オンラインキュレーションにより作品を発表するプラットフォームNew Scenarioの新作は、ビデオとサウンド、テキストが重層的に織り重ねられたブラウザ上で鑑賞される作品。映像は、アメリカの現代美術家Bruce Naumanが1968年に制作したフィルム「Playing A Note on the Violin While I Walk Around the Studio」の再制作として作られたもので、そのオリジナルは、Bruce Naumanが倍音による「ビート」が生じるように一つの音階をゆっくりとシフトさせながら、スタジオ内を移動し続けるというパフォーマンスである。
再制作とはいえ、New Scenarioの映像は多くの点でオリジナルと異なっている。女性奏者はまず、モーションキャプチャー用と思わしきグリーンのドットを身につけており、スタジオではなく夕暮れの都市を背景に歩き回りながらバイオリンを演奏する。演奏されるバイオリンのサウンドも、エレクトロニックな響きを持つものに置き換えられている。このように、時代を隔てて作られた2つの作品の間には、様々な次元からのズレが入り込む。ふたつの作品の間にあるズレ、そして映像にも実際の楽器と音の間にある作品内におけるズレという、二重のズレがそこに忍び込んでいる。
そこにレイヤーのように重ねられるのが、映像から引き出された8つの物語である。サイトをスクロールダウンすることにより現れるテキストは、この再制作された映像をもとに、8人の著者が何の追加の情報もなしに執筆したもの。それぞれの執筆者は、互いに同じ映像が送られていることは知らされていなかったという。
しかしテキストを読むためには、鑑賞者は映像をテキストによって隠さなければならない。執筆者が各々独自の視点を編んだ、互いに響き合うテキストによって映像は覆われることになる。映像が隠されたとき、視覚的にはただウィンドウ内にデザインされた文字のみが現前している。背後に映像があることにより、そのテキストは浮遊してるように感じられる。その文字は、パフォーマンスを解説するキャプションとして映像の側に所属するのと同時に、またそれを表示するためのブラウザにも所属しているからである。こちら側でもあり、あちらの側でもあるそのテキストの背後で、ただ奇妙な響きを持つバイオリンのサウンドだけが奏者の存在を示すかのように、終わることのない演奏を続けている。