MASSAGE MONTHLY REVIEW – 5

MASSAGE&ゲストで、5月の音楽リリースをふり返る。

C=Chocolat Heartnight, TN=Noriko Taguchi, S=Yusuke Shono, T= Kazunori Toganoki

Rachel Bonch-Bruevich – –>

Rachel Bonch-Breuvich、ソビエト連邦時代のロシアのアウトサイダーピアニスト、コンポーザー。Bandcampのページにある写真に写っているのは、袖なしのワンピースを着て、白い花の咲く庭にたたずむ女性。この人がRachel Bonch-Bruevichなのだろうか。その表情は、微笑んでいるようにも、今にも泣き出しそうにも見える。横にある木にはわずかに赤みを帯びた丸い果実がいくつも熟っている。練習曲のように次々に奏でられるピアノの音の背景には、時折、赤ん坊の声らしきものも聞こえる。しばらくすると音は突然途切れ、まったく脈略のない音が一瞬流れる。そしてまた、なにごともなかったかのようにピアノの音が流れ始める。おそらくテープの重ね録りのためだろう。なんとも雑な録音だ。それにしても、Rachel Bonch-Breuvichとは誰なのか。実在の人物なのか。この重ね録りはどういうことなのか。何もかもが不確かだ。それでも彼女の(おそらく)ピアノの音は響く。晴れた土曜日の午後、どこかの家から流れてくるピアノの音のように。時間は永遠だと思っていたころ、そもそも、そんなことを考えてもいなかったころの甘い感覚が蘇る。危険だ。そんなことをよそに、彼女のエチュードは時を超えて(おそらく)こうして流れている。(C)

Ayankoko – Kia Sao ກ້ຽວສາວ

Ayankoko は、フランス在住の音楽家/作曲家/プロデューサーでありギター奏者でもあるDavid Vilayleckによるソロプロジェクト。「Kia Sao ກ້ຽວສາວ」は、アジア系のアーティストの音楽や文化をハイブリット化するレーベル〈chainabot〉からリリースされた。電子音とラオスの伝統音楽が、穏やかでありながらどこか憂いを秘めた作品。ラオスをルーツに持つAyankoko 。サイケデリックなジャズフィージョン、ノイズ、電子音をラオスの伝統音楽や現地で録音したサンプリングとミックスさせた本作は、ノスタルジックな音響が、明るく穏やかな表情から破壊や絶望、そして希望へと展開していく。自身のルーツであるラオスへの想い、忘れてはならないラオスの歴史、現在もなお続く厳しい状況を色彩豊かな曲調で描いている。自身のルーツへの強い思い、深い歴史を自身の創造に変え明るく優しい世界観で我々を魅せていく。(TN)

KING OF OPUS – I STILL LOVE YOU FEAT. 鶴岡龍

テクノ黎明期より唯一無二の和製エキゾ・ダブへと昇華させてきたユニットKING OF OPUS。本作「I STILL LOVE YOU FEAT. 鶴岡龍」は、2018年にリリースされたアルバム「S.T.」からの7インチ・シングル・カットだ。ダブの浮遊感溢れるリズムに鶴岡龍のトークボックスが立体的に重なり、聴くものを熱帯夜でしっとり汗ばんだ時のような不思議な高揚感へと導く。一方、カップリングのchisha「macha macha」は、エキゾチックな音とシンセがコロコロ笑っているようで、穏やかな曲調がなんともかわいらしい。淡い恋心を歌った歌詞は80年代J-popとも異国の大衆歌謡とも感じられる。心地よい湿度と熱気を帯びた本作。遠く熱い国を想像して聴くのもよいが、敢えて梅雨シーズンに聴いて、幻想的なユートピア感を味わいたい。(TN)

POINTLESS GEOMETRY JAKUB LEMISZEWSKI – 2019

季節のように移ろう日々の感覚の変化に焦点を合わせながら、研ぎますように聴覚を微細に調整し、音を聴くという行為の中にある確からしさの在処を確かめる。ダンスという機能的な行為の中にも、次のステップを生み出すためには、常に未知の感覚へと飛び出していく開かれた跳躍的な態度が必要である。どのようなときも次に来るサウンドは、曖昧に広がる広大な領域から、感覚の照準を定め、触れることができる実態へと突如として形成されたものでなくてはならない。それは未知の創造というよりも、発掘にも似た行為だろう。2017年から2018年にかけてポーランドで録音されたJakub Lemiszewskiによるこの作品は、リズミカルに刻まれた低音の振動と、奇妙でありながら心地よく響くそのサウンドにより、身体あるいは感覚の中にある新たな可能性を探索する。洗練されたといってもよいほど多角的な音響と質感の楽しさが織り交ぜられながら、けして一点に収束しない多様な文脈が交雑したキメラのような異形の音楽電子音を形作っている。身体の奥に眠る未知の感覚を呼び覚ます、可能性としてのダンスミュージック。それは土地の記憶と結びつき、そこにあった歴史を改変しながら、固有の質感を鳴り響かせている。(S)

Sisso – Mateso

高校生のときの自分にとって、音楽の全ての基準は「速さ」にかかっていた。毎日謎にわき出てくるフラストレーションや虚無の感情をもろとも打ち消してくれるハードコアパンクは救世主的な存在で、速度と音量とエネルギーのマキシマムを追求する美学は、参照する見識や価値観を持ち合わせていない当時の自分にとって、極めて単純明快な存在でリアリティーにあふれており、信頼を置いて身を委ねることができた。速さに対してそんな一端のエモい感情を抱いていた自分だったが、ウガンダのNyege Nyege TapesからリリースされたSisso a.k.a モハメド・ハムザ・アレーのデビュー作『Mateso』はかつての自らの感傷を一蹴してくれるくらい、尋常じゃないレベルの速さだった。同レーベルからリリースされ昨年話題を集めた『Sounds of Sisso』は、「Singeli」と呼ばれるタンザニア発祥の新しいダンスミュージックのアーティスト達をフィーチャーしたコンピレーションアルバムだったが、Sissoは若くして(現在25歳)そのシーンを担っている中核人物の一人。Singeli自体はガバやハッピーハードコアに比較されるが、平均BPM200以上の圧倒的なテンポに加え、低音よりも高音を強調して生まれるチープで意味不明なドライブ感と、ローカルな音楽エッセンスを多分に取り入れつつ、それらをハイピッチにして繰り返す催眠的ループ(Carl Stoneを彷彿とさせる?)を掛け合わせたSissoのサウンドは、西欧産のクラブミュージックとは全く異なったリズムと狂気を放っている。これはアフリカという土地固有の時間史観や、鋭敏なリズム感性から由来しているのか、それとも切迫する現実社会への何らかのアンチテーゼを示しているのか…。 その理由が何にせよ、こちらのイマジネーションを差し挟む余地もないほどに、彼の音楽は確かな強度を持って、底抜けの明るさと美しさと速さを呈している。(T)