パソコン音楽クラブ – DREAM WALKER

パソコン音楽クラブの音楽は不思議だといつも思う。1980~90年代の機材を鳴らして作られたそのサウンドには確かに懐かしい空気がある。それなら何か過去に似たものはあるかと探してみるけれど、ない。過去の記憶を持つ機材で作られた新しい音楽。そんな奇妙なパラドックスのようなものがノスタルジーと高揚感を生む。ほんとうにあったかどうかもよくわからない記憶、初めてきたはずなのになぜか懐かしい場所、聴いたことがあるようで聴いたことがない音楽……すべてをはっきりとさせる必要もないのかもしれない。あいまいなまま、すべてが夢の中のできごとように進んでいってもいいのだろう。たぶん。

Tsudio Studio – Port Island

上質なリリースを続けるレーベル Local Visions。7月のリリースは2作品。部屋でひとり過ごす夏の夜更かしの幸福感に満ちたCristal Colaの『L8 NITE TV』。そして、Tsudio Studioの『Port Island』。Tsudio Studioは「このアルバムの舞台は神戸ですが架空の神戸です。不況も震災も悲惨な事件なんて無かった都合の良いお洒落と恋の架空の都市」ということばをこの『Port Land』に添えている。ふわふわと霞を食べて、でも地面にしっかりと足を着けて、携帯電話のない日常を生きている。そんな人々の住むパラレルワールド。私たちもいつでもここへ遊びにこれる、このアルバムがあれば。

Hugo LX- Desiderata

Danilo Plessow (aka Motor City Drum Ensemble)とPablo Valentinoが運営するレーベル、MCDE Recordingsからのニューリリースは、フレンチアーティストHugo LXのドラマチックな5曲が収録されたEP。A-1“Phone Games”はそのタイトルどおり、電話の呼び出し音やプッシュ音が印象的な曲。ふたりのすれ違いを描いた物語のようにも聞こえる。せつないメロディが鳴るB-1“Desire”はエモーショナルでありながらひんやりとした空気が漂っていて、どこかオリエンタルな香りもあわせ持っている。タイトルの『Desiderata』はイタリア語で「切なる願い」を意味するという。それぞれの「願い」を描いた短編オムニバス映画を観るような1枚。

https://itunes.apple.com/jp/album/desiderata-ep/1408659700?l=en

Guggenz – A New Day

聴いたことのない音楽を聴く。そのきっかけとなるのがジャケットであることは多い。ジャケ買いということばもある。インターネットでのランダムな出会いでは、再生するかどうかはアートワーク次第と言い切ってもいいくらいだろう。実際は、そのアートワークに対して(勝手ながら)持ったイメージに合う音が流れてくることはそれほど多くはない。それでも毎回期待しつつ再生ボタンを押す。うっすら黄味ががった白地にエメラルドグリーンとパステルピンク、ヤシの木のシルエット……Guggenzの『A New Day』は、ほんとうにこのアートワークどおりの音が流れてくるから、ちょっと再生ボタンを押してみてもらいたい。

AOTQ – e-muzak

3月にスタートしたレーベル〈Local Visions〉。第1弾のコンピレーションアルバム『メガドライブ』での華やかな幕開けの次にLV-001としてリリースされたのは、コンピレーションの中でもひときわ清涼感のある“愛はタックス・フリー”を提供していたAOTQの「e-muzak」。柔らかいものでくるまれたような心地良いサウンドの浮遊感は、AOTQ自身が手がけているというアートワークのイメージそのまま。切れ目なく曲がどんどん流れてくるところが非常にBGM的ではあるけれども、そのとうとつな終わり方と次の曲までの間合いのなさはインターネットのプレイヤーで曲を視聴している時のようだと気づく。ただこのアルバムでは、その瞬間は自分でスキップボタンを押すよりも前にやってくる。

DJ Exilevevo – Pure Trance (Mixtape)

ゴダール映画のカットアップのように、さまざまな音が次々に飛び出してくる。ポップで、美しくて、少し恐ろしい。その一見めちゃくちゃに思える音の洪水が新鮮な刺激を生み、それが心地良さに変わる。そして、私たちの日常もこんなふうなのかもしれないとふと気づく。キラキラとした時間もあれば、おどろおどろしい感情が渦巻くときもある(外には出さなくても)。ぼんやりと安らかな気持ちになる時間もあるだろう。自分の目線の外側に出て、そこからそんな日常を見たら、きれいに編集された映画とは違って、起こるできごとには脈略がなく、バラバラで、混沌としているに違いない。そういう日々を私たちは生き抜いている。それだけでもほめられるに値すると思ってもいいのかもしれない……と、内緒話のようなささやきに耳をくすぐられながら思う。「こんにちは。あなたは僕にとって100パーセントの女の子なんですよ」(C)

Elemental 95 – WEB / そ の 意 味 で

海外でのTumblrやMTVなどに続いて、日本でも、ゲームや広告、インターネット界隈で、また、インターネットの外で、これまでvaporwaveを知らなかった人々がvaporwaveに触れる機会が増えた2018年。そんな2018年が始まったばかりの1月に、日本のseaketaのキュレーションによって制作されたコンピレーションアルバム。ゲームをしたりテレビを観たりして過ごした80年代から90年代の幸福な記憶に思いをはせてジェネレーターたちが作ったのが初期のvaporwaveだとすれば、その頃のvaporwaveに思いをはせて作られたこのアルバムは、vaporwaveがある意味一周したということを表しているのかもしれない。そして、そんな入れ子のような、合わせ鏡のような状況、それもまたvaporwaveなのだろうと思う。

feather shuttles forever – 提案 (feat. Tenma Tenma, kyooo, hikaru yamada, 入江陽, SNJO, 西海マリ) & 提案 (feat. Tenma Tenma, kyooo, hikaru yamada, 入江陽, SNJO, 西海マリ) 折りたたみedit

「失踪しませんか?」というフレーズで始まる(なんというインパクト!)、キャッチーで疾走感のある1曲。“提案”の5ヶ月ほどのちにリリースされた“提案 折りたたみedit”がまたとても奇妙で楽しい。hikaru yamadaは、“折りたたみedit”とは「1番(左ch:Tenma Tenma, kyooo)と2番(右ch:SNJO, 西海マリ, 入江陽)を同時に聴けるようにしたものです。左右で失踪するので頭おかしくなれます。あと後半はインストになっているのでみんなで歌ってそれぞれの“提案”を完成させてください」と解説している。それぞれが好き勝手に、かつ、気分良く歌っているかのように左右から聞こえてくる歌声がちょっとしたカオスを作り出す。しかもそれがまったく不快ではなく、むしろ心地良い。なぜそんなふうに感じるのだろうか……と考えているうちにこのカオスの中で失踪してしまう。こんな気持ち良く誰かと失踪してみたい、と思う。

Hajime Iida – Rubber Band EP

レーベル・HIHATから今年11月にリリースされた『Rubber Band EP』。曲名には数字が並ぶのみというシンプルさに加えて、Hajime Iidaに関しては鳥取の日本人ハウスミュージックプロデューサーであるということ以外はアーティスト情報がない(この感じは2017年にMartine RecordsからリリースされたOtenba Kidにも近いものがある。Otenba KidはHajime Iida以上にまったく情報がないが。奇しくもどちらも“ちょうど良い塩梅のハウスミュージック”)。リリース作品のページにはアーティストのSNSのリンクがあるのが当たり前となっている今、手にした作品のみで判断することがあるというのはある意味嬉しいことでもある。そして、そのことにどこかほっとしている自分もいる。音はソリッドな感じのものから軽やかなものまでどれも気持ち良く踊れるものばかり。購入した人だけが楽しめるしかけもあるので、ぜひ所有して楽しんでもらいたいと思う。

Local Visions – Megadrive

今年3月にスタートしたばかりにもかかわらず、すでに上質な作品を数多くリリースしている日本発信のレーベル・Local Visions。その第1弾『Megadrive』は華やかな幕開けにふさわしいコンピレーションアルバム。さまざまなアーティストのそれぞれの色があるトラックが並ぶものの、単純なアソートではなくレーベルとしてのカラーできちんとパッケージングされているのは、主宰の捨てアカウントによるところが大きいのではないだろうか。17曲目の“Megadrive”はアルバムの最後の曲でありながら、トレイラーのような空気を漂わせている。これからLocal Visionsはどこへ向かっていくのか……という期待を写し出しているようにも思える。「部屋の窓から、都市を眺めているような雰囲気」というのはこの曲についての捨てアカ氏のことばだが、きっと、窓から見えているのはLocal Visionsの未来だろう。

Orangeade – Broccoli is Here

12月26日発売、かけ込み2018年リリースとなったこの作品。メンバーの佐藤望より「音楽性を大幅に刷新」というどことなく不安にさせるようなコメントが出ていたが、なんのことはない、確かな完成度と心地良さ、そこは前作『Orangeade』と変わらず。しかし、英語詞、ニュークラッシックあるいはアンビエントの趣きのインストゥルメンタル、予想を裏切り続けるように1曲の中でどんどん変化していくメロディ……と確かにシティ感の強い前作とは異なったさまざまな試みが行なわれている。彼らとともに新しいアドベンチャーを楽しむような心踊る1枚。年末ぎりぎりの発売日はあえて年間ベストに入らないようにしようとする意図なのか……と思うのは考えすぎだろうか。こちらは、Orangeadeのショップからの直接通販分は完売ながら、CDショップなどでまだ購入できるもよう。

https://shop.orangeade.love/items/15786776

Orangeade – Orangeade

リリース前のストリーミングやSNSでの視聴はなく、通販でCDを購入するというのがこの作品を聴く唯一の手段だった(のちに7インチレコードが全国流通盤としてリリースされている)。しかし、これがデビュー作品となるOrangeadeとしての音はどこにもない。ほぼジャケ買いということになる。しばらくして届いたCDを再生したときには思わずガッツポーズ、くらいの気持ちだった。潔いほどに良質のポップス、そのサウンドはどこか太陽の匂いがする。どう考えても初めて聴く音楽なのに、よく知っている懐かしい人やもの、あるいは場所のようでもあり、不思議な安心感と心地良さ、そして高揚感がある。そんな作品を選ばないわけにはいかないのでこうして書いているものの、今すぐに聴いてもらえないのが残念に思う。でも、なんらかの機会があったらぜひ聴いてもらいたいので、ここにこうして書いておくことにする。(これを書き終わった日に、アルバム『Broccoli is Here』のリリースがアナウンスされた。メンバーの佐藤望によると「前作から音楽性を大幅に刷新」とのこと)

http://orangeade.love

パソコン音楽クラブ – DREAM WALK

この作品のリリースも白昼夢みたいだった熱海でのイベントも、もうずいぶん前のような気がするけれど、実際はまだほんの半年ほどしか経っていない。彼らの足取りはずいぶんとしっかりとしたものになってきていると思う。しかしだからといって、ちょっと何かこれまでの型のようなものにはめようとすると、とたんにゆるっとすり抜けてしまう。誰かにとって価値のないものもほかの誰かにとってはプレシャスなものになるように、それまで誰も気にとめていなかったものやむしろ嘲笑の対象だったようなものも新しいもの、なんだかとても気になるものとして彼らは見せてくれる。しかも、構えたり気負ったりすることなく、なんとはなしといったふうにそれをやってみせる。きっとこれからも、気軽に楽しく音楽を作るクラブのそんなふたりに、私たちは癒され、そして、踊らされるのだろう。

パソコン音楽クラブ – CONDOMINIUM. ー Atrium Plants EP

パソコン音楽クラブのside Bともいえるリリース。Martine Recordsからのリリース『PARK CITY』や全国流通盤の『DREAM WALK』などのようなサウンドだけを聴いて彼らのライブに行くと、こういった音に驚くこともあるかもしれない。このシームレスなチャンネル切り替えを何食わぬ顔でやってしまうところがパソコン音楽クラブの良さであり、どこまでいってもつかみどころのない感じがする恐ろしさでもある。ただ、エレクトリックなダンスミュージックでありながら、どこかまろやかさがある音はやはり彼らならでは。長時間踊って少し疲れた身体でも安心して身を任せられそうな音に、もしかしたら、どこかに優しさのようなものがひっそりと織り込まれているのかもしれない、などと思う。もっとも、彼ら自身はそれには気がついていないのだろうけれども。

Tsudio Studio – Port Island

「架空の神戸」というのがこのアルバムのテーマを伝えることば。まずそのことばにひかれて、期待をして、それから、そこに少しの不安が混ざってきた。なにごとにも過度な期待はしない、いつしかそんなくせがついてしまっていても、期待と違っていたらやっぱり悲しい。でも、不安は必要なかった。ほんとうに「不況も震災も悲惨な事件なんて無かった都合の良いお洒落と恋の」キラキラした神戸そのものだった。そこには柔らかく光を放つようなことばがのせられている(歌詞はSoundCloudで読むことができる)。苦しみや悲しみさえもまぶしい日常の一部。そういう架空の世界だから、このアルバムを聴くと幸せな気持ちになれるのだろう。そう思っていた。けれど、それは少し違っていた、いや、違ってきた。「架空の神戸」がくれた幸福感は架空ではなく、確かにここにある。そして、そんな「架空の神戸」へと連れていってくれた彼は、次はどんなところへ私たちを連れていってくれるのだろう? そう思えることもまた幸せなのだから。

Utsuro Spark – Static Electricity

なんともみずみずしく、きらきらした、どこか時間を巻き戻したような空気のあるサウンド。わかりやすい記号的なものを使わず、時代の空気を含ませることに成功している。それが制作者の意図するところかどうかは私にはわからないが、ここは成功と言いたい。その良さは、音程は安定していながらも、どこか未成熟な部分を感じさせるボーカルによるところも大きい。マスに向けて作られ、その目的にじゅうぶんに応え得るポピュラーソング的な前向きさと輝きがある(もちろん良い意味で)。特に1曲目の“ネオン”は、人知れず眠っていた旧作が発掘されて何かのCMソングに使われているのだと言われれば、ふつうに納得してしまいそうだ(個人的には冬季限定ビールなどがぴったりだと思う)。とはいえ、懐かしい匂いがするだけではなく、どこか少し先の未来を見ているような気持ちにさせられるところもある。これは、過去、現在、未来をつなぐサウンドといえるのかもしれない。