作品購入の力学を作品化する。無を購入する初期クリプトアート「Digital Zone Of Immaterial Pictorial Sensibility」 の試み。

Text=Yusuke Shono

モノの持つ価値と同じような価値を、デジタルデータに与えることは果たして正しいのか。そんな議論をNFTが巻き起こしている。しかし、言葉の羅列が書かれた書物を購入する、さまざまな組み合わせのインクで描かれたキャンバスを購入する、そういった行為も、データを購入するのと同じくらい抽象的な営みではないだろうか。物質こそが価値を持つという私たちの直感は、もとより儚く脆い。物質と概念が持つ価値は、独自の力学の上でいつもせめぎ合っている。アートの世界、特に概念の部分に本質的な価値が宿るコンセプチュアルアートにおいては、なおさらである。そんなコンセプチュアルアートの領域に、モノではないものの価値を証明するNFTの特性に着目した作品が存在した。それが、今回紹介する「Digital Zone Of Immaterial Pictorial Sensibility」である。

「Digital Zone Of Immaterial Pictorial Sensibility」は、2017年に鋳造されたNFTの初期作品である。イーサリアムがトークン標準であるERC721を策定したのが、2018年。この時点では、NFTを鋳造するための規格が存在しなかった。そこで通常の交換可能なトークンのための規格であるER-20に変更を加えてこの作品は作られることになった。それは、ちょうどCryptoPunksが立ち上げられたばかりの頃である。

作者は、アーティストのMitchell Chan。テクノロジーの時代における人間の感性の変化をテーマに活動し、アートの表現力から漏れ出る商品形態の在り方ついての作品を作り出してきた作家である。「Digital Zone Of Immaterial Pictorial Sensibility」は、そんな彼が1962年に発表されたイヴ・クラインの作品「Immaterial Pictorial Sensibility」の現代版として制作した作品である。イヴ・クラインは「不在の作品を展示する」というパフォーマンスの一環として、「新鮮な空気」を14個の金インゴットで販売した。購入者には形ある物として、領収書の紙が残されただけだったという。イヴ・クラインは最終的にその領収書すら燃やすことを推奨している。

Mitchell Chanの作品は、そのとき残された契約書を模したアートワークと、33ページのエッセイからなる。イヴ・クラインが行ったのと同じく「空虚」を販売するという「物理的な要素を全く必要としない作品」を純粋に形にするために、イーサリアムのトークンを販売するという方法を用いたのである。トークンのシンボルはIKBで、イヴ・クラインを象徴するような青い色が使われている。

https://github.com/mitchellfchan/IKB/blob/master/Digital-Zones-Of-Immaterial-Pictorial-Sensibility-Blue-Paper.pdf

ちなみに、OpenSeaやWebサイトなどのフロントエンドアプリからこのNFTを購入することはできない。購入者はイーサスキャンの契約対話機能を用いる必要があるのだが、この手続きは作品の一部として意図されたもので、購入にあたっての儀式のようなものとして位置付けられているのだという。

つまり「Digital Zone Of Immaterial Pictorial Sensibility」とは、作品を購入するというプロセス自体を作品化した作品といえる。購入方法が複雑であるのも、購入者がコントラクトコードに接して、その瞬間を意識するためである。イヴ・クラインにとって領収書は無を販売したことの証明書の役割を果たしているが、Mitchell Chanの作品にとってはそれがトークンという存在ということになる。イーサリアムのスマートコントラクトを用いた最も初期の作品の例として、これほど象徴的な作品はほかにないのではないだろうか。ちなみに、シリーズ0の2次販売は一度も行われておらず、NFTをコレクションするFingerprintsDAOが101枚のうち3枚を保有している。

https://fingerprintsdao.xyz/collection