Interview with Japan Blues

アジアの音を掘り続けるハードディガーが見つけた、「日本の憂鬱」とは。

MASSAGE /
MASSAGE / Text: Shigeru Nakamura

Japan Blues。日本をはじめとするアジアの音楽を掘り続けるハードディガーであり、ロンドンを拠点とするインディペンデント・ラジオ局であるNTSのホストも務めている。また、〈Berceuse Heroique〉や〈birdFriend〉などのレーベルからリリースを重ねながら、2017年にはついに待望のフルアルバムを自身のレーベルから発表した。ほかにもロンドンのレコードショップ兼レーベルである〈Honest Jons’〉からリリースされた浅川マキに代表される、数多くの日本の歌謡曲のコンピレーションアルバムのリリースに携わってもいる。彼の名前を知らなくても、どこかで彼の関わった作品を聴いたり、目にしている人も多いかもしれない。

彼の名前、そしていつもお面を被ってメディアに登場する彼の姿を見て、「ああ、海外の日本音楽マニアか」と判断する人も多いだろう。彼がコンパイルする音楽の多くには昭和の歌謡曲が含まれているし、なるほど確かに、多くのレーベルから日本の音楽が再発されている現在、彼の試みは「レアグルーヴ」の名の下にまとめ上げられてしまうかもしれない。しかし、彼の名義である「日本の憂鬱」には,単なる(そして懐古主義的な)「日本びいき」を超えたメッセージが隠されているとも深読みできる。彼が愛する昭和の音楽、またレフトフィールドと称される彼の音楽を聴けば、受け手を充足感に包みながらも、居心地のよい真っ白い小部屋に彼らを押し込めるような現在の日本の大衆音楽とはずいぶんと距離があるように感じるのだ。そこには情緒も憂鬱もない。さて、「日本の憂鬱」とは一体どんなものだろうか。

具体的には、彼が「憂鬱」として伝えようとするものは何か、また彼の音楽や取り組みにはどのような背景そして意味が込められているのだろうか。このインタビューはより広く彼の音楽に迫ろうとした試みでもある。彼の見る日本、そして外から見た日本を通して、音楽だけでなくより広い地点から現在の我々が生きるこの国の文化を見るためのヒントを感じていただければ幸いである。

あなたの音楽的な変遷について教えてください。日本の音楽のほかに、どんなジャンルの音楽があなたの現在の音楽スタイルを形成したのですか?あなたが日本の音楽にハマる前に何をきいていたのかに興味があります。

庭師として5年間過ごした以外は、レコード配給の現場で仕事をしていたんだ。流行り廃りや、分派が細かく枝分れしていく様子、そして小規模のホワイトレーベルから始まって、アーティストが世界的に知られるようになっていくのも見てきたよ。子どものころに買ったのは山下勉のLP。レッドブッダのシアターライブを観た後に買ったんだ。そしてその後は、ソウル、パンク、ニューウェーブ、ジャズ、サイケ、「エスニック」な音楽など、またそのほかあらゆるジャンルを覗くようになった。90年代にはハウスとヒップホップのレコードを配給しながら、DJもやっていたこともある。だけど一度もテクニカルだったことはなかった。できたらよかったのだけど、ビートはミックスしなかった。自分のターンテーブル、ミキサーを持ってなかったんだ。日本の音楽をより深く掘り始めたのは、〈Honest Jons’〉でムーンドッグのコンピレーションのために動いていた頃。ムーンドッグの最初の妻は日本人とのハーフで、ムーンドッグ周りのアーティストたちと日本の音楽スタイルで音楽的な実験を行なっていた。その時までに何度か日本に訪れたことがあったので、少しずつ日本の音楽を調べ始め、収集するようになったんだ。

ボイラールームのインタビューにて、日本への出張の時に日本の音楽と出会ったとおっしゃっていました。その時に出会ったレコードの名前、そしてなぜ、どうして印象的なものであったか教えてもらえますか。

日本への出張の際、自分でもどんなレコードを探しているのか分からなかった。そんななか今は無くなってしまった新宿のレコード店に行ったのだけど、そこでグループサウンズのいくつかのリイシューや、寺内タケシのファーストアルバムを発見したんだ。寺内タケシのアルバムは安っぽいGSのレコードより、僕の注意を引いた。特に彼の騒々しくもサーフ音楽と民謡が混ぜ合わされた音楽性に惹かれたんだ。友人たちや、東京の僕の先生、俚謡山脈の方たちに刺激を受けて、僕も熱心な民謡のコレクターになった。そしてまた山下勉へと戻って、再び彼のファーストアルバムを聴いている。

いくつかの日本のレコードをボイラールームのインタビューでは紹介されていました。それらは僕たちのような日本人にとってでさえ興味深いものです。どのように日本の音楽を掘っているのですか?

大衆的になったものも含めすべて、民謡は30年代から80年代まで追いかけたよ。民謡に誘われて、演歌や、60年代のビート音楽やサイケロック、70年代のソウル、ディスコ、ニューウェーブそしてテクノ歌謡まで聴いた。友人たちはこれらのレコードに広くみられるクリアな音や、素晴らしいスタジオ製作についてよく言及している。僕はそれに加えて、歌声に恋しているんだ。個性的な音楽であったり、何か非凡なものにいつも惹かれてしまう。同じように演歌の厳格な型、60年代の日本のロックの荒々しい喚き声、そして肩の力の抜けたはっぴぃえんどの職人らしさや、純真でありつつ散漫なニューウェーブの音から強い喜びを感じるんだ。

Discogsのように、インターネットはレアで素晴らしいレコードを掘る多くの人々に多大な影響を与えるものだと思います。日本の音楽を含めて新しい音楽をどれほどインターネットがあなたにとって重要なものかを教えてください。どのようにそれはあなたの音楽生活を変えたのですか。

新旧関わらずどんな音楽を掘るにもインターネットは決定的な役割を果たしているけれど、今は多くの人々が日本のレコードを探し求めている。だから、ebayで安値でヘンテコな音楽を探していたころと比べて、より競争が激しくなってしまった。最高の日々はもう終わってしまった。現在はレコードそのものの値段に加えて、輸送コストもとても高い。時にはレコード店で直接探した方がいいこともある。店員からオススメのレコードを教えてもらえたり、運があれば値下げしてもらえるから。3年前にNTSで番組を始めたときは、そういう知識はほとんど持ってなかったけど、好奇心だけは強かったんだ。

最初にあなたの楽曲を聞いたときに、日本の古く伝統的な音楽だけでなくYMOのようなシンセポップからもインスパイアされたものだと感じました。とりわけ、その印象はあなたのファーストアルバムで顕著なものだと思います。個人的には、さまざまな時代とジャンルに由来するものたちの美しいコラージュと感じました。あなたのアルバムの基底にあるものはなんですか。また、それらの音楽がどのようにあなたをインスパイアしたのかも教えてください。

クラフトワークからずっと多きな影響を受けているので、YMOは必然的に通る道だった。とはいえ、彼らの作品には好き嫌いはあるかな。YMOのメンバーとそれぞれのバンド外のキャリアの方がより広く、興味深いと思ってる。フロア志向のリミックスを作ったあと、より雰囲気が出るようなものにしようと考えたんだ。アーカイブの中から色々な音を引用して、楽曲の基礎を作り、そしてその場で即興的に音を作っていった。アルバムを通して聴こえる感覚として、日本の暗くてもっとも弱い部分への意識がある。それは観光的なものではなく、日本(そして世界全体)が今のような状態になったことで失った感覚を表している。アレックス・カーの著書『犬と鬼』では、日本の河川がコンクリートで管理されたことについて述べられているんだ。つまり、国を愛せば愛すほど、何を失ったのかをより実感するということ。民謡のもつドローンとリズム、五音音階、そしてほとんどの日本のポップスに受け継がれているその血統に心を奪われているんだ。

近年,日本だけでなくほかの多くの地域からの音楽がますます大きな注目を集めていると思います。個人的には,そのような音楽がある種のエキゾチックなもの,あるいは一般的なものではないからではないかと思います。しかし,あなたのアプローチはそれらとは異なるものだと思っています。何があなたの音楽をユニークなものにしているのでしょうか?

音楽において古く慣習的なスタイルに飽きてしまっている人もいる。つまり、ほかの国々の音楽から自国の音楽に興味が移っているということ。僕のアプローチはそういった人々とは違うと思っている。気まぐれなファッションの流行りに迎合するタイプではないからね。日本の音楽は「単なるクリスマスのためのもの」ではない。NTSの番組では、DJたちがうっとりしてしまうような曲をプレイするかもしれないけど、同時に洒落ているとは全くもっていえないような音楽もプレイするつもり。いつも最大限、プレイする音楽の幅をもっていたいと思っている。レコードをプレイするときも、作るときも、これまでの音楽的な影響が今僕が何をすべきかという方向性を作り出しているんだ。自分と自身のプロダクションやリミックスだと、いつも日本のものをトラックに使ったり、フィールドレコーディングやそのほかの曖昧な音を取り込んでいる。

あなたの写真を探そうと試みると、いつもお面をかぶっていることに気づきました。何か特別な理由があるのでしょうか。「日本の憂鬱」というアーティスト名から,何か特別な理由があるのかなと思ったのですが。何かあなたのアイデンティティのようなものを示すためのものなのでしょうか。

地球上の大多数の人々とは違って、僕はひどいセルフ・プロモーターなんだ。日本の音楽をプレイし広めていく仕事の中でその力を高めるように望んでいるんだけど、僕の顔がインターネット上にあることはあまり心地よくなくて。自分がやらなくても、顔をネット上にさらされることは手に負えないほどあるからね。それで、まず骨董品の張り子のお面を使ったんだ。その後、ちょっとした中毒になってしまって、大量のプラスチックのお面を買ったわけ。鬼だけではなく、ウルトラマンのお面も買ったよ。近年、ミステリーがこれまで以上に重要なものになっている。誰もかれもが何を食べたのかや日常の退屈なちょっとしたことをシェアしているからね。僕たちにはもっとミステリーが必要だと思う。

たくさんの日本のおもちゃがボイラールームのインタビューでは映っていました。音楽だけでなく,ほかの日本文化にも興味があるのですか。

怪獣にハマってたんだ。日本は独自の怪物を生み出すことに関しては間違いなく世界を牽引しているね。こういった狂気的な創造物にハマることには逆らえなかった。もちろん、古い怪獣のフィギュアがとてつもない高値になっていることは、まんだらけでみたから分かっている。僕は日本映画の熱狂的なファンでもある。最初期は、例えば黒澤明や小津安二郎、溝口健二、そして今村昌平などの60年代のアンダーグラウンドな映画から、そして今は是枝裕和の映画。彼は現代の映画監督では最良の人だよ。今の新しい作家の作品は十分には読んでないけれど、川端康成や太宰治、そして三島由紀夫にも心を奪わた。いつも日本文化と、日本史のさまざまな側面に興味をもっている。日本食については話し始めたらキリがないのでやめておこう。

日本、もしくはほかのアジア諸国の面白い音楽があればぜひ教えてください。何かレコメンドはありますか。

NTSの番組で僕が面白いと思ったものは全部聴くことができるよ。老婆が遠い島でアカペラで歌うフォークソングであれ、チンドン、もしくは子ども向けの漫画の音楽であっても僕はいつも探している。僕は韓国音楽びいきでもあるし、ほかのアジアの音楽も持っている。ほとんどは60年代、70年代のもので、ビート音楽やポップスが多い。たまに日本のアーティストの楽曲もカバーされているよ。韓国のサイケデリック・ミュージックもこれまた素晴らしいんだ。

Iku Sakanとはどのように知り合ったのでしょうか。彼のアルバムをリリースしようと思った理由は何ですか。

最初にIkuと会ったのは僕が歌舞伎町のBE-WAVEでSoi48がプレイした時だ。ちなみに新宿は音楽的にとても重要なエリアで、もちろんその歴史はすでに消えて無くなってしまったのだけれどもね。雑談している中で、彼が基本的にはベルリンに住んでいることを知ったから、ドイツに行った時に一緒に過ごしたんだ。その後、彼とPekka Airaksinenが対バンするギグをロンドンのカフェOTOで企画したよ。その時は本当に魔法がかかったような夜で、両者とも本当に素晴らしいセットを披露したんだ。そのライブの告知のために、僕はIkuに自分のラジオ番組で数曲プレイしてもらったんだけど、テンションを高めてくれるオリジナリティに溢れた曲たちにとても刺激を受けてね。それがきっかけで僕はIkuに楽曲のリリースを持ちかけてみたんだ。実際のところ、どれだけ人々が彼の音楽に興味を持つか確証はなかったのだけれど、一定の人々が熱狂的になっているのを知った時は本当に驚きだったね。今後いくつかの作品をリリースすることを予定しているよ。

https://www.nts.live/shows/japanblues

MASSAGE MONTHLY REVIEW – 4

MASSAGE&ゲストで、4月の音楽リリースをふり返る。

MASSAGE /
MASSAGE / S=Yusuke Shono, T=Kazunori Toganoki, N=Shigeru Nakamura, I=Hideto Iida, C= Chocolat Heartnight

Swan Meat – LATHE OF HEAVEN

タイトルとなった、「THE LATHE OF HEAVEN」はアーシュラ・ル=グウィンの小説から(邦題は「天のろくろ」)。オーケストレーションとサンプリングによる具体音がタペストリーのように複雑に織りなされ、一枚の奇妙で美しい物語を織り上げた作品。高解像度のコンピュータグラフィックスのような冷たい手触りの下には、暗くメランコリックな感情も見え隠れする。過去でもない未来でもない、ル=グウィンの描く世界のような見知らぬ世界へといざなわれる。(S)

A.A.L (Against All Logic) – 2012-2017

Nicolas Jaarがその名義で2枚の独創的なアルバムをリリースしている他方、〈Wolf+Lamb Music〉などからエディット集などのよりフロア向けのハウス・ミュージックのリリースを重ねてきたことは特にDJにはよく知られていると思う。そんな彼が突然、別名義のA.A.L (Against All Logic)で製作した2012年から2017年までの作品をコンパイルしたアルバムをリリースした。本アルバムの楽曲どれもがハウス・ミュージックやソウル、そしてファンクの要素を詰め込んだ(繋げた)ような上質のエディットではあるが、1曲の数分の中で生のミックスが行われているような音の差し引きや展開を楽しむことができる。またグルーヴが颯爽でありつつも奇妙に繋げられたようなポイントもあり,まるでターンデーブルの上でのレコードが滑った時のようなノイズのようにも聴こえる。躍らせることだけを考えた(リ)エディットものとは異なるオリジナリティを授ける大きな効果を持っている。単なる音の抜き差しではなく、奇妙でありあたかも計算されていないようなどこか生々しい感触がある。突然のリリースかつ別名義とあっては、Nicholas Jaarの作品ということに気づかれずに埋もれてしまう可能性もあるが、躍らせるための論理に対抗するような奇妙かつ生々しい感触を与えられる面白さを聞きのがしては勿体ないだろう。「考えずに踊れ」というメッセージではなく、「こんな音楽であれば踊らせられるだろう」といった安いロジックへの生々しくもエレガントな反抗である。別の論理がここにある。(N)

AOTQ – e-muzak

3月にスタートしたレーベル〈Local Visions〉。第1弾のコンピレーションアルバム『メガドライブ』での華やかな幕開けの次にLV-001としてリリースされたのは、コンピレーションの中でもひときわ清涼感のある“愛はタックス・フリー”を提供していたAOTQの「e-muzak」。柔らかいものでくるまれたような心地良いサウンドの浮遊感は、AOTQ自身が手がけているというアートワークのイメージそのまま。切れ目なく曲がどんどん流れてくるところが非常にBGM的ではあるけれども、そのとうとつな終わり方と次の曲までの間合いのなさはインターネットのプレイヤーで曲を視聴している時のようだと気づく。ただこのアルバムでは、その瞬間は自分でスキップボタンを押すよりも前にやってくる。(C)

Justin Meyers – Struggle Artist

ミネアポリス在住のサウンドアーティスト/映像作家であり、自身のレーベルSympathy Limitedを主宰するジャスティン・メイヤースによる新作がShelter Pressからリリース。死を覚悟するほどの大病を患った後、慢性的な身体的苦痛や治療との苦闘をモチーフに制作された前作「Negative Space (1981-2014)」が、ある時期における彼自身の心理的な投影だとすれば、「継続する日常と、限られた時間の中で、アートを作り続ける」事への「失意と疑問」を、特有の知性とシニシズムをたっぷりと効かせながら、肯定でも否定でもなく、赤裸々な独白として提示したのが、今作「Struggle Artist」だろう。唐突なカットアップや休止、不自然にフォーカスされた生活音、グラニュラーシンセシスを基調とした間延びした音色を単なる手法として「実験音楽」的だと形容してしまうのは容易だが、全体に覚えるその「もどかしさ」が、個人個人の同居する日常と現実の「割り切れなさ」と重なり合った途端、強烈なリアリズムとなって私たちに切迫する。インターネットの普及以前・以降に関わらず、「エクスペリメンタル・ミュージック」と称される類の音楽は、素晴らしい才能と熱量を持った個人達によって世界中で絶え間なく生み出され、私達はその恩恵を享受することができるが、そこに作り手の心理や思考を汲み取ることは必ずしも必要とされないし、ましてや日々大量にアップされる音源群を前にしては、不問であるかのようにも思える。だがこのアルバムのタイトルに与えられた「アーティストとしての闘い」の切実な意味を、私達は時折立ち止まって考える必要がある。(T)

Duppy Gun Productions – Miro Tape

ジャマイカレゲエとLAのエクスペリメンタルミュージック、二つの異質な音楽が溶け合うのでなく明らかに別のレイヤーにありながら共鳴している。Matthewdavidの主催する〈Leaving Records〉からもリリースのあるSun ArawとM.Geddesがモジュラーシンセを持って、現地のレゲエシンガーを見つけてレコーディングした音源が2014年「Multiply: Duppy Gun Productions, Vol. 1」としてリリースされた。その音源を軸とし、多くの未発表曲で新たに構成されたミックステープ。緩くてパンチのあるDuppy Gun ProductionsのキャップやTシャツなどグラフィックも要チェック。(I)

koeosaeme – Float

東京を拠点とするryu yoshizawaのプロジェクトkoeosaemeの新作。ニューヨークとボストンで行われた〈Orange Milk〉、〈Noumenal Loom〉、〈Squiggle Dot〉という夢のような組み合わせのショーケースへ出演も果たしたばかりで、今回のリリースはバルセロナのレーベル〈angoisse〉から。スペーシーな感触のあった前作から打って変わり、今作は削ぎ落とされた乾いた音響が印象的。箱庭のような繊細な美しさを保ちつつも、シェイプアップされた明朗さのある作品へと進化を遂げた。エレクトロニックな音色と具体音が渾然一体となって、混ざりながらもぶつかり合って強いコントラスト作り出している。異なる質感のテクスチャーが折り重ねられ、描かれるパターンの組み合わせはどこかフラットな感覚があり、これぞ今の音という感じの仕上がりになっている。(S)

水野勝仁 連載第1回
サーフェイスから透かし見る👓👀🤳

サーフェイスからバルクとしての空間を透かし見る

Masanori Mizuno /
Masanori Mizuno / Text: Masanori Mizuno, Title Image: Haruna Kawai

この連載は、二つの存在のあいだにある「インターフェイス」を一つの「サーフェイス」として切りだし、そこから見える空間を一つのモノとして扱うことを目的としている。インターフェイスは情報をモノのように扱えるようにしてくれた。だとすれば、インターフェイスを介して情報をモノのように扱うことに慣れてきた私たちには、インターフェイス以前とは異なる感覚が蓄積されているはずである。そこで、インターフェイス自体を一つのモノとして切り出して考えてみたい。インターフェイスをモノとして切り出すと、そこはモノの周囲を取り囲むあらたなサーフェイスが生まれるはずである。今回は「バルク」という概念を導入して、インターフェイスからサーフェイスに囲まれたモノを切り出してみたい。

インターフェイスが示す「表と裏とその透き間」という三つの要素をまとめて、シンプルに一つのサーフェイスとして見てみたいと思っている。表と裏という二つのサーフェイスとそのあいだの透き間という三つの要素を一つのサーフェイスとして扱って考えてみること。そこから何が見えてくるのか。「サーフェイスから透かし見る👓👀🤳」では、三つの存在からなるインターフェイスと一つのサーフェイスとのあいだを行き来しながら、アートに限定されることなくいろいろと考えていきたい。1

第0回目の終わりに、私はこのように書いた。けれど、ことはそれほど簡単ではなかった。まず当然のことであるが、「サーフェイス」のみのモノなど存在しない。モノにはサーフェイスに囲われた内部がある。『表面と界面の不思議』には次のように書いてあった。

一般に物質は表面という変幻自在の“仮面”の層をつけているといってよい。工業プロセスではその仮面の的確な把握が重要である。むしろごく薄い表面の性質が内部の物質本来の性質より重要になる場合が多い。2

ここで興味深いのは、サーフェイスが物質の「仮面」の層と呼ばれ、「物質本来の性質より重要になる」という点である。では、サーフェイスはどのように構成されているのであろうか。

表面の成分組成のほか、凹凸の度合いを示す粗度、濡れ性、光の反射・吸収特性などが代表的な表面特性である。最表面には電荷の帯電、独特の原子配列の変化、分子の吸着などがおこるせいぜい数原子分の厚みの部分がある。その厚みは気体分子の吸着層でおよそ0。5nm(ナノメートル:mmの100万分の1)、油脂などの汚れ層が5nm、さらに下の酸化膜10nm、加工による変質層が1μmぐらいなど、これは金属の値である。3

私たちがモノに触れたときの感触や見た目の印象を決める光の反射はサーフェイスで決まっている。私たちは物質本来の性質ではなく、「独特の原子配列」を持つ仮面であるサーフェイスを感覚していると言っていいだろう。しかし、サーフェイスはごく薄い最表面でしかなく、その奥には、サーフェイスと同じモノでありながら、性質が異なる「バルク」が存在している。

表面と内部の違いをとりわけはっきりさせたい時、表面に対して内部を“バルク”と呼び、表面に対する内部の特性をバルク特性と呼んで区別する。バルクとは“全体”という意味である。4

表面と界面の不思議、p.12

ここでは、「サーフェイス」と「バルク」という二つの異なる名前が一つにモノに与えられていることに注目したい。「石」や「木」において、サーフェイスとバルクとのあいだには断絶はなく、滑らかにつながっているゆえに、バルクという内部構造がサーフェイスの模様をつくりだしている。しかし、私たちがこれまで「サーフェイス」という語を使うとき、サーフェイスとバルクとのつながりは絶たれていたといえる。写真はバルクなどお構いなしにモノの表面のみを写し取るし、コンピュータ・グラフィックはモデルにモノの表面から切り取ってきたテクスチャを貼り付けている。アーティストの藤幡正樹は次のように指摘している。

コンピューター・グラフィックスの世界には、マッピングという技法があります。これは、物質の表面の色彩をそのまま画像ファイルとして保持しておき、これを3次元の物体を構成しているポリゴンに張りつけようというアイデアです。物体の色彩を、そのままその表面からいただいてきて、つくられた形状に張りつけるわけです。これは音楽の世界におけるデジタル・サンプリングと同様の技法で、利用価値はたいへん高いといわざるをえませんが、きわめて直接的な解法であって本質的な解法ではないのです。まさに対象を表面的にしか見ていないということです。5

藤幡が指摘する「対象を表面的にしか見ていない」というとき、サーフェイスはバルクから切り離されている。バルクから切り離されたサーフェイスを、コンピュータモデリングでモデルに貼り付けられる表面のデータと同じ名前で「テクスチャ」と呼びたい。ディスプレイは3DCGはもとより、画像においても写真と同じようにバルクから切り離されたテクスチャをピクセルの光によって自由自在に表示し、操作可能な状態においている。

私たちはインターフェイスを介して、テクスチャを簡単に操作しながら、モノの見え方のみを変えることに慣れていった。それはバルクとサーフェイスとからなるモノを変形させるのとは異なる感覚を生み出した。そして、そのあらたな感覚が蓄積していった結果、テクスチャというバルクから切り離されたサーフェイスを操作することが「モノ」を操作するようなリアリティを持ち始めるようになったのではないだろうか。

インターネット上のイメージやそれが作り出す空間は、もはやハッキングやコーディングによって開拓しなければならない新大陸ではない。それは単に現実を構成する一つの素材であり、素朴だがフィジカルでリアルな“物質”のような、あるリアリティをもちはじめたように思われる。6

アーティストの谷口の言葉はテクスチャで構成されていたバルクとのつながりが絶たれた表面的な世界に「素朴だがフィジカルでリアルな物質」を感じ取るようになっている証拠となろう。藤幡が指摘した「対象を表面的にしか見ていない」解法に20年近く触れてきた結果として、私たちは表面的な対象でしかなかったものに対して、「モノ」のようなリアリティを持つようになったと考えられる。それは物理世界のバルクとサーフェイスからなるモノを真似る意味では「本質的な解法」ではないかもしれないけれど、テクスチャという表面的な存在がコンピュータの処理と私たちの行為とのあいだで変形させられているうちに独自のモノ性をつくりだしたともいえるだろう。

インターフェイスは向かい合わせる二つの存在やモノが持つサーフェイスとバルクとのつながりを切断して、テクスチャにしていく。バルクからサーフェイスを引き離し、単なるテクスチャにすることで、向かい合う存在の表面のみから効率的に情報を吸い上げることを可能にしてきた。情報をやり取りするために最適化するようにバルクとのつながりを絶たれたテクスチャではあったが、インターフェイスを介してやり取りをするうちに情報、もしくは、感覚の蓄積として仮想的な厚みを持ってくる。テクスチャが元来もつはずのない厚みと、そのあいだで情報の往来の通路として機能していた「透き間」ごと切り取ると、図1のようにインターフェイスをバルクとして、そのバルクを向かい合っていた二つのテクスチャが表[おもて]面と裏面という二つのサーフェイス、さらに二つの側面、もしくは、表面と裏面とがつくる厚みで囲い込んだ一つのモノが現れる。

ソフトウェアとハードウェアとの組み合わせによって、ヒトとコンピュータとのあいだだけではなく、多くのモノとモノとがインターフェイスを介して、接続された結果として、ディスプレイを中心にインターフェイスを構成するために元のバルクから切り離されて情報のみを交換しているテクスチャの集積が、再度、モノとして切り出されるということが至るところ起こっている。そして、インターフェイスから切り出されたモノを構成するあたらしいサーフェイスとバルクとが生まれている。「ヒト」と「コンピュータ」とを結びつけるディスプレイに示され変形されているテクスチャの集積だけでなく、「物理空間」と「仮想空間」、「インターネット」と「リアル」、「こちら」と「あちら」という感じで、「インターフェイス」という言葉で異なる二つの領域を結びつけてきた領域が、何かしらの方法で切り出されて、サーフェイスに囲まれたバルクを持つ一つのモノとして扱われるようになっている。これはインターフェイスの実体化といってもいいのかもしれない。そのインターフェイスはサーフェイスに囲まれていて、私たちとの接触は絶たれた状態になり、一つのモノとして空間のなかに置かれているけれど、周囲の空間における私たちとの距離やアクセスの仕方によって、サーフェイスはバルクとして囲い込んだインターフェイスを表出するようになることもある。

前回取り上げた赤岩の「Screenshot」は、インターフェイスとサーフェイス/バルクとのあいだの変化を「スクリーンショット」で切り出していたのである。「Screenshot」で、ディスプレイのフレーム内を撮影したスクリーンショットは、私たちの行為を情報化するテクスチャとして表示されている。それは、私たちの行為を常に情報に変えるものである。赤岩がMacBook Proのディスプレイを含むかたちで撮影した「スクリーンショット」では、ディスプレイは私たちとコンピュータとのあいだで情報交換をするためのテクスチャではなく、MacBook Proというモノを構成する一つのサーフェイスとなっている。ここでディスプレイに関係するのは、外部の私たちではなく、MacBook Proというモノとその内部で、私たちが窺い知ることができないバルクとなっている。しかし、それはMacBook Proが私たちに提供するインターフェイスを内包したものである。ディスプレイはインターフェイスを内包しながらも、MacBook Proというモノのサーフェイスとなり、外部の空間とのあいだに「ディスプレイのフレーム」「机の上」「床の上」といったあたらしい関係を示す。私たちはディスプレイという一つのサーフェイスを透かして、ディスプレイにつながるMacBook Proというモノが置かれた空間を操作可能性を残した一つのバルクとして見ることになる。「Screenshot」ではサーフェイスとバルクとの関係が裏返っていて、サーフェイスの先にあるバルクがディスプレイのフレームで反転して、ディスプレイを含む手前と奥の空間がバルクとなっている。

インターフェイスという二つの主体やモノを結びつけていた関係そのものが、サーフェイスに囲い込まれてバルクとなり、モノを構成していく。このように切り出されたインターフェイスから生じるサーフェイスとバルクという異なる性質を抱える一つのモノという観点で世界を見たとき、そこには何が見えてくるのだろうか。インターフェイス以前のサーフェイスはバルクとのつながりを模様などで外部に示すものであった。しかし、サーフェイスはインターフェイスを介してテクスチャとなって、もう一つのモノや主体と効率的に情報を交換する場を構成するようになった。そして現在、インターフェイスの場から切り出されたバルクを取り囲むサーフェイスは、バルクとの微細な差異を外部に示しつつ、バルクと外部とを取り結ぶものとなっている。そこでサーフェイスを透かし見ると、その奥や手前に広がる空間が操作可能性を内包した一つのバルクとして見えてくるのである。

次回は、今回示したサーフェイスから透かし見えるバルクとしての空間という観点を具体的に示すために、アーティストの山形一生の《Untitled(bird)》、《Untitled(stingray)》というディスプレイを用いた作品、そして、《ミュータント・スライム》という透明なアクリルを用いた作品を考察していきたい。

参考文献
1. 水野勝仁「連載第0回 サーフェイスから透かし見る👓👀🤳 インターフェイスはいつからサーフェイスになるのか?」https://themassage.jp/throughsurface00/、2018年
2. 丸井智敬・井上雅雄・村田逞詮・桜田司『表面と界面の不思議』、工業調査会 、1995年、p.10
3. 同上書、p.11
4. 同上書、p.11
5. 藤幡正樹『カラー・アズ・ア・コンセプト:デジタル時代の色彩論』、美術出版社、1997年、p.81-82
6. 谷口暁彦「ググっても出てこない、ぼくが知りうるネットアートについての歴史の断片、そして最近のこと」、 IDEA No. 366、2014、p.119

水野勝仁
甲南女子大学文学部メディア表現学科准教授。メディアアートやネット上の表現を考察しながら「インターネット・リアリティ」を探求。また「ヒトとコンピュータの共進化」という観点からインターフェイス研究を行う。

サイケデリックな虹色の世界を描く漫画家Jesse Jacobsの、キュートでスピリチュアルなゲーム「Spinch」。

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Jesse Jacobsはカナダのハミルトン在住の漫画家で、精神世界への傾倒を思わせるようなサイケデリックな独特の物語を描いてきました。「Spinch」はその彼の世界観を、オーソドックスな横スクロールの8ビット風のゲームに移植したゲームです。

「Spinch」は、あなたの自身の真の形態。プレイヤーはその超高速生物となり、物質領域を超越して、Jesse Jacobsの描く虹色の、ファンタスティックなサイケデリアあふれる世界に入っていきます。ゲームの目的は無限に生まれる奇妙で不思議な形の敵を避けながら、失われた子供のかけらを救出するというもの。なんといってもこのゲームの魅力は、彼の作り出した独自の動きをする多彩なキャラクターと、それらが織りなす世界観だと思います。

まだ発売前でそのゲーム性は映像から推し量るしかありませんが、リリースは今年2018年の夏とのこと。早く体験してみたいですね。

https://store.steampowered.com/app/794240/Spinch/

Interview with Kosuke Nagata

「明るい水槽」永田康祐

MASSAGE /
MASSAGE / Text: Yusuke Shono

2018年の2月3日から18日まで、原宿のBLOCK HOUSEにて、永田康祐と大岩雄典の二人展「明るい水槽」が行われた。永田の展示は、Amazonで購入されたというプロダクトとそれが包まれていたと思しき梱包材がアクリルの台とともに設置されたもので、鑑賞者は注意深く配置された品々の間を、オーディオガイドの作品解説を聞きながら歩き回る。透明な板とダンボールの組み合わせは、Walead Beshtyの「FedEx boxes」のオマージュであることに気がついた方もいたかもしれない。

これまでも永田は、デスクトップのイメージの表層がいかに現実の空間に影響しているかという問題を問うてきたが、今回イメージを扱ったと思われる作品は「Theseus」だけで、すべての作品はオーディオガイドで語られる解説と作品をセットで体験することに鑑賞の主眼が置かれている。

提示されている内容も、コンピュータやデスクトップに関連した例にとどまらない。Amazonエコーが大量の誤発注を行ってしまったという、コンピュータが直接話法と間接話法を理解できないといった事例に始まり、商品が有名になりすぎることによって商標権が消失するというジェネリサイドという事態、水族館のイワシが、観賞用としても餌としても使用されることなども等しく取り扱っている。ここで扱われている発話やテキスト、あるいは「いわし」といったものは、時系列や文脈の層を飛び越えてそれぞれバグのような状態を引き起こしている。

次元の異なるレイヤーとレイヤーが重ね合わされた時、この混線のような事態が引き起こされる。こうした錯綜した事態を引き起こす異なる次元にあるものの「重なりあい」について、研究者の水野勝仁は自身の論文でこう述べている。

物理世界と仮想世界とは違いを排除することはなく、ただただ重なり合っていくのである。この重なり合っていく世界を強く意識して、積極的に表現していったのが「ポストインターネット」と呼ばれた状況なのである。私は前の文で過去形を用いたけれど、それらは「ポストインターネット」という言葉についてだけであり、今後は物理世界と仮想世界とが重なりあい、あらゆるものが重なり合っていく状況が自然なものになっていくだろう。
(ポストインターネットにおいて,否応なしに重なり合っていく世界)

永田の描く発話やテキストの引き起こしたバグは、水野のいう「あらゆるものが重なり合っていく状況」と、強く呼応しているようにみえる。修復ブラシツールを用いて作られた、彼の平面作品「Theseus」のようなイメージの象徴的な操作によって作られた「重なり」から、日常にある事物が織りなすあらゆる「重なり」へという転戦は、ポストインターネットというデスクトップの文化が引き起こした新しいリアリティと、それがわたしたちにもたらしたものを、より広い視野から検証しようという試みに思える。そのような状況を考察することにより、見えてくるものとは何なのか。展示「明るい水槽」を終えた、永田康祐に話を聞いてみた。

今回の展示、大岩雄典さんとの2人展でしたがどのような経緯でお二人での展示となったのでしょうか?

2017年の6月に行われた「Surfin’」という展示を一緒に行ったのがきっかけです。大岩がSurfinでの各々の作品について、永田は多層的で大岩は並列的だと、『大岩雄典・永田康祐作品の情報の物質性について、あるいは「サーフィンは崇高」』で書いています。私は大岩の指摘についてあまり意識していなかったので、その対比がおもしろいと思いました。どちらが言い出したのかは忘れましたが、それで二人展をやろうということになりました。

2人の作品に共通する点でもありますが、特に永田さんにとって、これまでの写真や立体の造作によるアプローチから、「言葉」をメインに据えた今回の展示には大きな変化を感じました。イメージから言葉へという転換を選択したのはなぜでしょうか?

もし転換があったとしたら、「Sierra」を制作しているタイミングですでにあったのだと思います。これまで、「Inbetween」や「Function Composition」、「Theseus」など、映像メディアを通じた経験における画像による表象と現実の関係について一貫して検討していました。「Sierra」ではそうした問題をより敷衍して実践しようと考えました。具体的には、OSやマルチウィンドウといったコンピュータのインターフェースにおける慣習や、それらが開発されるに至った社会的背景、実際に製造する企業のイデオロギーなどです。「Sierra」では映像メディアに限らず、そうした現代的な経験の条件を、物理的支持体や鑑賞者の認識に限らず広く扱おうとしました。今回の展示(オーディオガイド)は「Sierra」におけるこのような問題意識の連続にあります。オーディオガイドでは映像メディアではなく、ギャラリーやそこでの展示という形式=形態が対象になっています。

実は、オーディオガイド内容が選んだヘッドホンによって異なると聞いて展示には2回伺ったのです。2回の展示体験は、非常に異なったものになりました。作品自体にそのような複数の可能性が内包されているのがとても面白いと思いました。永田さんは作者、鑑賞者の関係をどのように考えていますか?

とても難しい問題なので、決まった回答は準備できませんが、基本的に作者と鑑賞者の関係を一般化して考えることはありません。各々の展示で作者や鑑賞者の権能は微妙に異なっており、その都度関係は取り結ばれるものだからです。さらに言えば各々の能動性や性格によっても異なるでしょう。監視員やギャラリースタッフに積極的に話しかけて作品についての説明を引き出そうとする人もいれば、一方で作品リストやフロアシートすら手に取らずに作品を見る人もいます。もちろん、展示に行かずSNSで内容を知ったという人もいます。作者についても同様です。作品について忠実に全て話そうと努める人もいれば、あきらかな作り話をでっち上げる人もいます。口を閉ざして、思うように見て欲しいという人もいます。

この展示に関しては、ギャラリースタッフが割り当てられておらず、自分が監視をしなければならないという条件だったので、そのことについて考えました。作者が展示室にいて、質問などがあった際に、作者本人が作品について語ることは鑑賞へ大きな影響を及ぼします。作者が在廊していることを知って、一度見た展示に再度足を運ぶ人もいると聞きます。そのことを作品の内部に組み込もうと思いました。例えばエスプレッソの給仕もそうした関係のトリガーとしても機能していたと思います。

そもそも鑑賞体験というのは一意ではないと思いますが、一方で、鑑賞者の前提によって受け取ることのできる主題自体が大きく変わってしまいますよね。その問題についてはどう思いますか?

一つ前の質問に対する回答とも重複しますが、それは条件の問題です。条件は避けられえないものですが、それについて積極的に考えることもできるし、あたり前のこととして受け入れ、問題として扱わないということもできます。作品では、オーディオガイドでの説明や作品の形態=形式的特徴を通じて幾つかの文脈を参照しています。こうした参照関係についてはなるべくその道筋をたどることができるように設計していますが、全てをたどることの難しさについても理解しています。そしてなにより、このようなリファレンスは私自身が意図しないレベルでも起きうるものです。私にとって、作品制作とは、こうした起きうるべき幾つかの鑑賞のヴァージョンを想定した上で、ある特定のレベルにおいて一定のパフォーマンスが発揮されるようにチューニングしていく作業です。それは単に「鑑賞者の前提」に限った話ではなく、作品内テキストの多言語対応や展示記録の方法、再展示する場合の検討にまで敷衍して考えられる問題です。

ナレーションの内容で描かれているような、さまざまな事例が非常に興味深かったです。事例のチョイスにはどのような配慮を行いましたか?

これといった配慮はしていませんが、単一のコンテクストに収斂させないようにということと、美術史的な意味での同時代性を無視しないということには注意しました。自分が美術作品として提示しているということは自覚的でありつつ、美術に内在的になりすぎないというバランスです。その上でAmazonというプラットフォームは便利でした。購入し展示した対象のほとんどは、私のAmazonアカウントのウィッシュリストの中から選びました。私はウィッシュリストをあまり整理していないので、私生活で必要なものと研究や制作に必要なものが混在しています。

ツイッターで、Aram BarhollやKatja Novitskova、Walead Beshtyの作品の例を引き合いに、ポストインターネットについて言及されていましたね。また今回展示会場の造作にも、輸送への問題意識が展示全体にも反映されていると感じました。こうしたモチーフにフォーカスするのにはどのような動機があったのでしょうか?

哲学研究者のルイ・ドゥーラスは『Within Postinternet Part I』のなかで「美術の文脈において、ポストインターネットという言葉は、単にインターネットによるコンテンポラリーアート全般のデジタル化・脱中心化、ないしはニューメディアの特性に対する諦めを意味していると考えられる。それゆえ、〔このような文脈において〕ポストインターネットはカテゴリーではなく、状況=条件、すなわち同時代的な美術である、ということだ」と述べています。これは身も蓋もない主張ですが、主張自体には同意します。重要なのはポストインターネットを条件と捉えることです。BarhollやNovitskovaの、インターネットアイコンやストックイメージを現実に設置〔install〕するというアプローチには、ポストインターネット的条件すなわち「コンテンポラリーアート全般のデジタル化・脱中心化」にあって物理的な作品を制作し、輸送して設置するという政治性を見ることができます。それを考える上でBeshtyの「FedEx boxes」のシリーズは重要です。また、Beshtyに関してはポストインターネット・アートにおけるミニマリズムやライトアンドスペースの影響を考える上でも重要なリファレンスたり得ると思います。

オーディオガイドでは、実際の商品と記号としての商品との間をつなぐインターフェースとしてAmazonを扱おうと思いました。そこには当然佐川急便という外部システムの労働が含まれます(それは配送ラベルによって明らかにされています)。画像やレビューを通じて見ていた対象がクリックによって自宅に配送される。そのような状況=条件自体を作品では扱っています。インターネットによって多層化した商品との関わりについては、先の質問でも指摘のあった「鑑賞体験というのは一意ではない」ということともつながる問題だと思います。繰り返しになりますが、それは作品はもちろんのこと、展示という形式=形態や鑑賞経験の条件を作品のなかで扱うという動機に基づいているということです。