インターネットの人々の繋がりあいは、個人的な感覚を結合し、先鋭化させていく。その傾向が加速された結果、無数にあったマイクロジャンルはさらに細やかなものとなり、ふたたび混沌のスープの中に溶解しつつあるように見える。そうしたインターネットに特有な現象と音楽にインスパイアされ、その「後の」状況を音で描こうとしているのが、Wasn’tが運営する音楽レーベル〈& Options〉だ。そのサウンドは過去に存在したマイクロジャンルの影響を感じさせながらも、さまざまなカテゴリーから漏れ出た感覚を拾い集めようとしているように感じる。具体ではなく抽象のもつ形の美しさ、そしてどこでもない場所への逃避行。それはネットのカオスから生まれた、いまだカテゴリーに属することのない音楽である。レーベルオーナーのWasn’t、そして本レーベルから作品をリリースするFuuka ASMRの両名に話を聞いた。
Self Edit Arrangement by Wasn’t
あなたのページには“ポスト・インターネット ウェブ・レーベル”とありますが、あなたにとって“ポスト・インターネット”とは何でしょうか?
Wasn’t(W) ポスト・インターネットっていう概念は、ジャンルレスで、インターネットを通じてどんな種類の音楽にも無限にアクセスできるようになった結果の音楽のこと。ブラウザを3つ開いて、マライア・キャリーとMerzbowとモーツァルトのコンチェルトを流しながら、誰も知らないようなアルバムをBandCampでダウンロードする、そういうことができる。ジャンルは楽しいものだけど、一方で折衷的なサウンドの音楽がものすごく育ってる傾向があって、それはインターネットアクセスの結果だと思うよ。
レーベルを作ろうと思ったきっかけは何ですか?
W 〈& Options〉を始めたのは、新しいやり方をする必要性とフラストレーションが混ざった気持ちから。いくつかのネットレーベルやカセットレーベルからリリースをしてみて、そのプロセスを通じて、自分自身のレコードレーベルをやるのはそんなに難しいことではないかもしれないと思ったんだ。それと、〈& Options〉は遊びのあるものにしたかった。〈& Options〉のTwitterは時々かなりふざけてて、おかしいことにもう気づいているかもしれないけど(笑)
W あと、無名だったから、他のレーベルが僕自身の素材をリリースすることを真剣に考えてくれなかったっていうこともあったね。アーティストにちゃんと支払いをして、尊重する、そういうことを進めていく小さいレーベルが欲しかったんだ。どんなに誰も知らない無名なアーティストでも。
レーベルを運営するために必要なエネルギーや思いは何だと思いますか?
W どうしてレーベルを始めるのかを説明するのは難しいだろうね。ただ楽しむためっていうこともあるし、コレクティブやアーティストのプラットフォームのためっていうこともある。僕個人としては、レーベルを運営して、そのコミュニティや社会的側面を楽しみたいと思ってる。BandCampでしかできない、新しくてちょっと変なレーベルコンセプトもあるし。それはほんとに色々だよ。ビジネス的な側面ももちろんある。レコードレーベルを運営するアーティストっていうのが、音楽で生計を立てるためのより現実的な手段になってくると思うんだ。
HardvapourやMallsoftをリリースしないと前にTwitterで言っていましたが、それはなぜでしょう?
W 多くのHardvapourは90年代のGabberをリバイバルしたものみたいだからっていうのと、あと、僕はその周辺の人たちとはちょっと色々あって。これはHardvapourへの公の対抗宣言かもしれない(笑)。Mallsoftはすごく好きなわけでもないけど、個人的にはぜんぜん反対とかではない。Vaporwaveっていうジャンルに対する僕の公然の非難の多くはだいたいじょうだんだし、〈& Options〉はVaporwaveレーベルではないってみんなに知ってもらうための手段でもあるんだよね。
あなたから見て、トロントの音楽シーンはどうですか?
W 色んな音楽シーンがたくさん進行してる。でも、めったにお互い交流がないし、トロントは興味深いよ。たくさんのインディーロックとノイズミュージックも同時に進行してるけど、それらを同じプログラムで見ることはトロントではまずない。残念だけど、こういうことがジャンルやスタイルに関して「数が多ければいい」っていう状況につながってくる。その結果として、シーンは小さめのコミュニティになりがちになるね。〈& Options〉から、地元のアーティストで友だちでもあるCARESの音楽をもうすぐリリースする予定になっているんだけど、彼はポスト・インターネットの概念にほんとにすごくぴったりなんだよ。
NXCXTC by Fuuka ASMR
NXCXTCのジャケットにマイメロディが使われていますが、あなたにとって何か特別な意味があるのですか?
Fuka ASMR(F) 数年前にサンリオのキャラクターが大好きになったから。妙な執着なんだけど、止められなくて。もともと企業マスコットとかそういう可愛いくてちょっとくだらないものが大好きだし。マイメロディは間違いなく一番可愛いからお気に入りのキャラクター。彼女にはクロミっていう名前の、彼女にそっくりで、でも悪い友だちがいて、それもすごくいいの。違う名義でも何枚かアルバムを出してるけど、どれも色んな企業マスコットのスクショをアートワークにしたものよ。私は基本的に可愛いものとずっと一緒だと思う。
2013年以から活動しているようですが、Yakuiはあなたの別名義ですか? あなた(Fuuka ASMR)とYakuiとの違いは何ですか?
F 実は、Clawdfaceっていう名義で2011年からずっと活動しているんだけど、2013年に最初のYakui EPとかその辺のものを出すまで、私のことを気にしている人はいなかった。Yakuiにはとくに意味はない。だいぶ前に、ある雰囲気に合わせるためにYakuiを作ったんだけど、それはうまくいかなくて。でも、そのままその名義でリリースしてたっていうだけ。Yakuiっていう名前を使ってるアーティストは他にもたくさんいるし、Yakuiっていう名前の2チャンネルのキャラクターもいる。だから、しばらくはその名前を使わないようにしようかとも思ったけど、結局そうしなかった。私の変名は全部Yakuiである重荷のようなものを下ろすために作ったものだったし、YakuiはClawfaceの重荷を下ろすためのものだった。だけど、それらが本質的には同じプロジェクトだと思われるのは歓迎よ。Yakuiとしての一番最近のアルバムは、私自身のレーベルでのFuuka ASMRとしてのリリースになる予定のものだったんだけど、それはしないことにしたわ。Fuuka ASMRとしてのキャラクターは演じない、だって、彼女は彼女自身のキャラクターだと思うから。Fuuka ASMRは、ASMRとは関係ないASMRビデオを作る少女。自分の音楽とそのストーリーを語ることやキャラクターを作ることが好きなの。そのストーリーやキャラクターがくだらないものだったり、直接的には何も伝えないようなものだったとしてもね。
“NXCXTC”の〈& Options〉での作品について、もう少し教えていただけますか?
F NXCXTCのメイキングみたいなのはそんなにおもしろくないから、あんまり話すことはないのよね。80%がピッチを上げたサンプルで、残りがそのままのもの。100%サンプルベース。歌を取って、オリジナルとはぜんぜん違うものになるまでマッシュアップするのが好きなの。NXCXTCは究極のリミックスアルバムといえるかも。3曲目のAna Pietyはオリジナルのバージョンにちょっと近過ぎて、あんまり気に入ってないんだけど。
あなたの名前にはASMRという文字が含まれていますが、ASMRはあなたがハマっているものですか? また、どんな種類のサウンドにひかれますか?
F ASMRは好きじゃない。その現象自体おかしいと思うし、理解できない。Fuuka ASMRのASMRは、“Fuuka ASMR”っていうトラックのひとつにつけただけ。その曲は実際ASMRのトラックだったわ。ほかのASMRのトラックはASMRとはぜんぜん関係ない。純粋に音楽を作る楽しさ、それ以外のことを考えて音楽制作に没頭することはめったにないかな。それで、そういう時、たいていは最初に考えていたアイデアはやめてしまうことになる。Fuuka ASMRの時にもそうだった。だけど、Fuuka ASMRやそのほかのこれまでにスタートさせたプロジェクトで、インターネットカルチャーの特定の側面を完全に誤解してしまうことが、その典型的な特徴になるんだって思ったの。もしインターネットカルチャーとそれが生み出す音楽に夢中になっていなかったら、こういうのはどれも作り出せなかったと思う。ASMRとかVaporwaveとか、そういうはっきりしないようなものたちがなかったら、その代わりにたぶんストレートなテクノやハウスを作っていただろうと思うわ。どんな種類のサウンドが好きかっていうことについては、私はほんとうにぐにゃぐにゃしたサウンドやねばねばしたサウンドが好き。ねばねばしたサウンドっていうのは、音響機器の雑音みたいで、でももっと有機的なサウンドのことよ。
例えば、Nightcoreのように、多くの音楽ジャンルがインターネットに出てきていますが、どのジャンルに興味がありますか?
F chillwaveとwitch houseはとても好き。そのふたつのジャンルはちょっと変な音楽を作る気にすごくさせてくれるし、それに、それらのことを考えていると懐かしい気持ちになるの。私の人生のすごくいい時期に関連しているから。たぶん、音楽を作るのが一番楽しかった時期。Vaporwaveのアイデアは好きだったんだけど、つぼを外れてる感じだった。Vaporwaveはたくさん聴いたわ。でも、何かを感じさせてくれるものはなかった、Chuck Personとスピードレーサーのアートワークのアルバム以外はね。でも、たぶんすべてのネット音楽のジャンルの中で、私に一番影響を与えているのはVaporwaveだと思う。実際、最初に作ってみようと思ったものだし、完全に私の音楽の作り方を変えてしまったものだから。最初の頃、Vaporwaveにするつもりで、Yakuiとして何枚かアルバムを作ってみたことがあるの。そのほとんどをあえて聴かなかったけど、それらは、私がVaporwaveだと思ったものについての私の考えだっただけ。/mu/(4chan)で始まったmetro-koっていうほとんど知られてないネットジャンルもある。すぐにすたれたけど。どんよりした感じのミニマルなシティミュージックって定義されてた。みんなが注目しなくなるまでに、まともなmetro-koのアルバムを私は1枚も作らなかったけどね。metro-koには、もっとたくさんの人に聴いてほしい隠れた名曲がたくさんある。でも、誰も聴かないだろうなっていうmetro-koのひどいラップもある。それがインターネットで起こってること。インターネットには音楽を作っている人は山ほどいて、みんなそのごく一部のものを聴いているだけ。どうしてみんな音楽を作り続けるんだろうと思う、正直言うとね。
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〈& Options〉の最新リリースはmethyrの「BLOOPERS」。こちらも是非チェックを。