電子音響作品のリリースやインスタレーションの発表など、横断的な活動を行うアーティスト、梅沢英樹。ヨーロッパ電子音楽の興隆地として知られるストックホルムのスタジオ・EMSで先日制作を行なった彼に、その時の滞在録を記してもらった。
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6月末から半月ほどストックホルムに滞在して、国営の電子音楽研究施設・Elektronmusikstudion (通称EMS)で制作を行った。このスタジオは海外からのアーティストを中心としたレジデンス・プログラムを行なっていて、場所はSöder Mälarstrandという最寄駅から徒歩で10分程度の、ストックホルム中心街からもさほど離れていない海沿いの通りに位置している。先日RasterからリリースされたLena AnderssonのアルバムタイトルはこのEMSの所在地からとられている。
Editions Mego/Ideologic Organから作品を発表しているMats Lindströmが所長を務め、Posh Isolationなどからの作品で知られるMats Erlandssonや、Vargと共に活動をするDaniel Arayaらがエンジニアとして働いており、彼らも連日スタジオで制作を進めている様子だった。
スタジオは全部で6つに分かれていて、マルチチャンネル作品用に特化した2つのスタジオ、Serge、Buchlaといったモジュラーシンセサイザーを扱うスタジオなど、作家は滞在期間中に各スタジオを自由にブッキングできる。スピーカーシステムにはGenelecが多く採用されていた。Buchlaのモジュラーシステムにはスタジオの上階にあるという巨大なスプリングリバーブが接続されており、現物を見ることは出来なかったが、スタジオを出てすぐの螺旋階段にディケイタイムを調整するノブが設置してある。また併設したライブラリーには、音楽関連の貴重な書籍はもちろん、東京都現代美術館での展示やSuperDeluxeなどでもパフォーマンスをしていた現地作家のChristine Ödlundの図録など、美術に関連する書籍も置いてあった。
システムについては自分が書くよりも、こちらの記事に詳しく記載されているので省かせてもらうが、本当にこれ以上ないというほどの素晴らしい制作環境が整えられている。ストックホルム到着前にヘルシンキのOlli Arniから連絡があり、EMSは地球上で1番好きな場所だと彼は言っていたが、自分を含めた他の多くの作家にとっても、そのように感じられるスタジオであることは間違いない。
ちなみに近年EMSのスタジオで録音/制作された作品としては
Caterina Berbieri『Born Again In The Voltage』 /Francisco Meirino 『The Ruins』
/Thomas Ankersmit 『Homage to Dick Raaijmakers』 などがある。
自分はStudio 4のSerge、Studio 6のBuchlaのモジュラーシステムを用いて制作を行ったが、この2つの機材に触れる事が今回の滞在の主な目的の一つだった。Sergeは直感的に操作をすることが出来たが、Buchlaはバナナプラグや独特のシステムに慣れるまでに時間を要した。スタジオのモニター環境が素晴らしいこともあって、時間を追うごとに耳が研ぎ澄まされていくような感覚があり、1日6,7時間ほど続けて制作を行っていた。
相当量の素材を録音する事が出来たが、まずはMads Emil Nielsenが主宰するarbitraryからリリースされる2枚組10インチの音源制作に現在取りかかっている。内容は彼の図形楽譜などを解釈したもので、Jan Jelinekとのスプリットのような形で発表となる予定だ。
知人のMaxwell August Croy (Empire of Signs, ex.Root Strata)がストックホルムに移住しており、現地のシーンや彼が運営するレーベルの今後について向こうで聞くことが出来ればと思ったが、予定が合わず次回の滞在に持ち越しとなった。東京のように毎日どこかしらでイベントが開催されている雰囲気はなかったように思うが、日本でも開催されたEdition Festival for Other MusicやIntonalなどのフェスティバル、EMSと同じく国営のFylkingenなど、良質なアーティストやシーンが存在することは明らかだろう。
滞在中に訪れたストックホルム近代美術館Moderna Museetでは2019年ヴェネチア・ビエンナーレのアーティスト部門で金獅子賞を受賞したArthur Jafaや、Sharon Hayesの展示が開催されていた。Sharon Hayesの方は、言語を主な要素としたLGBTQアクティビズムを展開し、「声をあげること」 =「サウンドとして空間に生起させること」をポイントに置いたパフォーマンスやインタビューの映像などの作品群が並んでおり、シンプルな方法論ながらも力強い展示だった。こうした動きと関連して、日本でも10月に
「SOUND:GENDER:FEMINISM:ACTIVISM – TOKYO –」が開催される予定なので、注目しておきたい。
滞在中の息抜きに、市街地から少し離れたRosendals Trädgårdという自然農法の庭園を何度か訪れた。ここで食事をとったり、開放的な庭でくつろぐのは素晴らしい体験だったので、来訪する際は是非おすすめしたい。ストックホルムと日本では植生の違いはもちろんだが、光の質感の違い、何よりも白夜のようにいつまでも明るい環境には不思議な感覚を覚えた。自身の知覚や身体は環境的なもの/とりまくものに大きな影響を受けている、ということに自覚的にもなれた滞在だった。
梅沢英樹
1986年群馬県生まれ。国内外より電子音楽作品のリリースやインスタレーションの制作、サウンド・パフォーマンスを行う。 これまでの主な受賞にリュック・フェラーリ国際コンクール / プレスク・リヤン賞 2015、Tokyo Frontline Photo Award 2018 Grand Prize。主な展示に「0℃」(blanClass, 2016)、「つまずく石の縁-地域に生まれるアートの現場-」(アーツ前橋, 2018)、「深みへ-日本の美意識を求めて-」(フランス, 2018) など。網守将平、上村洋一との共作アルバム、Andrew PeklerとのSplit アルバムを発表予定。東京藝術大学大学院美術研究科修了。
レジデンスプログラムのアプリケーションに関する詳細などはオフィシャルサイトまで。なお来期プログラムの募集締切は今月末の7/31までとなっている。