David Wojnarowicz & Ben Neill – ITSOFOMO: In The Shadow of Forward Motion


「再発」というワードにはなぜか妙なエロティシズムを覚える。入手困難な音源のアーカイブ化という文化慈善的な側面はいちど脇に置いて、それは、既存の文脈に包摂されずに逸脱と変容を繰り返していく、なにか巨大な音楽集合体の渦めきにあえて触れ、今までの経験で図らずも重ねてきた、期待やイメージのようなものがその都度容易に覆されていく、といった自身のマゾ的行為が現前化するからなのかもしれない。過去作品の発掘は音楽の分野に限った出来事ではないけれど、創作意欲のまま制作に没頭し、欠片を遺していった音楽家たちが偶然世界中に多く存在し、無数のレーベルがそれをサルベージしてくれるおかげで、現行の作品にはない倒錯的めいた享楽をそこに見出しては、不思議な喜びを味わうことができる(少なくとも自分の場合)。
国内でも海外でもほとんど話題に上っていないのだが、先月LPで再発された『ITSOFOMO-In the Shadow of Forward Motion』も、どのような文脈からもこぼれ落ちてしまうような、得体のしれなさと強度にあふれた作品だった。これは芸術家のデイヴィッド・ヴォイナロヴィチと、作曲家のベン・ネイルのコラボレーションによるパフォーマンス『In the Shadow of Foward Motion』のサウンドトラック集で、1989年にニューヨークのザ・キッチンで初めて上演され、その後何度かアメリカ国内や海外で披露されている。ヴォイナロヴィチは映像や写真、ペインティング、音楽、インスタレーション、パフォーマンスと多岐に及ぶ分野で活躍したアーティストで、過酷な幼少時代と同性愛者としての出自を作品内に取り込んだ作風で知られ、HIIVを発症したのち37歳で生涯を終えるまで、アクティヴィストとしても活動を続けた。今年の夏に、ニューヨークで彼の大規模な回顧展が開かれ、今回の『ITSOFOMO』が約25年ぶりに再び公の場で披露されるという機会があったようだ。
電子処理化された管楽器とパーカッション、ヴォイナロヴィチの唸りにも近い低い声によって読み上げられるテキスト・スピーチ、異なる映像が映し出された4つのヴィデオクリップとスクリーン、数人のダンサー、といった複合的な要素が混交しながら、一定の速度に従ってメディアのアマルガムは加速を続けていく。作品のテーマとなる「アクセレレーション」(≒「速度」)は、思想家のポール・ヴィリリオが唱えた「ドロモロジー」に端を発したもので、前進へと駆り立てる近代資本主義以降の原理と、ヴォイナロヴィチの内省的な感情の言葉が重なりながらフィードバックし、「社会」と「個人」の狭間に生じたエネルギーが、力強い身体的な喚起を促していく。減衰することのない速度に飲み込まれ、はじめは戸惑いを覚えていた私たちもいつのまにか一要素として構成され、狂気じみた前進運動に進んで加担するようになり、やがてその場に留まることを忘れてしまう。その共犯関係をヴォイナロヴィチによって暴かれたのち、なおも流れに身を任せるか、逃れようと踠くのかは、それぞれに委ねられている。