Interview with HKE

世界を変化させる夢の音楽を作り出す。
〈Dream Catalogue〉オーナー、HKEの終わりなき探求とは

Text: Yusuke Shono, Translation: Noriko Taguchi, chocolat, Goh Hirose

旺盛な作品リリースによりVaporwaveシーンの一翼を担ってきたレーベル〈Dream Catalogue〉のオーナーであり、 以前の名義Hong Kong Expressをはじめとして、HKE、t e l e p a t h テレパシー能力者とのユニット2814などといったさまざまな名義で、100枚を超える作品を発表する。その彼はレーベルや制作活動を通じて「夢の音楽」を形作ることを目指しながら、新しいVaporwaveの枝葉であるHardvapourを経由し、モノクロームで独特の粒子感のある異郷の音楽を作り出してきた。特に今年リリースされた「Dragon Soul」は、シネマティックと形容される彼の真骨頂である抑制されたドラマ性がみごとに結晶化した、不安や昂揚といった抑揚を持つ複雑な内宇宙を旅するような作品だった。Vaporwaveが表現してきた都市固有の退屈の空気から出発し、シュールリアリズムやSFといった手法にインスパイアされつつ、その蒸気の隙間をくぐり抜けて新しい感触を持つ夢の世界を作り出そうとする、ベールに包まれてきた彼の活動について聞いた。

幼い頃から音楽に情熱を燃やしてきたそうですが、それはどのようなものでしたか? 聴くこと、あるいは作り出すことどちらに比重を置いてましたか?

フットボールとプロレスは別として、音楽は唯一、人生を通してずっと夢中になっていられるものなんだ。カセットテープを集めたり、1日中座ってラジオから好きな曲を録音したりしてた子どもの頃からずっと。僕の母親は90年代にハウスやガラージミュージックをたくさん聴いていて、僕もそういう音楽に夢中になった。子どもの頃からエレクトリックミュージックがすごく好きだったのはそのせいだろうね。トランスミュージックも大好きで、自分から聴くようになって熱中した最初のダンスミュージックのジャンルはトランスだと思う。成長するにつれて、IDM(インテリジェント・ダンス・ミュージック)、グライム、ダブステップ、ドラムンベース、そういうものも聴くようになっていった。UKの音楽シーンに登場したものはなんでも追っかけたよ。あえていえば、僕は常にすべての音楽を探求し続けてるだけなんだ。エレクトロニックミュージックという範囲はもうすっかり超えてしまってて、現在の、30歳での音楽へのアプローチの仕方につながってる。いたるところに散らばっている影響を引っぱってきて、自分の好きなサウンドやモチーフやトーンと混ぜ合わせて、新しい形を作るっていう手法にね。

未来主義やシュールレアリスムなど美術にも興味があったそうですが、Vaporwaveのなかにそうした美術運動と似たものを感じたのでしょうか?

未来主義やシュールレアリスムのようなものに対する興味は、何年も前に、生活の中の日常的なことに感じるフラストレーションから出てきたんだ。失業中で、完全に壊れていて、僕の未来にはなんの可能性もないとか、僕の音楽は自分が思っていたようにみんなに聴いてもらえないだろうっていうふうに感じてた。それで、その落胆とフラストレーションから抜け出すために、僕は未来主義のユートピアの中におぼれるようになっていったんだ。完結したことがないサイバーパンク小説をたくさん書いて、僕がその時いたところからは遠く離れた場所、宇宙のように感じてた香港や東京や色々な都市の動画をYouTubeでよく見てた。当時、日本や中国の文化音楽、映画、文字や文、精神性、歴史、そういったものにもすごく興味があったんだ。それらの都市のビジュアルや文化は、僕にとってはまさに現実逃避のエキゾチックなもので、そのドリームワールドに深くはまっていくにつれて僕自身の現実のものの見方も変化していった。ほかの誰かの夢に屈するのではなく、自分の夢に合わせて世界を変化させることができる、歴史上で人々が行なってきたようにできる、そういうことに僕は気づき始めたんだ。だから、未来主義やシュールレアリスムのような考えは、そんなに不可能なものでもないし、可能なことを抽象的に、夢のように言ってるだけだと思う。

レーベル〈Dream Catalogue〉を始めようと思ったのはなぜでしょうか? 活動の中でコンセプトに変化はありましたか?

ひとつ前の答えにも関係しているんだけど、〈Dream Catalogue〉自体が僕の夢のファンタジーだったんだ。さっき言ったように、自分が生きたいと思う自分自身の世界を作り出すことができると考え始めた時、それがそのビジョンを世の中に押し出す自信を与えてくれた。そうやって、“dream”は現実になっていったんだ。
スタートした時はかなり小さいレーベルだったし、実際、最初は自分の音楽をいろんな名義でリリースすることくらいしか想像できなかったよ。でも、SoundCloudでt e l e p a t h テレパシー能力者に出会った時、それはすぐに変わった。僕は彼にたずねたんだ、レーベルで何かリリースしてくれないかって。それに続いて、SoundCloudでどんどんほかのアーティストたちも見つかっていって、彼らみんなと、僕が以前「Hong Kong Express」の音楽でやっていたみたいな感じの、まったく新しいプロジェクトを始めた。その数ヶ月後には、レーベルはもう僕ひとりの虚栄のプロジェクトではなくなってた。新しいコンセプトで音楽を作っている、同じような嗜好を持った人たちが集まった小さなコレクティブになったんだ。ほんとに、僕たちは奇跡を起こしたみたいな気がしたよ。そして今、僕が薄汚れた貧乏人だった時に持っていた夢は現実になってる。もちろん、時が経つにつれてコンセプトは確実に変化してきてるけど。レーベルに関わるアーティストたちも一緒に進化しているからね。それに加えて、新しいメンバーが入ってきて、去っていく人たちと入れ代わっているし。でも、レーベルのタイムラインで見られる一番大きな変化は、これから数ヶ月のいつかで起こると思うよ。レーベルをリフレッシュするために計画していることがあるんだよね。

Vaporwaveというジャンルは頻繁に死を宣告されるジャンルでもあります。あなたもSandtimer名義で「Vaporwave Is Dead」をリリースしていますが、その頃はどのような心境だったのでしょう?

実は、たくさんの人がSandtimerのアルバム「Vaporwave is Dead」を誤解したんだ。アルバムの内容自体よりもアルバムタイトルに反応したVaporwaveの熱心なファンが多かったんだと思うけど。実際、あのアルバムはさまざまなメッセージとコンセプトの融合が含まれたものだった。でもその本質は、アートあるいは音楽の周期性を用いてメタファーとして人生の周期性について説くことだったんだ。この場合、そのメタファーがVaporwaveだった。でも、アルバムより先に「Vaporwave is Dead」っていうフレーズが、ばかばかしくなるくらいたくさん使い回された。あのアルバムでは、それを文字どおりの状態として前面に出してたわけじゃなくて、まったく違うことを言うためにあのフレーズを使ったんだけどね。事実、アルバムを通してVaporwaveについてたくさん細かく触れているから、あれを作っていた時、はっきりどういう意図なのかを言うよりむしろVaporwaveへのラブレターみたいになってるなって、僕は思ってたんだ。それなのに、シーンは僕がVaporwaveを破壊しようとしているっていう物語を作り上げてしまった。そうじゃなかったのに。

Vaporwaveについて僕が言おうとしているメッセージは、実質的に、シーンがそれ自体を壊してしまったし、外に向かうビジョンを失って、音楽シーンの泡になってしまったんだ。僕はそれでもVaporwaveが好きだったけど、僕自身Vaporwaveに別れを言う時期で、“Vaporwaveアーティスト”っていう肩書きで活動するのではなく、何か新しいことをやるために動く時だっていうことを感じていた。その肩書きは僕にとって妨げにしかなっていなかったから。その頃、Wolf(wosX、Wolfenstein OSX)と彼のEnd of World Raveでのhardvapourのビジョンにすごく刺激を受けた。彼は、急進的な新しいビジョンを持って、突然シーンに現れた。それは、僕が最初に〈Dream Catalogue〉を始めた時に持っていた情熱を思い出させてくれたし、その時僕がどれほどなまけものになっていたかをわからせてくれたんだ。それから、シーン全体がどうなっているのかっていうことも(あくまで僕の認識の仕方によれば、だけど)。まあ、あれは、全体としても14時間ほど座っている間にほとんどできたアルバムだったし、インスピレーションの爆発だったよ。終わり頃には僕は完全に狂ってたね。まったくばかげたおかしいアルバムだし、確かに、流して聴くためだけの楽しめるアルバムっていうより、アート作品みたいではあるけど、でも、とにかく、やっぱり作ってよかったと思ってるよ。

hardvapourの登場など、Vaporwaveは思いのほか多様な方向性を作り出していると感じます。あなたは今、Vaporwaveの未来について、どう考えていますか? 興味をいだいている方向性やカテゴリーはありますか?

僕の見方としては、その点では、hardvapourはもうほとんど関連がないし、それ自体のジャンルとスタイルをかなり確立していると思う。すごくいいことだと思うよ。Vaporwaveが型にはめられるようになって、なんでも入れものの中に入れようとする人々との「何がVaporwaveで、何がVaporwaveでないのか」っていう論争が激しくなる前の、Vaporwaveがもともと持っていた“なんでもあり”のスピリットを体現しているからね。そういう種類のものの考え方はきゅうくつで、すたれさせていくだけだって、個人的には思う。いわゆる決められたルールの中で活動するほうが好きなアーティストもいるっていうことは知ってるけど。hardvapourは(少なくとも現時点では)その考え方はほとんどないし、ほんとうにかつてのVaporwaveの真の進化系だと思う。もはや人々が音楽のスタイルとしてVaporwaveをほんとうにまだ追っているのかさえよくわからないよ。seapunkみたいに、単なるニッチなネットアートのスタイルになってしまったようにも思える。数少ないVaporwaveのスタイルのすごく熱心なファンがいることは知っているんだけどね。〈Dream Catalogue〉や僕が作るものを、僕は自分ではVaporwaveだとは考えてない。もちろん、初期のインスピレーションは残ってるし、僕自身も、たくさんの〈Dream Catalogue〉の作品も、それまで存在していなかった新しいアイデアを生み出して、僕たち自身のコレクティブの進化を通して、独自の“deram music”スタイルを事実上作り出したとは感じてるよ。

「Dragon Soul」の制作の背景についてお聞きしたいです。このアルバムはとても神秘的で、より深みが増したサウンドに進化したと感じました。あなたは「映画的」と表現していますが、その言葉はとても的確ですね。あなたの音楽は具体的な物語というより、映画に結びついた特定の気分が存在しているように思います。あなたにとってその「映画的」な感覚とはどのようなものなのでしょう?

Dragon Soulの話は、始めから終わりまでまっすぐ線が引けるような直線的な話とはいえない。実は、ここ数年での僕の内面についての話なんだ。それまでにやったことのある何とも似ていなくて、ほんとうに自分の魂をはだかにして、音楽と一緒にそこに置いた、そして、それに個人的な思いや感情を込めた。トラックのいくつかに呪文のようなものを織り込むことさえもやった。自分は誰なのかとか、自分の内側ではどんな風に感じているのかっていうことについてのアルバムを作ることは、たぶんそんなに目新しいことじゃない。アートのすべての形態において、一番よくあるインスピレーションだろうと思う。でも僕にとっては、それまでにほんとうに一度もやったことがないことだったから、新しいことだったんだ。僕は、自分自身のことについてよりも、何かほかのことについての音楽を作ってきた。もし過去にそういう感情を自分の音楽の中に込めていたとしても、ストーリーや物語性のようなもののうしろに隠しただろうと思う。でもDragon Soulでは、自分自身のすべてをその音楽に入れているような感じだった。やっている時は疲れる作業だったよ。でもリリースした時、信じられないくらいの量のエネルギーが返ってきたんだ。さっき言ったように、語るほど筋のある物語はないけど、あの中には僕の個人的な表現、愛、憎しみ、夢、悪夢、パワーや栄光の感情、不安や弱さ、ベッドに寝ころがって窓の外を見ている時の気持ち、そういったものが見えると思う。ただベールの向こうのHKEとは誰なのか、っていうことについてのアルバムなんだ。人生の中でひとりを除いては、誰かを自分に近づかせすぎることが僕は好きじゃないから、それでもまだ全体が極めてガードされているだろうけど。あれは、僕の個人的な炎の輪。世界全体から離れて、山の上からその世界を見下ろす僕と僕の愛する女の子についてなんだ。

サウンド自体への影響は色々なところからきていて、特定のジャンルやスタイルには属してない。僕が作り出したエキゾチックなサウンドのコンビネーションの結果として、それぞれのトラック個々に、僕の一部が反映されていると思う。“Dragon Blood”は、実際、僕が作った曲の中でも一番複雑な曲で、おそらく今までに作ったどの曲よりも長い時間をかけた曲だと思う。一見シンンプルだけど、実はそうでないな、って思う人はほとんどいそうにないけど。“Fire”はアルバム最後の曲で、僕のラブレター。“Love”はさらにパワフルな感情、愛自体についての曲だよ。

あなたはまた自分の音楽を「夢の音楽」と言っていますね。あなたがいまそのような意味で、「夢」を感じるものがありますか?もしあれば教えてください。

2013年の後半に、最初に自分の音楽を“dream music”スタイルにするっていう進化を始めた時、僕はウォン・カーウァイの映画にかなり刺激を受けていたんだ。だから、そういう意味では、ウォン・カーウァイは影響を与えた人っていうだけじゃなく、“dream”スタイルをその作品の中に封じ込めている人だと思う。彼の映画はとても音楽的で抽象的なことが多くて、ほとんどアルバムみたいで、その一方、僕は自分自身のアルバムの多くを物語的で抽象的で、まるで映画みたいだと感じているんだ、たとえこのふたつを比べてみたところにあいまいではっきりしない部分があるとしてもね。リスナーの心の中に何か絵や情景を描くことに関して、直接的ではなく、たくさんの細かい投げかけをする、そうすれば、ほんとうにいろんなものにすることができる。Hong Kong Expressっていうアーティスト名を使っていた時の、初期の作品の多くは、僕が夢見ていたはるか遠い場所への、理屈じゃない、ぼんやりとしたビジョンを投影していたんだ。僕が音楽という形で語っていたのは僕自身のファンタジーの再構築だった。今はHKEっていう名前で、空っぽの頭文字で、音楽を作ってる。取り組めるもののビジョンの範囲がより広くなってる。2016年のアルバム“Omnia”みたいに。“Omnia”は、あのアルバムを作っていた頃に見ていた一連の悪夢や幻覚のことだったんだ。それ自体、僕のほかの作品ともまったく違っていたね。

Vaporwaveのシーンであなたのもっとも記憶に残っているリリースは何でしょうか?多すぎてあげきれないかもしれませんが、もしよければおしえてください。

さまざまな名義や変名で優に100枚は超えるアルバムを作ってきた。そのすべてにひとつひとつの目的や、できるまでの過程がある。僕は自分が作るものに関して、曲単位よりもアルバム単位で考えがちなんだ。だから、そういう意味では、自分のアルバム「Dragon Soul」と「HK」が一番満足ができるものだと思ってる。ほかのアーティストの作品に関しては、幸運なことに、僕の好きなアーティストのほとんどに〈Dream Catalogue〉でリリースしてもらえる状況になっているから、僕が好きなものは、実際のところ、ほぼ全部が〈Dream Catalogue〉で僕以外のアーティストがリリースしたものっていうことになるよ。

小説を書いているそうですが、どんな設定か教えてもらうことはできますか?また今後、Vaporwaveのシーンについてテキストを書いたりする予定はありますか?

2009年からずっと小説を書こうとしていて、何年もの間、たくさんの小説を書き続けた。フラストレーションから全部バラバラにしてしまうまではね。本を書くっていうことはもう膨大な時間を要する作業で、僕はただのアマチュア作家だけど、フルアルバムに取り組むよりもずっと長くて大変な作業だっていうことは間違いなく言える。数年前に書いていたたくさんのものは、まさにシュールレアリストのサイバーパンクものだった。どれも完成させたことがないけどね。でも、〈Dream Catalogue〉でやろうと目指してることの土台には絶対になってる。実際、「DARKPYRAMID」っていう名前で作ったアルバムのシリーズは、もともとは2011年に6ヶ月練っていたものだけど書き終えることがなかった小説についての音楽的なリアクションだったんだ。数ヶ月前に「Dragon Soul」をリリースしたばかりだし、もうすぐリリースされる「777」っていうプロジェクトを終えたばかりだけど、どれも精神的には疲れるものだった。しばらくの間は小説を書くことに戻ろうと今は思ってる。最初の小説を書き上げられるといいなと思ってるんだ。またわくわくできる何かを。前のスタイルみたいにすごくサイバーパンクになるかどうかはわからないけど、もう何年もこういう種類の音楽を作ってきていることが、小説を書くための新しくて、さらにオリジナルなアイデアを大量に与えてくれてる。いろんな名義でたくさんのキャラクターを作ってきて、頭の中にはそれらの背景の物語がある。興味を持ってくれる人たちのために、そのうちのいくつかを出してみることは、おそらく良いことなんじゃないかなと思ってるんだ。

2814 の「新しい日の誕生」や、「Dragon Soul」はレコードのリリースも果たしましたね。レコードをリリースしようと思ったのはなぜですか?

僕が初めてフィジカルで音楽をリリースしようと思った理由は、ほんとうに〈Dream Catalogue〉のファンからのリクエストをすごくたくさんもらっていて、それに応えたっていうだけだったんだ。もともとそうしようって思い描いていたことではぜんぜんなかった。でも、僕たちの音楽のファンはフィジカルなメディアで音楽を収集することを楽しんでくれてる。2814のCDのリリースから始めて、それから要望があってカセットを出した。その1年後ぐらいに2814をもう一度出したんだけど、今度はレコードでリリースした。その時以来、新しいアルバムをどれもレコードで出せるところまで成長できた。今年の夏以降も何か起こるのを見られると思うよ。最初に始めた時は、そうなると思ってもいなかったところまで、みんなに助けられてレーベルは成長してきてる。それは、すべて僕たちと僕たちの新しいリリースを応援してくれている人たちのおかげだよ。

HKE https://hkedream.bandcamp.com
Dream Catalogue https://dreamcatalogue.bandcamp.com