MASSAGE MONTHLY REVIEW – 5

MASSAGE&ゲストで、5月の音楽リリースをふり返る。

C=Chocolat Heartnight, TN=Noriko Taguchi, S=Yusuke Shono, T= Kazunori Toganoki

Rachel Bonch-Bruevich – –>

Rachel Bonch-Breuvich、ソビエト連邦時代のロシアのアウトサイダーピアニスト、コンポーザー。Bandcampのページにある写真に写っているのは、袖なしのワンピースを着て、白い花の咲く庭にたたずむ女性。この人がRachel Bonch-Bruevichなのだろうか。その表情は、微笑んでいるようにも、今にも泣き出しそうにも見える。横にある木にはわずかに赤みを帯びた丸い果実がいくつも熟っている。練習曲のように次々に奏でられるピアノの音の背景には、時折、赤ん坊の声らしきものも聞こえる。しばらくすると音は突然途切れ、まったく脈略のない音が一瞬流れる。そしてまた、なにごともなかったかのようにピアノの音が流れ始める。おそらくテープの重ね録りのためだろう。なんとも雑な録音だ。それにしても、Rachel Bonch-Breuvichとは誰なのか。実在の人物なのか。この重ね録りはどういうことなのか。何もかもが不確かだ。それでも彼女の(おそらく)ピアノの音は響く。晴れた土曜日の午後、どこかの家から流れてくるピアノの音のように。時間は永遠だと思っていたころ、そもそも、そんなことを考えてもいなかったころの甘い感覚が蘇る。危険だ。そんなことをよそに、彼女のエチュードは時を超えて(おそらく)こうして流れている。(C)

Ayankoko – Kia Sao ກ້ຽວສາວ

Ayankoko は、フランス在住の音楽家/作曲家/プロデューサーでありギター奏者でもあるDavid Vilayleckによるソロプロジェクト。「Kia Sao ກ້ຽວສາວ」は、アジア系のアーティストの音楽や文化をハイブリット化するレーベル〈chainabot〉からリリースされた。電子音とラオスの伝統音楽が、穏やかでありながらどこか憂いを秘めた作品。ラオスをルーツに持つAyankoko 。サイケデリックなジャズフィージョン、ノイズ、電子音をラオスの伝統音楽や現地で録音したサンプリングとミックスさせた本作は、ノスタルジックな音響が、明るく穏やかな表情から破壊や絶望、そして希望へと展開していく。自身のルーツであるラオスへの想い、忘れてはならないラオスの歴史、現在もなお続く厳しい状況を色彩豊かな曲調で描いている。自身のルーツへの強い思い、深い歴史を自身の創造に変え明るく優しい世界観で我々を魅せていく。(TN)

KING OF OPUS – I STILL LOVE YOU FEAT. 鶴岡龍

テクノ黎明期より唯一無二の和製エキゾ・ダブへと昇華させてきたユニットKING OF OPUS。本作「I STILL LOVE YOU FEAT. 鶴岡龍」は、2018年にリリースされたアルバム「S.T.」からの7インチ・シングル・カットだ。ダブの浮遊感溢れるリズムに鶴岡龍のトークボックスが立体的に重なり、聴くものを熱帯夜でしっとり汗ばんだ時のような不思議な高揚感へと導く。一方、カップリングのchisha「macha macha」は、エキゾチックな音とシンセがコロコロ笑っているようで、穏やかな曲調がなんともかわいらしい。淡い恋心を歌った歌詞は80年代J-popとも異国の大衆歌謡とも感じられる。心地よい湿度と熱気を帯びた本作。遠く熱い国を想像して聴くのもよいが、敢えて梅雨シーズンに聴いて、幻想的なユートピア感を味わいたい。(TN)

POINTLESS GEOMETRY JAKUB LEMISZEWSKI – 2019

季節のように移ろう日々の感覚の変化に焦点を合わせながら、研ぎますように聴覚を微細に調整し、音を聴くという行為の中にある確からしさの在処を確かめる。ダンスという機能的な行為の中にも、次のステップを生み出すためには、常に未知の感覚へと飛び出していく開かれた跳躍的な態度が必要である。どのようなときも次に来るサウンドは、曖昧に広がる広大な領域から、感覚の照準を定め、触れることができる実態へと突如として形成されたものでなくてはならない。それは未知の創造というよりも、発掘にも似た行為だろう。2017年から2018年にかけてポーランドで録音されたJakub Lemiszewskiによるこの作品は、リズミカルに刻まれた低音の振動と、奇妙でありながら心地よく響くそのサウンドにより、身体あるいは感覚の中にある新たな可能性を探索する。洗練されたといってもよいほど多角的な音響と質感の楽しさが織り交ぜられながら、けして一点に収束しない多様な文脈が交雑したキメラのような異形の音楽電子音を形作っている。身体の奥に眠る未知の感覚を呼び覚ます、可能性としてのダンスミュージック。それは土地の記憶と結びつき、そこにあった歴史を改変しながら、固有の質感を鳴り響かせている。(S)

Sisso – Mateso

高校生のときの自分にとって、音楽の全ての基準は「速さ」にかかっていた。毎日謎にわき出てくるフラストレーションや虚無の感情をもろとも打ち消してくれるハードコアパンクは救世主的な存在で、速度と音量とエネルギーのマキシマムを追求する美学は、参照する見識や価値観を持ち合わせていない当時の自分にとって、極めて単純明快な存在でリアリティーにあふれており、信頼を置いて身を委ねることができた。速さに対してそんな一端のエモい感情を抱いていた自分だったが、ウガンダのNyege Nyege TapesからリリースされたSisso a.k.a モハメド・ハムザ・アレーのデビュー作『Mateso』はかつての自らの感傷を一蹴してくれるくらい、尋常じゃないレベルの速さだった。同レーベルからリリースされ昨年話題を集めた『Sounds of Sisso』は、「Singeli」と呼ばれるタンザニア発祥の新しいダンスミュージックのアーティスト達をフィーチャーしたコンピレーションアルバムだったが、Sissoは若くして(現在25歳)そのシーンを担っている中核人物の一人。Singeli自体はガバやハッピーハードコアに比較されるが、平均BPM200以上の圧倒的なテンポに加え、低音よりも高音を強調して生まれるチープで意味不明なドライブ感と、ローカルな音楽エッセンスを多分に取り入れつつ、それらをハイピッチにして繰り返す催眠的ループ(Carl Stoneを彷彿とさせる?)を掛け合わせたSissoのサウンドは、西欧産のクラブミュージックとは全く異なったリズムと狂気を放っている。これはアフリカという土地固有の時間史観や、鋭敏なリズム感性から由来しているのか、それとも切迫する現実社会への何らかのアンチテーゼを示しているのか…。 その理由が何にせよ、こちらのイマジネーションを差し挟む余地もないほどに、彼の音楽は確かな強度を持って、底抜けの明るさと美しさと速さを呈している。(T)

Interview with Staalplaat (Guillaume Siffert) 1/2

レコード屋の境界を飛び越えた、ショップ&ミュージアム&カルチャーハブ&ハプニング。 多面的DIYアートカルチャー プロジェクトStaalplaat 。

Interview by Refugees On Dance Floor

Staalplaatはベルリンにある、レコード屋。ベルリンのアンダーグラウンドカルチャーのハブかつ、いつでも新しいイメージや、音楽にフェティッシュな物質感とともに出会えるまるでミュージアムのような場所。そのアンダーグラウンドカルチャーへの懐の広さ、そしてシーンに対する、計り知れ得ないリスペクトと理解、それを拡張しようとするアイデアによって、今や世界中にDIYアートカルチャーを後押し、紹介し続ける独自の存在となっている。ジェントリフィケーションによって変わり続けるベルリンで、タフに12年間の変わらぬアンダーグラウンドな音楽と、アートへのサポートと追及を維持するStaalplaatを運営してきた、Guillaume Siffert。今Staalplaatを離れ、新しいプロジェクトに移行しようと動き始める彼に、ベルリンで、飲みつつ、蕎麦と天ぷらをツマミに2時間に渡るロングインタヴュー!!

どんな風に“staalplaat”をスタートしたの?

2006年に “le petit mignon” っていう小さな店をベルリンで始めた。すごく小さいレコード屋で、シルク スクリーン プリントや、ファンジンや、本等の、アンダーグラウンド アート、ヴィジュアルものをメインに取り扱っていて。で、ある日“staalplaat”のオーナーから、「誰か“staalplaat”を引き継いでくれる人を探してるんだけど、やってみない?」という話が来て、それでやってみようかなと。

それが2007年。それで自分の店を、“staalplaat” 内に引っ越したんだよね。で、二つの店をミックスしたんだ。それまで“staalplaat”は、基本的に音楽がメインで主に実験音楽を取り扱ってて、本や、シルクスクリーン等のヴィジュアルものはあんまり扱ってなかった。で、そこに自分が “le petit mignon” でやってた、アンダーグラウンドアート、ヴィジュアルサイドをミックスしていったんだ。その後、音楽サイドにも自分の好きなものも持ち込みつつ、ヴジュアルサイドのものをミックスし続けて行ったんだ。それに五週間に一回のペースで展示と、展示のオープンニングとしてインストア ギグを店内で始めたりしてた。それが2008年、2009年。その後、店をノイケルン(南ベルリン)に引っ越して、展示とインストアライブを続けてた。そこでは二、三年店をやってた。

その頃はどんなアーティストが展示をやってたの?

まずは何人かのアーティストのファンジンとシルクスクリーンを取り扱い始めてたんだんだよね。ベルリンって、ただたくさんの人が来るってだけじゃなく、たくさんのアーティストが世界中から集まって来る場所。彼らは店のことを前から知ってたり、誰かに聞いて知ってたりしてて、ベルリンに来ると寄ってくみたいな感じだった。ただ寄って行くだけの人もいるし、そのうち何人かは、自分のやってる作品や、ペインティングを、店に持って来るんだよね。で、いいなと思ったら、店に置いたり、そこから展示に発展していったりしてた。そんな感じで、いろんなアーティストに出会っていったんだ。それ以外にも、その頃は、ほぼ毎日どこかのコンサートに遊びに行ってて、そこで直接誘ったり。『店でオープニングやるから、ライブしない?』『いいじゃん、やろうよ』って。その頃はインストアライブってあんまり無かったら、「レコ屋でライブか、面白いかもね、やってみようか」って感じだった。

それで、店でライブやったミュージシャンから口づてで広がっていったんだよね。その後はツアーでベルリンに来るアーティストから「ライブやれないかな?」って直接連絡が来るようになったりして、たくさんオファーが来るようになった。それ後は、オファーが来すぎるようになって、ときには断ってた。単純に音が好みじゃなかったり、基本的には展示のオープニングで、5週間に一回だけだったから。たとえメールを10通もらっても無理っていう。もっとやっても面白いかなとも思ったんだけど、ライブハウスじゃないし、やることが増えすぎちゃうからやらなかったんだよね。ちょっと違うやり方でライブが出来る場所、ってところがポイントだった。その頃の“staalplaat” は地下もあって、そこでライブが出来て、アコースティックなやつなら、店の中でやったりしてた。

展示は、ほとんどのアーティストが、ほぼ誰も知らない、アンダーグラウンドのアーティスト。ベルリンのアーティストだったり、ファンジンを送ってきたアーティストを招待したり、その時の話や状況次第。それに既にたくさんのアーティストが自分のアートワークを店に見せに来るようになってた。もちろんメールからの繋がりもあるし、ベルリンを自分で歩いて見つけたのもある。ネットワークみたいなもので、店に来たことない人でも、店に来たことがある人から聞いたりとか。展示やギグやったことのあるアーティストの繋がりの中で、口づで広がっていくっていうか。ほとんどの繋がりがインターネットっていうより、実際に人と人とのダイレクトなコミュニケーションの中で出来てきてた、そこは重要だった思う。

Fully Blown Dental Reform ‎– FBDR (Tape + double-sided A3 poster)
Hedoromeruhen, H, Alkbazz - Split (Silkscreen Artprint + 7”)
Helaas - The Second To Last Plague (Tape + double-sided A3 poster)
Monno ‎– Cheval Ouvert (2xLP + Offset & Screen Printed Artwork)
Monno ‎– Cheval Ouvert (2xLP + Offset & Screen Printed Artwork)
Pokemachine, Tree People - Split (clear green 7" + 3D Artbook)
V.A. - Hans Trapp (orange 7" + double-sided screen print)
V.A. - Hans Trapp (orange 7" + double-sided screen print)
V.A. - Le Petit Mignon Vs Le Cagibi (7" + Screen printed Artbook)
V.A. - Le Petit Mignon Vs Le Cagibi (7" + Screen printed Artbook)

All released by Le Petit Mignon

今までの話が最初の6年間、2006~2012年。その後はどうしてたの?

それから2012年に、店を今の場所(Kienitzer Str)に引っ越ししたんだ。それから展示や、コンサートは一回止めることにしたんだよね。なんでかっていうと、忙しくなり過ぎたっていうのもあるし、ベルリンで同じような事をやる人が増えてきて、自分がやらなくてもいいかなって思ったんだ。ライブのオーガナイズも同じで、昔ベルリンのいろんなところでオーガナイズしてたんだけど、ほかに同じことやってる人がいっぱいいるようになってきて、オレがやる必要がないかなって。ベルリンって、いつもいろんな人がたくさんのエナジーを持ってやってくる流れがあって、もしほかにやる人がいるなら、じゃあオレは違うことをやるよっていう。ほかの大きな町だと、ちょっと状況が違ったりしてて、昔からやってる人が辞めちゃうと、引き継ぐ人がいないんだよね。だから実際にみんな、なんとか面白いことが途絶えないように続けていく。企画展をやめても、いろんな人が店に持ってきた作品で常に変化しつつ展示は続いている。常にシルクスクリーンやアートワーク、ファンジンがあるし、自分でやってる店の壁の展示は定期的に変えるようにしてる。だから常設展みたいな感じかな。

2012年に新しい場所に店を移動して、ちょっとやり方を考え直したんだね。それから6年経った今、展示や、インストアイベントを再開したのは、どうして?

元々の“staalplaat”自体が1982年に始まってて、超オールドスクールな店なんだよね。たくさんの人が店のことを知ってるとしても、若い世代は聞いたことすら無かったりする、それでどうしたら彼らに知ってもらえるかなって思って。それで、古き良き手法で古い世代も若い世代もみんな一緒に集めて、もう一回展示とインストアギグをやって、何が起きてるかを知らせようとしたんだ。ベルリンって、もの売ってお金稼ぐっていうのが難しいんだよね。みんなお金無いし。パーティーか、飲んだり食べたりする方にお金を使うっていうか。だから展示やイベントをオーガナイズしても、それでお金を稼ぐっていうよりは、何か見せて提案したり、プロモートするっていう感覚に近いんだよね。俺の場合はアーティストの提案をしてるけど、同時に店のプロモーションにもなってる。

それに今ベルリンでも、実際世界中見ても、音楽とアンダーグラウンド アートをミックスしてる店ってあんまり存在してないと思う。ベルリンでも音楽だけか、展示のオープンニングだけだったり。だ特にこの店に集まってるアートワークだったり、発信してるものって、ベルリンのどこを見ても、同じような場所は無いし、じゃあ、ゆっくりともう一回やってみる意味があるかなって思ったんだ。

12年間、ベルリンで“staalplaat”をやってて、ベルリンの変化について思うところってあるかな?

店自体はいつも山あり谷ありっていうかで、ときには全くダメで、ときには大丈夫っていう、全く予測不可能。もちろん、さらにアーティストはベルリンに集まってきてる。すでに知られてる現代アートのアーティストで、ギャラリーで絵をもうちょっと高く売りたいみたいな人だけじゃなくて、スクリーンプリントや、リソグラフ プリンティングをやってるD.I.Y.のアーティストも増えてきてる。それに既にベルリンで活動しているアーティストもここに留まってる。ほかの西ヨーロッパの大きな町と比べても、未だに安く住めるし、仕事もやり易い。でもみんなお金が無いから、売るのは難しい。前からそうだけど、買っていくのは旅行客、住んでいるのはお金の無いアーティストだね、笑。

インターネットの影響って、店に感じる?

もしオンラインショップをやってなかったら潰れてたなって思う、店とオンラインショップどっちもやらないと無理だったね。その辺がベルリンとほかの大きな町だとちょっと違うところだと思う。例えばフランスだと客がお店にちょくちょく来て買っていくみたいで、その代わりオンラインでは全く売れないらしいんだよね。でもベルリンじゃそうはいかない。だからオンラインで買うお客さんと、色々な理由でベルリンに来るお客さん、どっちも考えないといけない。例えば、単にチルしに来る人だったり、フェスティバルに来てついでに店に寄っていく人。そういう人は、1年に1回か2回ベルリンに来るだけ。ベルリンで常連って、ほぼいない、1週間に2、3回来て、レコードを5、6枚買ってくみたいな、お客さんって少なくとも“staalplaat”には殆どいない。DJ向けじゃないっていうのもあるけど。

それで最近、DJと話して、テクノもいいけどフィールドレコーディングとか、もっと変な音をビートに混ぜたらいいじゃない?みたいな。そういうのを押し始めてる。結局DJが唯一定期的にレコードを買っていくお客だからね。今時DJもデータしか買わないから、オレが言ってるのはレコードのDJ、オールドスクール スタイルのDJっていうか。テクノセットと実験音楽やフィールドレコーディング、ワールドミュージックの領域なんかのもっと幅広い音を混ぜるというアイデアを、音楽の可能性を広げる方法に気づいてもらおうと、アーティストと話したり、提案したりしている。例えば、オレはケニアの伝統音楽と現代のロッテルダム テクノをミックスしてるよとか、50年代のルーマニアの工業地帯のフィールドレコーディングと、何かとか。ビートだけじゃくて。だってビートミュージックが機能するのは明らかだから。

テクノのレコード屋っていっぱいあるし、そこ行けばいいテクノのレコードは見つかるだろうけど、でもさ、テクノ以外で何を置いてるのかって言う話。で、結局そこでスタックする。例えばテクノのパーティに行くとさ、たまに今誰がやってるかさえも中々分からなかったりする。先週どこかで誰かがやってたのを聴いたのと、殆ど同じビーツだったりさ。テクノシーンに不満を言ってるわけじゃなくて、テクノは大好きなんだよ。ただ単縦に、もしあるテクノのDJがテクノ以外なにも聴かないとしたら、一体どうやったら、いいテクノのミックスが出来るのかって話。もしやってる音楽がノイズだとしても同じ話、もしノイズしか聴かない人が、ノイズ演奏してたとしたら、面白いノイズなんて作れないと思う。一回だけのギグか、一枚のいいレコードは作れると思う、でもさ、毎回毎回同じ音だとしたら、どっかにも問題があるんだと思うんだよね。ミュージシャンが毎回同じプレイするのが好きな人もいるけど、オレは、独自の影響や、内面性の深さを楽しみにしてる。例えば、この人はいろんな音や物事ににオープンマインドに接してて、その影響からどんな風に独自の音楽を創り出すんだろうっていう。

オレがやってるのって、要はただの一件のレコード店。それに誰かを“staalplaat”でしか買わないみたいにしたいんじゃないんだよね。ウチになんでもあるってワケじゃないし。だからむしろ、もしテクノを探してたら、ウチであんまり買わないで、この店に行った方がいいよって、ほかの店を紹介したり。もしほかの音が好きだったら、あっちの店がいいよとかさ。それによって、もっと広い範囲の違う音楽に触れる事が出来ると思うし、それによってもっと自分の音楽に深く入っていけるじゃないかなって思うんだよね。そうしたら、その音が客にとってもっと実験的なるんじゃないかな。

ベルリンのレコード店 “staalplaat”をやりながら続けている、ギョーム自身の別プロジェクト、レーベル、 “le petit mignon”について話をしてもらえる?

“le petit mignon”は、オレが最初にベルリンの始めた店の名前。ベルリンに移住したのは15年前、22歳の時。その頃はめちゃ大きいWG(ルームシェア)に住んでて、最初にベルリンには一週間だけ来たんだ、もうベルリンに移住するって決めてたんだけど、まず部屋を探しに来て、その400㎡の部屋を見つけた。ドイツ人だけで10人くらい住んでて、子供がいる家族連れもいて。そんなのはフランスではまずありえなかったし、前にパリに住んでた時はルームシェアって言うと狭い部屋で二人が限界って感じだった。だから、まぁ行ってみようかなって。それで、ベルリンに引っ越したんだよね。

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それでパリから、ベルリンに引っ越したんだ。それが2006年。

そうしたら10年くらい会ってなかった友達が偶然ベルリンにオレよりちょっと前に引っ越してて、また一緒に遊ぶようになったんだよね。彼女はアーティストで写真と絵をやってて、めちゃいい絵を描く。それで、ある日オレが浴びてるのを待ってる間に、絵を描き始めたんだよね。その頃住んでるところの下の階に印刷会社があって、たまに山ほど紙を捨ててさ、よくそこからデッカい紙を持って来て。それでその絵を見たとき「うわぁ、この絵すごいねって」なってさ。それで、その友達が描いた絵はしばらく部屋壁に飾ってた。

ベルリンに住み始めて二、三ヶ月後、店を始めることを考え始めた。その頃すでに今自分がやってるようなヴィジュアルアートに関わり始めてたんだけど、まだ自分が店を始めるかどうかは、わからなかった。ベルリンでの生活を始めてたんだけど、その頃はドイツ語は全く出来なくて、いろんなものが難しくて、自分でも何をしたらいいか、わからなかった。何にせよ、もうベルリンにはいたんだけどさ。

ある日その友達の家に遊びに行ってて、そしたらその友達が友達の子供の写真を見せてくれたんだ。その友達がまたも偶然、オレの親友の一人で。その頃は周りの友達が子供を作り始める時期っていうか、その子供はその最初の一人だったんだ。で、オレはその写真を見たとき “oh le petit mignon”(小さい可愛いものって意味。) って。その後しばらくして、オレは店の名前を考え始めてたんだけど。で、ある日多分完璧に酔っ払ってて、壁に貼ってあった、その彼女描いた絵を見た時、実際これって “oh its le petit mignon” だなって思って。

そして全てが始まったんだよね。店の名前を“le petit mignon”って決めて、その友達にその絵を店のカードやロゴに使っていいかなって聞いてさ。その後、店をオープンさせて、色々やり始めて、展示もやり始めたんだ、それが“staalplaat”から話が来る前の話。その頃、自分の関わり始めたもののリリースも始めたいなと思ってたんだけど、その頃はどうやってやったらいいかとか全然知らなかった。それにいわゆるレーベルにもしたくなかったし、いわゆる本の出版社にもなりたくなかった、なんていうかそういうものの中間でありたかったんだよね。で、ミックスしてしまえば、いいんじゃんって。アンダーグラウンドの音をリリースするけど、面白いヴィジュアルサイドのアンダーグラウンド アートとカバーでミックスすることに、こだわったものにしようと。フォーマットだけでも、ヴィジュアルだけでも、音楽だけでもなく、何かその間に位置するようなものにしようと思ったんだよね。

それで、アンダーグラウンドの音とヴィジュアル アートのとミックスを、音を作るアーティストと、カバーのデザインとヴィシュアル自体をアーティストと、シルクスクリーンをやるプリンティングアーティストと一緒にコラボレーションで作って、7インチをメインにリリースするのを始めたんだ。

“le putti mignon” は、ショップの出発地点で、それがある種の出版社兼、ノンレーベルなレコードレーベルになって行ったんだよね。レーベルじゃないレーベルっていう言い方が好きなんだよね。その後は “le putti mignon” は自分がオーガナイズするコンサートや展示の名前にもなったりしてた。始めてから12年経った今でも、出版や、リリース、展示企画等を、やる時の名前になってる。後は色々な活動の、その間のどっかでトラベリングエキシビジョンっていうのを始めたんだけど。今は第三弾を準備していて、第三弾のアイデアはアーティストを集めて展示と一緒に出来るだけ遠くまで世界中を旅して回るっていうもの。今 “le putti mignon” は、そのトラベリングエキシビジョンをやる時の名前にもなってる。

その「トラベリングエキシビジョン」のコンセプトってどんなものなの?今までどこに行って、これからどこに行こうとしてるの?

トラベリングエキシビジョンは2012年に、店をflughafenstrから、今の場所に移した時に、一度店での展示とコンサートをやめた時から始まった。ちょっと働き過ぎだなと思ってた頃で、これはちょっとベルリンから離れないとダメだなって。だから個人的な理由っていうか、なんとかベルリンの外に出る方法を考えてて、 “トラベリング エキシビジョンっていいじゃん! “って思いついたんだよね。展示と一緒に旅をしたら、作品をベルリンの外に見せることもできるじゃん!ってね。アイデアは、店で人が見に来たり作品を持ってくるのを待ってるだけじゃなく、こっちから持って行こうっていうもの。一方通行だけじゃなく双方通行っていうか。みんながこっちに来るだけじゃ無く、こっちからも行くよっていう。

トラベリングエキシビジョンはオレが店でやってたことの延長線上で、変なことやってる若いアーティストで、普通の伝統的なギャラリーには当てはまらないようなアーティストにフォーカスしてて、もっとD.I.Y.のフィールドだったり。別に有名になる為にやってるわけじゃなかったり、お金儲けの為に作品を作ってるわけじゃ無いアーティスト。ただ別のやり方で普通に生きたいって人達。自分が好きで信頼できるアーティストや友達にアイデアを伝えることから初めて。店に、本やペインティングなんかを持ってきた人たちに、つながりが山ほどあったから、いろんな人や場所に話を持ちかけたんだ。最初はヨーロッパをメインに。実際、ヨーロッパ圏を旅するのって、あんまりお金がかからないしね。それで、展示と一緒に西ヨーロッパと東ヨーロッパへの旅を始めたんだ。

それで、実際一つの場所にずっと居るよりいい感じじゃん!って感じかな?これからの見通しはどんな感じ?

そうだね、でも店にいるのも、旅するのも、どっちも好きだけどね。今は、もう少し本腰入れ始めたセカンドエディションが終わったところ。サードエディションには今8人アーティストがいて、そこから2人と一緒に現地まで行って、ワークショップやコラボレーションをその場やるっていうアイデア。でも、それをやるにはもっとお金がかかるから、やれる場所を見つけるのがすごく大変。ただトラベリング エキシビジョンって言うと、ファンディングがすごく難しい。ファンディングにはもっと大きなプロジェクトが必要で、大きなプロジェクトを用意する時間がまだあんまり取れてないんだよね。だから今のところファンディング無しで、全部自腹でやってる。いい繋がりがいろんなところにあるから、もっといろんな場所に行こうと思って試行錯誤してるところ。

All images from shop exhibitions

実際今までどこに行ったの?

アムステルダム、ロッテルダム、ブリュッセル、マルセイユ、パリ、ローマ、ジュネーブ、ルビアナ、ワルシャワ、スロベニア、それに日本で東京、大阪、京都。もっとヨーロッパの外に行きたいんだけど、なかなか難しい。まぁわかるんだけど、例えば自分に置き換えてみても同じっていうか。もし誰かがオレに同じアイデアを送ってきたとしたら、一人の旅費ならなんとかなるけど、三人は無理だねっていう。だからD.I.Y.でアンダーグラウンドな場所でやるのは難しい、みんなお金無いからね。もうちょっとアカデミックな場所か、その中間みたいな場所じゃを見つけないと無理だと思ってる、でも、何だかんだ行っても結局はD.I.Y.な場所でやると思うけど。

日本は、個人的にすごく行ってみたくて、自分で行った。でも、日本に多少のつながりがあって、何人か知り合いもいた。だから日本でも展示の機会がすぐ見つかったし、人にも会えたんだよね。ヨーロッパの外でトラベリングエキシビジョンで行けたのは今のところ日本だけ。でもすっごいいい経験だった。展示でかなりの数のシルクスクリーンプリントや、多少のオリジナルペインティングも見せれたし、その後に一緒に何か出来そうな人にも出会えた。ベルリンの店用に新しい本を仕入れたり、知り合った人と、いろんな話をしたりね。

今は可能な限りいろんなところに企画を送ってる。あと今のところトラベリングエキシビジョンはフランス人が多いから、フランスのインスティチューションにも企画を送ってたりしてる。でも彼らはすごく保守的。フランスのインスティチューションは、もっと写真とかに興味があって、オレがやってるようなのは、彼らにはクレイジー過ぎて、あんまり興味が無いみたいなんだよね。まぁ色々やってみてるってところ。

とにかくいろんな可能性を探ってるってところで、最終的にお金が出なくても結局自腹で行くと思う。サードエディションのアイデアは、アーティストと一緒に旅に行ってその場で色々な相互作用を作り出すこと。それによって新しい何かを生み出したいんだよね。

Interview by Refugees On Dance Floor

Refugees On Dance Floor
無国籍多国籍フリーフォームサウンドコレクティブ、日本、ドイツ、ルーマニア、ポーランド、ハンガリー、世界中に散らばるネットワークハブをベースに、ヴィジュアル、音楽、このご時世未だにアートの力をメチャクチャ真剣に受け止め、探索、実験かつ、即興、創造、そしてアウトプットする想像集団プラットフォーム。アートサイド、サブカルチャーサイドからの社会実験、自由な状況に関わり生み出し続ける。
https://refugeesondancefloor.blogspot.com/
https://soundcloud.com/refugees_on_dance_floor

Photo by LOX, Staalplaat
Lox
https://www.flickr.com/photos/lox2/

Interview by Refugees On Dance Floor