Stedelijk Museumで開催中のJon Rafman個展について②。彼が体験型映像で作り出す、あたらしい形のバーチャルリアリティ。


Stedelijk Museumで開催中のJon Rafmanが個展について②。インターネットの裂け目から発掘する入り組んだ欲望の形。

さて昨日はJon Rafmanの映像展示「Codes of Honor」と、「erysichthon」について書いたので、本日は2つ目の部屋についてレポートしたいと思います。2つ目の部屋にも映像の作品がふたつ展示されていました。

その前に今回印象的だったのが、やはりインターネットを介してだけで見ていた作品をやっと生で観れたということでした。あたりまえのことだけれど、PCのスクリーンから眺めるのと、実際に作家の意図したセッティングで作品を眺めるのとでは入ってくる情報の量が全く違います。とくに面白かったのが、作品を体験している他の観客たちのリアクションが見られたことでした。

神妙な面持ちで作品を鑑賞することが多い日本と違って、こちらの観客たちはわりと楽しそうに作品に接しているのをよく見かけます。これは文化の違いだと思いますが、Jon Rafmanのようなちょっと危険な内容の作品にも、子供やカップル、家族たちが素直に騒いだり、楽しんだりしている姿にはちょっと驚かされました。

それは今回の展示が、ただ映像を鑑賞するかたちの映像インスタレーションではなく、すべて体験型の仕掛けが採用されていたというのが大きかったと思います。ほんとにちょっとしたことなのですが、こういう手際には作品をシチュエーションに合わせてグレードアップしていくアーティストとして技術力を感じさせられました。

さて、2つ目の部屋の作品の一つが「Mainsqueeze (Hug Sofa)」というものです。去年あたりにNYで展示していた作品ですね。

Main squeezeという言葉の意味はあまりよくわかならないのですが、メインのパートナーを2番目や3番目のカジュアルなセックスのパートナーとみなすこと?のような意味もあるようです。映像の内容を見てみると明らかになるのですが、ものすごく特殊な性的趣向の世界が繰り広げられています。着ぐるみと緊縛が合わさったような形の、おそらくそういった行為で快感を得るような仕組みになっているのかと思います。全身ラバーで包むのを好む人たちが日本にもいますが、着ぐるみを着用することなんかもそういった趣向として愛でられている?のかもしれませんね。着ぐるみが動物であることも日本との文化の差を感じます。こういう要素はディズニーなどのアニメの影響なのかもしれません。

話が逸れてしまいました。NYの展示は未見なのでどんな展示形式だったかわからないのですが、今回の肝は展示タイトルのカッコの部分にあります。展示を鑑賞するのに3人掛けのソファーが置いてあるのですが、これが特殊な形状になっています。名付けて「Hug Sofa」。ソファの形状が、背もたれのサイドから突起状のものが前面にせり出ており、鑑賞者を包み込む形になっているのです。映像を見ようと思うと、そのソファーの中に無理やり体を押し込めないとなりません。そして座ってみると、ソファー自体に包み込まれている感じになるのです。その意図は明らかでしょう。

ふたつ目の作品は「Still Life(Betamale)(Ball Pit)」です。こちらの映像も以前の作品ですが、鑑賞方法がかなり変わっています。白い仕切りで囲い込まれた中に大量の白いボールが詰め込まれています。鑑賞者はそのボールの中に埋まりながら見上げる形で映像を鑑賞する形になります。白い仕切りからこの展示がお風呂を意識していることは間違いないと思います。今回の展示のメインはこのJon Rafman風呂といったところでしょうか。

このJon Rafman風呂への入浴体験はかなりインパクトがありました。会場には子供たちも多かったのですが、次々とこの展示へ飛び込んでいきます。じっさい子供にとってみたら、ボールに埋まるのはめちゃくちゃ楽しい経験に違いありません。ただ映像にはかなりセクシャルなものも多くあるので、子供に見せていいのかなーと、じゃっかんいらぬ心配をしてしまいました。ただ大人だと逆に恐怖を感じるようで、入ろうとして断念した人たちが何人かいたことも印象に残っています。

せっかくはるばるやって来たので、僕も勇気を出して子供たちに混じって体験してみました。やはり最初は恐怖を感じます。底なし沼にのみ込まれてしまう感覚といったら良いのでしょうか。全身を委ねると、どんどん体がボールの渦の中にのみ込まれていきます。体が安定したら、今度は逆に無重力にただよっているようなものすごい安心感につつまれました。やったことはないのですが、アイソレーションタンクに入ったらこんな気持ちになるのかもしれません。

ここで映像についてなのですが、印象的な泥に狼の着ぐるみを着た人間がのみ込まれていくシーンがあります。この展示は、実際に彼の体験をこの身で感じながら鑑賞するものとして設計されていると言ってよいと思います。体験の関連付けの強さはそれぞれの作品で異なっているものの、今回の展示はすべてその同じ図式で成立していました。

資格で入ってくる人の体験する情報が、いろいろな仕掛けで強められるということはおそらく全員が知っていることだと思います。そのもっとも身近な例はゲームだと思いますが、とても簡単なインタラクションを導入するだけでも、体験のシンクロ率は上がります。またたとえインタラクションが0であっても、文学などのように表現の力でまるで書かれていることが自分自身に起こっているかのように感じることもあると思います。これらは、人間に備わった、コントロールできないイマジネーションの力にほかなりません。

逆に言えば、人間は受け取った情報に簡単にシンクロを起こしてしまうということです。
Jon Rafmanは今回の展示で、そうした人の感情移入の仕組みをいろいろと検証しようとしているように思えました。視覚の世界に異なる世界を再現しようとするのがヴァーチャルリアリティだとしたら、今回彼が作り出したもっと蝕知的な感覚です。たとえば最初の部屋におていあるブランコは、単にその映像作品にブランコが登場するからにすぎないのですが、やはり鑑賞者は実際に類似の体験を味わうことで、映像の世界にこれまでとは異なるやり方で没入することになるのです。これはまさにあたらしいヴァーチャルリアリティだと言えるのではないでしょうか。

いつもよりちょっと長くなってしまいましたが、今回の展示についてはこれで終わりです。Jon Rafmanというアーティストにはもっといろいろな側面があるので、もしこの後、ベルリンビエンナーレで彼の作品に出会うことができたら再びレポートしてみたいと思います。