ava* - Blush

“Blush” は紅潮。頬を赤らめること。言葉にできない戸惑いや恥じらいの感情が体を駆け巡った証。
もしかすると ”Blush” は、少女の頃にだけ許される最高の魅力なのかもしれない。
ドイツはベルリンのアーティストでプロデューサーのava*による初アルバム「Blush」は、香港のレーベル〈Absurd Trax〉よりリリースされた。5年間にわたるフィールドレコーディングを織り込んだ本作品は、やわらかで繊細なテクスチャー。水彩画のような曖昧な輪郭を描きながらゆっくりと時に激しく展開するアンビエントな作品。
自由に飛び回るサウンドは、まるで少女の感情を表したかのようにどこかはかなくて、ゆるやかに上ったり下りたりするシンセのメロディーと一緒に聴いていると、瞑想中のような遠い日の記憶を見ているような感覚になり、その曖昧さがまた心地よい。
ぼんやり先に見えてきたのは幼い頃の記憶。空を眺めていると今日はやけに雲の流れが早い。いつもと違う速度で目の前の景色が変わっていく。これから何か起こるのかしら?胸がざわつく…なんだか不安…その感覚を鮮明に思い出すとアルバムは終わっていた。
どこでもいい。どこか遠く離れた場所へ。記憶を辿る旅に出るのもいいだろう。

Pelada – Movimiento Para Cambio

Peladaは、プロデューサーのTobias RochmanとボーカルのChris Vargasによるデュオで、カナダのモントリオールを拠点に活動している。ベルリンのレーベル〈PAN〉では初めてのリリースとなる「Movimiento Para Cambio」は、Tobias Rochman のブレイクビーツやジャングル、アシッドハウスなどビート感溢れるサウンドとChris Vargasの自由で解放的で感情的なボーカルが社会や政治への不満などの強いメッセージを歌い上げる、非常にエモーショナルでパワフルな作品。 メッセージは、社会における女性のあり方やセクシャルハラスメントの克服への道、経済がビッグデータで個人を監視する時代を迎えたことへの不満や、グローバル資本主義への不満など実に多岐にわたるが、まさに今目の前で起こっている現実そのものなのだろう。PELADAは、自身らの音楽を通して社会や政治への不満や警告を個人に呼びかけ、彼らのアイデンティティや自己再帰性を呼び起こしたいと考えているのだろうか。アルバムの前半は、冷静かつ疾走感溢れるビートと怒りとも感じられるボーカルとのコントラストが彼らのメッセージを強調しているように感じる。中盤~後半につれてボーカルとビートが一体化しさらに疾走感を増す。ラスト2曲の落ち着いた曲調の中、何かを呼びかけるようなボーカル。アルバム全体を通してPELADA伝えたいものへのパワーを十分に感じられる作品。ライナーノーツに書かれている ‘ABRE TUS OJOS, LA BESTIA SE ALIMENTA DE LA EXPLOTACIÓN’ (“OPEN YOUR EYES. THE BEAST FEEDS ON EXPLOITATION” ) こそが、彼らが皆に伝えたいメッセージそのものなのかもしれない。

S S S S – Walls, Corridors, Baffles

S S S SことSamuel Savenbergは、スイスはルツェルン在住の音楽家であり音楽プロデューサー。「Walls, Corridors, Baffles」は、スイスのルツェルンを拠点とする〈Präsens Editionen〉からリリースされた。〈Präsens Editionen〉は、クラブカルチャーや音楽、アートなど発信しているzweikommasiebenの書籍やアルバムなどを発表している。音楽は概念的で象徴的なものではなく、その具体性が重要だと考え作成したアルバムの表情は全体的にとても暗くて重い。しかし、予定調和のない旋律や冷やかな金属音やノイズ、緻密なリズムが時に交錯し、時に一つに重なり調和すると、エネルギーに満ち溢れた緩急のある音のうねりを生み出す。音のうねりが押し寄せてくるたびに感情の高揚を誘っているように感じる。アルバムを聴き終えると、不思議と耳元を心地よい風がふっと駆け抜けるような感覚に陥る。アルバムのタイトル「Walls, Corridors, Baffles」はフランスの哲学者であるロラン・バルトの一節から引用されている(おそらく「Empire Of Signs」『表徴の帝国』からと思われる)。音楽は聴き手の感じ方次第という考え方も、もしかしたらロラン・バルトの影響があるのかもしれないと考えると、アルバムの聴き方が少し変わるかもしれない。Han Le Hanによる生け花のアートワークもアルバムの暗い表情を美しく表現している。(TN)

Ayankoko – Kia Sao ກ້ຽວສາວ

Ayankoko は、フランス在住の音楽家/作曲家/プロデューサーでありギター奏者でもあるDavid Vilayleckによるソロプロジェクト。「Kia Sao ກ້ຽວສາວ」は、アジア系のアーティストの音楽や文化をハイブリット化するレーベル〈chainabot〉からリリースされた。電子音とラオスの伝統音楽が、穏やかでありながらどこか憂いを秘めた作品。ラオスをルーツに持つAyankoko 。サイケデリックなジャズフィージョン、ノイズ、電子音をラオスの伝統音楽や現地で録音したサンプリングとミックスさせた本作は、ノスタルジックな音響が、明るく穏やかな表情から破壊や絶望、そして希望へと展開していく。自身のルーツであるラオスへの想い、忘れてはならないラオスの歴史、現在もなお続く厳しい状況を色彩豊かな曲調で描いている。自身のルーツへの強い思い、深い歴史を自身の創造に変え明るく優しい世界観で我々を魅せていく。

KING OF OPUS - I STILL LOVE YOU FEAT. 鶴岡龍

テクノ黎明期より唯一無二の和製エキゾ・ダブへと昇華させてきたユニットKING OF OPUS。本作「I STILL LOVE YOU FEAT. 鶴岡龍」は、2018年にリリースされたアルバム「S.T.」からの7インチ・シングル・カットだ。ダブの浮遊感溢れるリズムに鶴岡龍のトークボックスが立体的に重なり、聴くものを熱帯夜でしっとり汗ばんだ時のような不思議な高揚感へと導く。一方、カップリングのchisha「macha macha」は、エキゾチックな音とシンセがコロコロ笑っているようで、穏やかな曲調がなんともかわいらしい。淡い恋心を歌った歌詞は80年代J-popとも異国の大衆歌謡とも感じられる。心地よい湿度と熱気を帯びた本作。遠く熱い国を想像して聴くのもよいが、敢えて梅雨シーズンに聴いて、幻想的なユートピア感を味わいたい。

https://www.youtube.com/embed/VxCGxh37EJw

Future Proof : 面向異日 – in city stone

〈Future Proof : 面向異日〉ことLars Berryは、カナダ出身で台湾在住のアーティスト。同名のレーベルを主宰し、別名義Colour Domesとしても楽曲を発表している。「in city stone」は、台湾を拠点に活動するレーベル〈swivelized sounds〉よりリリースされた。また、アルバムの2曲目「iandu」は、ドイツはベルリンのレーベル〈NO DISK〉のインスタグラムにて映像3部作品として公開されている。映像は、Ferox Neutrino (Radiant Silver Labs)とColour Domesによるもの。連続的に細かく配置された電子音に艶やかな残響音、金属音、ノイズ、人の声が折り重なり、静けさの中にどこか人の気配が残り、アンビエントな景色が広がる。このアルバムを深く聴くと、音のマイクロカルチャーが見えてくる。フラクタル図形の一つの海岸線のように、細部を見ようと近づけば近づくほど複雑で同じ形状が続いている。空虚な巨大企業のビルを見上げながらヘッドホンで聴きたくなる音だ。アルバムのタイトル「in city stone」はまさに都市を構成するものだ。有機化合物は含まれていない。トラックはおそらくグループリスニングには向いていない。人目につかず物思いにふけるのがいい。またトラックは手術後、誤って患者の体内に取り残された医療機器を追求している。患者は異質な医療機器が体内に残存する状態で、金属探知機を避けて歩き回るしかできないのだ。廃墟や建物、体内に残された医療器具のように、使用されずそのまま放置され朽ちて崩壊していく虚しさやその過程の奇妙な光景を描いているのかと深く考えたくなるが、この映像を見て彼の母が言った「何か気になるわね…。」が正解なのかもしれない。

雨田光平、SUGAI KEN - 京極流箏曲 新春譜

「京極流箏曲 新春譜」は、彫刻家/京極流2代目宗家 筝曲者/ハープ奏者の雨田光平が、昭和30年頃に青木繁が描いた神々のイメージを創作源に作曲したもの。本作品は、昭和45年に自主制作LPのために琴、笙、ハープを含めた6名で合奏・歌唱して収録したものと、日本古来の美や伝統芸能・民族芸能を電子音楽に昇華する音楽家SUGAI KENによるリワークが収録されており、大阪のレーベル〈EM Records〉よりリリースされた。かすかな心覚えをたどって聴くと、ハープと箏の音色が生み出す不思議な質感の倍音や、雅楽風の調弦や奏法を超えた古の明るく美しい世界観に心が洗われる。
一方、SUGAI KENのリワークは、暗くうっすら光が入る空間でどんどん物語が展開されていく。静けさ中に広がるけだるいリズム、縦横無尽に走る電子音や和の気配を纏ったフィールドレコーディングの群れたちが現代に「新春譜」を紐解き、聴こえないはずの演者同志の間合いや音の余白を体現している。終盤のモールス信号にはどんな意味が込められているのだろうか。

Midori Hirano - Mirrors in Mirrors

Midori Hiranoは、ドイツはベルリン在住の音楽家/コンポーザー/プロデューサー。別名義でMimiCofとしても活動している。「Mirrors in Mirrors」は、オーストラリアはメルボルンを拠点とするレーベル〈Daisart〉より、以前本誌のMONTHLY REVIEWで取り上げたNico Niquo (https://themassage.jp/massage-monthly-review-9/)に次ぐ2作目のアルバムとしてリリースされた。これまで、ピアノや弦楽器、声、フィールドワークなど多彩な音と電子音を構造的に作り上げた作品や、MimiCofでは電子音楽を中心とした作品をリリースし、ポスト・モダン、アンビエント、エレクトロニカの新しいかたちを体現している。本作はピアノを中心とし、電子音が光を紡ぎ模様を織りなすアンビエントな世界観が美しい作品。まるで息づかいが聞こえそうなテクスチャーで、力強くもやさしいピアノの旋律と、光のように繊細で時に鋭い電子音や丁寧で美しいシンセサイザーが凛とした音響を作り出す。タイトル「Mirrors in Mirrors」のように、合わせ鏡に映る自分を見た時に覚えた、限定された視覚空間に存在する色や光のプリズムによる奇妙で美しい情景を、新鮮でどこかノスタルジックに描いた作品。