に踏み込んだきっかけはなんだったのでしょうか?
《New Spring》を制作した時、なにか記憶に残る体験を作りたいと思いました。しかしデジタル作品は、スクリーンやプロジェクターなどのアウトプットがメインのものがほとんどです。私たちのインスタレーションではデジタルテクノロジーを多く使用していますが、基本的にはデジタルではなく物理的に体験できるものになっています。デジタルと物理的な要素の両方を持つインスタレーションに興味があるのです。なぜなら、体験できる物理的な世界と、内面的な無形の世界との間に興味があるからです。デジタルはその無形の世界を表現できると考えています。
物理的な世界には泡などの儚い現象がありますが、一方でデジタルのメディアの中でも確かにブロックチェーンには永続性という性質がありますね。ブロックチェーンとの出会いについて教えていただけますか?
初めは暗号資産について勉強していて、それからNFTについても耳にしました。ブロックチェーンの新しいユースケースがあると知って、とてもワクワクしました。そのテクノロジー自体の持つ大きなポテンシャルにもとても興奮しました。アーティストとして、これまでとは全く異なるメディアのように感じたのです。
最初のNFT作品はArt Blocksの「Floating World Genesis」ですね。Art Blocksに挑戦しようと思った背景やストーリーについて聞かせていただけますか?
Art Blocksの作品は私たちのプロジェクトの始まりである「種子」のようなものです。初めに《Floating World》というコンセプトのアイデアがあり、各作品はその大きな作品の一部です。内容は、作品が物理的な世界と仮想的な世界の懸け橋になるものというものでした。ブロックチェーンを使用したのは、アート作品がデジタルの世界に存在することを示すためです。一般的にNFTはデジタルスクリーンでしか体験できないと思われていますが、私たちはNFTがスクリーンにだけ存在すると考える必要はないと考えています。アートがスクリーンに制限されると、その豊かさの多くが失われてしまいます。私たちはすべての作品でテクノロジーを用いていますが、最終的なアウトプットはスクリーンを通したテクノロジーの体験ではありません。《Floating World》は、全部で7つの物理的なインスタレーションで構成される予定で、装置を用いて作り出した霧の輪や、物質の第4の状態、プラズマを用いた作品、雪や雷が現れる作品などがあります。オンライン上に仮想空間を作ることではなく、多感覚の体験と同時にブロックチェーン上の要素を用いて、今の物理的な世界を豊かにしたい。それを、物質の状態という意味で「MATAVERSE」と呼んでいます。
とても興味深いですね。そのなかの一つが今回の日本科学未来館の展示《The Passage of Ra》なのでしょうか。
そうです。ポイントは霧の輪です。「霧」を物理空間からデジタル空間に移行する方法です。霧の輪がデジタル空間に入ると、仮想世界の中の要素にも物理的な影響を与えます。デジタルの霧が太陽に向かって進むにつれ、リアルタイムに生成される海の様子は刻々と変化します。海は生きたジェネラティブアートのようなもので、霧の輪が海に入ると影響を与え、海の一部または海そのもののようになります。また、霧の輪は仏教のシンボル円相にも似ています。墨絵でよく描かれる「満足」と「空虚」の両方を表すシンボルです。2つの方向に円を作ると、無限のシンボルにもなります。実際に物理的な2つの霧の輪がぶつかると、2つの輪が壊れて大きな1つの輪になるんです。
面白い現象ですね。これまでの作品も場所性のようなものを作品に取り入れられていますが、今回の日本科学未来館で展示されるにあたって何か意識されたことはありますか?
大きな違いはコンテクストです。私たちを最もインスパイアするものは、アート以上に科学であり、科学が現実の本質について抱く大きな問いです。日本科学未来館内での展示は、科学にインスパイアされたこの作品をより際立たせると思います。これは私たちにとって本当に特別なことです。
非常に場所とマッチした展示ですね。もう少し「儚いテクノロジー」についてお聞きしたいです。「儚さ」の定義はなんだと思いますか?
「儚い」とは、一瞬の出来事であり、物質が特定の方法で結合し、安定した状態ではなく消えてしまうもののことを指します。たとえば、桜の季節にインスパイアされたことがあります。桜の季節は1週間または2週間続くかもしれませんが、それは一瞬の出来事であり、その儚さが自然の移り変わり、美しさやすべてが過ぎ去るということに気づく、特別な感覚を与えてくれます。私たちは「儚いテクノロジー」でその感覚をとらえようとしています。
そうすると、日本文化への関心もあるのでしょうか?
日本は時間の経過に対してとても鋭い意識を持っていると思います。例えば日本では、建物などがなくなることに対する考え方が海外と異なっています。海外では、建物などは残るかもしれないが伝統的な技術は消えていく。日本はその逆で、建物は失われても再建するための技術を維持し続けます。時間や物質の経年変化に対する態度は、まったく異なるものです。そうした考え方に大きなインスピレーションを受けています。
A.A.Murakamiは日本とイギリス出身のユニットですね。お二人が持つ2つの文化が交わって作品が生まれてくることもあるのでしょうか?
例えば、旅行についての言葉ですが、旅行の良い点は新鮮な視点で家に戻ることができることです。日本を離れている村上と、イギリスを離れているAlexanderが、ある意味で両方の文化に対する視点を与え合っているとも言えます。そうやって得た異なる感覚が、作品を考える時に影響しているのかもしれません。
今、気候変動やAIテクノロジーなど、ものすごい速度で私たちを取り巻く環境は変化しつつあります。そういった状況下で、アーティストとして今後どういうふうにものづくりをしていこうと考えていますか?
大きな問題ですね。私たちにとって常に最も重要なことは「環境」です。私たちのStudio Swineでの初期の作品は、すべて環境をテーマにした作品でした。それは私たちにインスピレーションを与えてくれます。なぜなら、多くのアートは悲劇から生まれると思うからです。うまくいかないことから学ぶことが、うまくいくことから学ぶことよりも多いと思います。刺激的なテーマで、考えなければならないことがたくさんあります。
Cormac McCarthyの理論物理学者Lawrence Kraussへのインタビューが印象的でした。彼らはアートの未来と、科学とテクノロジーの未来について話すなかで、科学には未来があるが、アートには真の進歩はないと言っています。その言葉について、私はいつも考えています。ピカソは、数千年前に作られた古代の洞窟壁画を見に行き、洞窟から出てきてこう言いました。「私たちは全く何も学んでいない」と。何千年も前に作られた最初のアートは、今作られているアートと同じくらい優れている。そこには進歩はありません。アートについて悲観しているのではなく、テクノロジーの進路を導く可能性について対話することや、変化することに興味があるのです。多くの技術は役に立ちますが、それが必ずしも豊かな人生体験につながるとは限りません。実際にストレスや依存など、多くの悪い面もあります。だからこそ、アーティストがテクノロジーに関わることが重要だと思っています。
確かにそうですね。本日は、お時間いただきありがとうございました。
展示情報
零壱庵「太陽の通り道 ― 霧のNFT がたどる永遠」
日程: 2024年1月24日〜9月(予定)
会場: 日本科学未来館3階 常設展示ゾーン「未来をつくる」 東京都江東区青海2-3-6
https://www.miraikan.jst.go.jp/exhibitions/future/zeroone/