Jigga – lillllill


ほとんどインフォが見つからず、謎のオブラートに包まれた(がゆえに一層そそられる)日本人プロデューサーのJigga(≒「自我」)による、今をときめくサウジアラビアのBedouin RecordsよりリリースされたEP。グライムやベース、テクノ、インダストリアル、といった様々なダンスミュージックのサウンドをエクストリームに突きつめつつ、核となるアジア大陸のサウンドを大胆にコラージュして折衷せしめた、異様な官能性と神秘性が脈打つ音響作品。メタリックなエフェクトを呈したボーカルのワンフレーズが反復しながら、威圧的なビートのパターンが徐々に変化していく“Nitya”の破壊力と陶酔感たるや。トライブなどという土着の形容を悠に振り切って、超次元で音と音がメルトしていく、トランスナショナルなエクスペリメンタル。

NEW MANUKE – iPAD, LICK FINGER AND SWIPE, GRANDSON GETS ANGRY


栗原ペダル、荒木優光、DISTESTの三人から成るエクペリメンタル・ジャンクバンドの新作テープ。短いスパンで執拗に反復されるサンプリング音、並べるというよりはぶち撒けるような勢いのコラージュ感覚、強弱の境界がつかないビートとぽんぽん浮遊する電子音、と周辺全体を徹底的に散らかしながらも、後半にかけて突如踊らせにまとめ上げてくるところが憎い。テープの音圧との相性も抜群で、暴力的かつ粗雑なサウンドに一層拍車がかかる。基礎を熟知した人間のスカムは凄いとどこかで聞いたことがあったが(漫才だったかもしれない)、計算された破壊と方法で構築されたサウンドごった煮は、どこよりも美麗で強烈な輝きと悪臭を放っている。石塚俊による、銀の箔で刻印されたクレジットとタイトルのデザインも完璧。B面には小松千倫によるミックスが収録。

Nozomu Matsumoto – Climatotherapy


MASSAGEのインタビューでも取り上げた、The Death of RaveからリリースされたNozomu MatsumotoによるファーストLP。作品に派生する様々なコンセプトについてはこちらを読んでいただきたいが、個人的に初めは、内部がぽっくりと空洞化しているかのような、何か不気味な印象を作品に覚えていた自分が、何十回と再生を繰り返すうちに、いつの間にかそこに情緒に近いエモーションを抱いていたことが驚きだった。ヒューマンとノンヒューマンの境界線を、自らの適応が拭い去っていくかのような体験というか。絶対的なアイデンティティとして機能する自らの身体性が、外部世界に委託、流出することが実現化されつつある今、感覚は希薄になるのではなく、無限に複合化していく。他者と共有された対象をわが身のものとして受肉し、これまでと同じようにそこに感覚を覚え感情を宿らせようと、我々は確かに望んでいる。モノとマルチが往還しながら更新される現代と、その数歩先のハイパーリアルな近未来を、流転するテクスチャーと圧倒的なスケールで描いた、エポックメイキングな傑作。

SUGAI KEN – tele-n-tech-da


既存の郷土芸能/伝統を脱構築し、新しい日本の情景を打ち立てる屈指のハードコア電子音楽家Sugai Ken。昨年のRVNG Intl.からの『UkabazUmorezu』で一気にその名を国内外に知らしめたが、今年はYerevan Tapesより『岩石考 -yOrUkOrU』と、今作の『てれんてくだ – tele-n-tech-da』の二本をリリース。架空のラジオドラマのように作り上げたという言葉通り、前作の研ぎ澄まされたミニマルな音響とは対照に、今作ではより奔放かつ雑味を帯びたサウンド・コラージュが繰り広げられる。見立てられたそれぞれの由来が何なのかは知識不足のため不明だが、狂気と恐怖、高揚の入り混じった感覚が全体にひりついている。個人的には、今年のMUTEKで見たマルチチャンネルでの演奏にぶちのめされたのも印象に大きい。怒涛のディグ精神とフレキシブルなセンスをもってミュージック・コンクレートを鮮やかに更新する、ブリリアントな一枚。

滝沢朋恵 – amphora


シンガーソングライターの滝沢朋恵による、3枚目のフルアルバムがHEADZよりリリース。様々な分野でその名を広げている滝沢だが、今作でもやはり実験的な試みをナチュラルに仕掛けながら、奇妙な温度を保ったその歌声を響かせている。オリジナルと虚像をくるくる回転しながら軌道はどんどん奥深く遠ざかり、離れるにしたがって照射された光はその輝度を増していく。薄い膜のその先で輪郭をぼやかしながら、こちら側の感覚を掬い取ってはなぞり、呼びかけてくれるかのような、不思議な距離と親密さを感じる作品。

V.A. – Sound Journal: Do​-​Nothing


Masahiro TakahashiとEunice Lukが運営するSlow Editionsより、「何もしたくない時に聴く音楽」をコンセプトに6人のアーティストの楽曲を収録したコンピレーション作品。夕方の犬(u ・ェ・)、H. TAKAHASHI、Hegira Moya、Takao、 Endurance、Lieven Martensといった国内外の音楽家が参加し、それぞれの異なった発想を巡らした楽曲たちを楽しむことができる。 消費文明とインターネットという産物の普及は人々を常に稼働へと駆り立てたが、生活の余白のようなものはいつでも現実で不意に訪れる。その時間はなんだがもどかしくて、そわそわするが、漠然と満たされていて窮屈な感じはしない。「何もしたくない」は、身体の片隅にインプットされた人間営為の残骸でもあり、音楽はそういう、よく分からない身体感覚をよく分からないなりに体現するものとして存在する一面があるのかもしれない。もちろん各楽曲自体も素晴らしいが、なにより作業用BGMみたいな効用音楽が横溢している今、「何もしたくない」状態に自身の想いを馳せながら聴きたい作品。