Hic et Nuncの終焉とクリプトコミュニティの思想

Text=Yusuke Shono

その売上がピークアウトしてしばらく経つとはいえ、ここ日本でも大きな話題となりつつあるNFTマーケット。ほぼ寡占状態にあるプラットフォームといえばOpenseaだが、イーサリアムのガス代高騰に嫌気がさしたり、高い環境負荷を嫌う意識の高いアーティストも多い。そんなさなか、もっと気軽に作品を発表できる場を求めて他のチェーンのマーケットを探していた者たちがたどり着いたのが、2021年の3月に公開されたのがHENこと、Hic et Nuncだった。それは、まださほど注目されていなかったTezosというブロックチェーンで、最初のNFTマーケットとなった。数十億という金額が動くようなOpenseaのような煌びやかさはないが、Tezosの安価なガス代という地の利を生かして、デジタルアートを作り出すクリエイターたちを徐々に集めていった。黒の背景にレトロな特徴的なUIが少し使いにくくはあるが、それもまたアンダーグラウンドな感じで良かったのかもしれない。また、手ごろな金額でNFTが手に入ること、そして、アーティスト同士が作品を購入しあうといった交流が生まれているのも特徴だった。私にとっても、SNSを通じて作品をシェアするアーティストたちを介して、そんなHENを取り巻く人々の高揚感をこの日本からも感じることができた数ヶ月だった。

HENの突然のクローズは、11月の初旬のことである。コントラクトの脆弱性が発覚し、V2が7月に公開された矢先のことであった。詳しいことはわかっていないが、どうやら開発者の感情的なトラブルがあったようである。当初はSNSを中心に動揺が走ったものの、すぐさま有志がミラーサイトの立ち上げに取り掛かる。

https://twitter.com/dns/status/1458966112326995968?s=21

http://hen.teztools.io
http://hicetnunc.art
http://hen.hicathon.xyz
http://hicetnunc.cc

HENの死はあまりにも早すぎたが、NFTのプラットフォームのサービスが終了した場合、どのようなことが起こるかという良い実例となった。ブロックチェーンの技術で取引記録は改ざんできない形で残り続けるものの、アートワークのデータはリンクとしてしか保持していない。実際のアートワークのデータは、IPFSというP2Pネットワーク上で動作するファイルシステムで管理されている。このIPFSがキャッシュクリアされてしまうと作品が閲覧できなくなってしまうわけだが、今回はそうはならなかった。

NFTにおいてはプラットフォーム優位が課題となっており、改ざんが不可能なブロックチェーンといえども、そのプラットフォームが消えてしまえば、作品も閲覧できなくなってしまうのではという懸念が付いて回っていた。巨額を投じたコレクターにとってはなおさらのことである。今回、作品データは消されず残っているが、永続的に保持し続けることはできない。そこで名乗り出たのが、NFTの領域で活動するClub NFTという団体だった。彼らは、Infura.ioという「ピン留め」サービスを使用して、その50万点にのぼるデータの保持を担おうとしている。また、彼らによれば、「廃業したNFTマーケットで、2017年から2018年に購入された初期のNFTの多くが失われている」のだとという。

ClubNFT Agrees to Pay to Pin All NFT Content From Discontinued Hic et Nunc Marketplace

ブロックチェーンの技術も、NFTも生まれたばかりで、まだ進化の過程にあるのだと考えた方が良い。今回のような問題に関しても、今後おそらくさらに様々な解決策が模索されていくだろう。

ものごとの終わりは悲しいものだが、次々と表明される追悼のメッセージや、その後の動きを見ているとHENがどれほど良いコミュニティを生み出したかが理解できる。自律分散というコンセプトが息づくコミュニティにおいて、生じてしまった欠落を回復させるために、人々がどのようなアクションを選択するのか、この騒動はその見本のような出来事だったようにも感じる。

一人の開発者から生まれたHic et Nuncは、それが個人のであったからこそ終わりを迎えてしまったとも言える。個人から人々の集合体へ。自律分散の思想を体現するかのように、HENは集団統治を目指してDAOへの移行を開始したという。そのDAOの可能性については、ここでは書ききれないが、機会があったらふたたび取り上げてみたい。