コレクターが熱狂する匿名のNFTアーティスト。Pakが提起する、価値所有という問い。

Text=Yusuke Shono

今、わたしたちはWeb3の創世記にいる。やがてその技術革新は身近な生活に隅々にまで入り込むだろうが、今巻き起こっている出来事はもっと興味深い。技術の進化に加えて、カルチャーの革新が同時進行しているからである。オールドスクールのヒップホップの時代のように、新しい遊び場所には、より楽しく遊ぶための新しいゲームのルールが作り出されていく。新しく切り開かれた場所で、その場にふさわしいルールを作り出すことに成功した人物は、のちにイノベーターとか、先駆者と呼ばれることになる。スクラッチを編み出したグランドマスター・フラッシュのようなものである。そしてNFTアートの世界にも、そのような呼び名にふさわしい人物がいる。それがPakと呼ばれる正体不明のアーティストである。

「Archillect」という人工知能アルゴリズム

Pakの歴史は意外にも長く、デザイナー、プログラマーとしての活動は20年以上にわたる。身元は分かっておらず、チームであると推測している者もいるようだ。Twitterのbioにはただ1行、こう書かれている。

「The nothing」

NFT以前にPakが作り出した作品として最もよく知られているのは、「Archillect」という名のプラットフォームだろう。「Archive」 + 「Intellect」の合成語であるArchillectは、仮想のキュレーターとして機能する人工知能アルゴリズムである。Archillectは、オンライン上で収集した画像をソーシャルメディアで共有し、より注目されている画像を学習しながらその投稿を動的に変化させていく。人々の関心の総和により生み出された独自の美学は、まさに集合無意識によるキューレーションといって良いものかもしれない。この作品はオンラインアートの世界ではとても有名で、その投稿をタイムラインで見かけた方も多いのではないかと思う。

Archillect
https://archillect.com

1億ドルを叩き出した、サザビーズ初のオークションプロジェクト

ここにきてPakが大きな注目を浴びているのには理由がある。世界最古のオークションハウスであるサザビーズが2021年、初めてNFTに参入し、その最初のパートナーとして選んだのがPakだったからである。売り上げはなんと1億ドルを達成し、そのアートワークはNFTのなかでもっとも高値をつける作品となった。多くのニュースにも取り上げられた歴史的な出来事である。その成功を受けて、サザビーズはNFTの販売およびキュレーションするためのデジタルアートプラットフォーム「サザビーズメタバース」を立ち上げる。そしてPakはそのメタバースのユーザに、プロフィール画像を提供することになっているという。

Pakの中心的なテーマは、アートの価値に関するものだ。アートの価値とは何か、その価値はどこからくるのか。そして誰がそれを与えるのか。アート界の伝統ともいえるそんな問いが復権した理由は、ノンファンジブルトークンが一見不可能に思えるデジタルデータの所有を可能にする性質を持つことにある。Pakはそのような大きな問いを、アートを購入するという行為を設計し直すことで露わにしようとしている。そしてそれはアートワークの発表というだけでなく、コレクターによる所有という行為をも巻き込み、壮大な社会実験のような作品へとスケールアップしつつある。その作品はどれも興味深く、それぞれの作品が固有の複雑さを持っている。ここからはそんなPakの代表的な作品の魅力を、コレクションごとに解説してみたい。

「X」

2020年8月にNiftyGatewayで最初にリリースされたPakのコレクション作品である。「X」は13の無限のエディションを持つアートワークと、複製のない唯一性を持つ2つのアートワーク、合計15作品からなる。無限版には購入数の制約はないが、その代わり購入できる時間が制約されていた。このタイプのドロップ方式は、現在「オープンエディション」と呼ばれ、NFTのリリース手法として一般的なものとなっている。

X by Pak
https://niftygateway.com/collections/pak

「The Title」

2021年1月に同じくNiftyGatewayでリリースされたコレクション。同じ画像が、異なるタイトルと異なる価格で販売された。価格はエディション数が少ないものが高価で、エディション数が多いものが安価になっているが、NFTの画像ファイルの実態は同じものを用いた。エディション数とタイトルのみで作品の価値が変化するという、希少性を求めるコレクターの心理と、コレクションという概念を逆手にとった挑発的な作品といえる。

The Title by Pak
https://niftygateway.com/marketplace/collection/0x090c53bac270768759c8f4c93151bd1a808a280e

「The Fungible」

「The Fungible」はPak史上、最も複雑なコレクション作品である。宝探しのようなプロセスや進化する形態を持ったアートワークなど、複合的な要素が詰め込まれた6つのコレクションからなる。

まず作品を購入するにあたって、コレクターはオープンエデションのキューブのユニットを購入する必要がある。コレクターは、その購入数に応じて、「A Cube」、「Five Cubes」、「Ten Cubes」、「Twenty Cubes」、「Fifty Cubes」、「Hundred Cubes」、「Five Hundred Cubes」、「Thousand Cubes」が獲得できる。たとえば、コレクターが500ドルの「The Cube」を6つ購入すると、「A Cube」と「Fifty Cubes」を入手することができるというわけである。

  • Complexity:100個のみが鋳造される「Complexity」は、キューブの購入上位100人に与えられる。コレクターが相互作用するにつれて、キューブのフォームが変化していく。凝縮し、分割されたキューブの形状は、所有権を主張することの比喩であるとともに、コレクターとクリエイターの密接な関係が作り出すNFTの価値そのものの比喩にもなっている。
  • The Cube:エディションを持たない唯一の作品。オークションの終わりまでに最もキューブを手に入れたただ1人に贈られる。
  • Equilibrium:4つのエディションがあり、特定の条件を満たした勝者に送られる作品。勝者は以下の通り。

    暗号学者 Pakが提出したパズルの正解者
    ハンター セカンダリ市場で最高額で作品を取得したコレクター
    インフルエンサー #PakWasHereを最も多いフォロワーに投稿したユーザー
    オラクル 事前にコレクション全体の総販売の一番近い金額を当てた予測者

  • The Builder:アーティスト、ビルダー、クリエイターに与えられる30エディションのNFTのセット。Pakにより選ばれたメディアや芸術の進化に貢献したものに贈られる
  • The Switch:デジタル領域でのアートワークの進化を表現した1点のみの作品。スマートコントラクトの自己実行コードによって、将来、特定の時点で変身することが決められている。進化することを定められた作品。
  • The Pixel:1×1の単一のピクセルで視覚的に表現されたデジタルネイティブのアートワーク。最も基本的な単位である1ピクセルを、伝統的なグローバルオークションハウスで販売したことを歴史に残すための作品である。

The Fungible Collection
https://www.sothebys.com/en/digital-catalogues/the-fungible-collection-by-pak

「burn.art」

「burn.art」は、アートプロジェクトの一環として発表されたパフォーマンス作品。アートに関連づけられた固有の通貨を作り出す試みとして、PakはERC20仕様のデジタル通貨$ASHを作成した。$ASHを取得するには、burn.artでNFTを焼却する必要がある。つまり参加者は、「burn.art」でNFTを焼却するというパフォーマンスの担い手となるのである。ちなみにバーンで得られる$ASHは、燃やすことにより残った「灰」を意味する。最終的に$ASHを保持するコレクターのために、$ASHでしか購入できないNFT「CARBON」が発表された。

burn.art
https://burn.art

まとめ

駆け足でPakの代表作についてみてきたが、書ききれなかった作品も数多い。そのどれもがコンセプチュアルで挑発的である。一見複雑に見えるそのルールも、その複雑さ自体がある種の「美」を感じさせるものとなっている。その美は視覚的なものというより、自然の中にある法則のような、あるいはチェスや囲碁などといったゲームが持つ美しさにも似ているような気がする。その美しさが、ヴィジュアルとしても同時に現れているのがPakの魅力なのかもしれない。今後のプロジェクトもとても楽しみなアーティストである。