ASAKUSAにて開催中のグループ展「3DRIFTS」。ゲームというフォーマットが作り出す、現実と仮想のフィードバックループ。

MASSAGE /

ASAKUSAとFederica Buzziのキュレーションによるグループ展「3DRIFTS」は Serafín Álvarez、Lawrence Lek、ゲーム開発スタジオThe Chinese Roomの3者がゲームの技術を用いて制作した作品を展示する、現在開催中(2017.7.10-8.7)のグループ展です。

3つのインタラクティブ映像からなる展示は、3Dの空間の中を彷徨いながら探検し、さまざまな形で生起するナラティブを体験していく形式が採用されています。本来遊びのために作られてきた技術を新たな芸術体験のために転用するこの試みで、制作者たちはゲームのなかにある風景や建築という現実と似た架空の世界とナラティブを結びつけます。鑑賞者はそれにより生起してくるさまざまな感覚に触れることになります。

展示場に置かれていた解説では、メディア理論家マッケンジー・ウォークの著書「ユートピア・リアリズム」のテキストに言及しながら、「すでに現実味を失った世界において、ゲーム空間があまりにも現実的に立ち現れるとき、その仮想領域が現実に影響を与えるゲーム空間は、架空の現実の認識にフィードバックの連鎖を作り出していえるといえるでしょう」と述べています。

ゲームのなかにある風景が、現実よりも強い印象を残すということはよくあることかもしれません。現実の出来事と、ゲームの中の出来事が等価になるとき、現実と仮想というふたつの世界は主従の関係を捨て、互いに記憶を通じて重なり合う奇妙な状態を作り出します。そのことで思い出すのがアーティストのJon Rafmanがインタビューでゲーム「Skyrim」について触れた次の発言です。

「将来、ヴァーチャルとリアルの差はなくなっていくだろう。実際、次世代はその二分法を理解するのはまったく困難となるかもしれない。(中略)例えば僕は、美しい夕日を見ると、よくSkyrimの夕日のことを思い出す。振り返るとそれはほんとうにすごい感覚つまり既にデジタル環境で経験した何かに遭遇することからくる既視感なんだ。」(032c

思い出すら架空の世界に紐付けられるこの時代に、ゲームという空間は現実とフィクションをよりうまく架橋する存在になりつつあるのかもしれません。現実から虚構へ、そして虚構から現実へというフィードバックループが生み出されているこの状態を活用し、その狭間のような空間でどのような表現が行われうるか、という問題提起はとても興味深いと思います。

特に、プレイステーション1のようなざらざらとした質感で形作られた荒涼とした海辺や洞窟を、ときおり挿入される断片的なナラティブを手がかりに探検する「Dear Esther」の思索的な世界は、2012年とすこし以前の作品ですがじっくりと鑑賞してほしい作品だと思いました。展示は8.7まで行われていますので是非訪れてみてはいかがでしょうか。

3Drifts
Serafín Álvarez, Lawrence Lek, The Chinese Room
12:00 – 19:00, 10 July – 7 August, 2017 *Open Sat. Sun. Mon.
Opening Reception: 17:00 – 20:00, Sunday 9 July, 2017
Curated by Asakusa and Federica Buzzi

Asakusa http://www.asakusa-o.com

Serafín Álvarez http://serafinalvarez.net
Lawrence Lek http://lawrencelek.com
The Chinese Room http://www.thechineseroom.co.uk


Courtesy Serafín Alvarez, Lawrence Lek, The Chinese Room, and Asakusa.
All installation views: Takashi Osaka Photography.

Interview with HKE

世界を変化させる夢の音楽を作り出す。
〈Dream Catalogue〉オーナー、HKEの終わりなき探求とは

MASSAGE /
MASSAGE / Text: Yusuke Shono, Translation: Noriko Taguchi, chocolat, Goh Hirose

旺盛な作品リリースによりVaporwaveシーンの一翼を担ってきたレーベル〈Dream Catalogue〉のオーナーであり、 以前の名義Hong Kong Expressをはじめとして、HKE、t e l e p a t h テレパシー能力者とのユニット2814などといったさまざまな名義で、100枚を超える作品を発表する。その彼はレーベルや制作活動を通じて「夢の音楽」を形作ることを目指しながら、新しいVaporwaveの枝葉であるHardvapourを経由し、モノクロームで独特の粒子感のある異郷の音楽を作り出してきた。特に今年リリースされた「Dragon Soul」は、シネマティックと形容される彼の真骨頂である抑制されたドラマ性がみごとに結晶化した、不安や昂揚といった抑揚を持つ複雑な内宇宙を旅するような作品だった。Vaporwaveが表現してきた都市固有の退屈の空気から出発し、シュールリアリズムやSFといった手法にインスパイアされつつ、その蒸気の隙間をくぐり抜けて新しい感触を持つ夢の世界を作り出そうとする、ベールに包まれてきた彼の活動について聞いた。

幼い頃から音楽に情熱を燃やしてきたそうですが、それはどのようなものでしたか? 聴くこと、あるいは作り出すことどちらに比重を置いてましたか?

フットボールとプロレスは別として、音楽は唯一、人生を通してずっと夢中になっていられるものなんだ。カセットテープを集めたり、1日中座ってラジオから好きな曲を録音したりしてた子どもの頃からずっと。僕の母親は90年代にハウスやガラージミュージックをたくさん聴いていて、僕もそういう音楽に夢中になった。子どもの頃からエレクトリックミュージックがすごく好きだったのはそのせいだろうね。トランスミュージックも大好きで、自分から聴くようになって熱中した最初のダンスミュージックのジャンルはトランスだと思う。成長するにつれて、IDM(インテリジェント・ダンス・ミュージック)、グライム、ダブステップ、ドラムンベース、そういうものも聴くようになっていった。UKの音楽シーンに登場したものはなんでも追っかけたよ。あえていえば、僕は常にすべての音楽を探求し続けてるだけなんだ。エレクトロニックミュージックという範囲はもうすっかり超えてしまってて、現在の、30歳での音楽へのアプローチの仕方につながってる。いたるところに散らばっている影響を引っぱってきて、自分の好きなサウンドやモチーフやトーンと混ぜ合わせて、新しい形を作るっていう手法にね。

未来主義やシュールレアリスムなど美術にも興味があったそうですが、Vaporwaveのなかにそうした美術運動と似たものを感じたのでしょうか?

未来主義やシュールレアリスムのようなものに対する興味は、何年も前に、生活の中の日常的なことに感じるフラストレーションから出てきたんだ。失業中で、完全に壊れていて、僕の未来にはなんの可能性もないとか、僕の音楽は自分が思っていたようにみんなに聴いてもらえないだろうっていうふうに感じてた。それで、その落胆とフラストレーションから抜け出すために、僕は未来主義のユートピアの中におぼれるようになっていったんだ。完結したことがないサイバーパンク小説をたくさん書いて、僕がその時いたところからは遠く離れた場所、宇宙のように感じてた香港や東京や色々な都市の動画をYouTubeでよく見てた。当時、日本や中国の文化音楽、映画、文字や文、精神性、歴史、そういったものにもすごく興味があったんだ。それらの都市のビジュアルや文化は、僕にとってはまさに現実逃避のエキゾチックなもので、そのドリームワールドに深くはまっていくにつれて僕自身の現実のものの見方も変化していった。ほかの誰かの夢に屈するのではなく、自分の夢に合わせて世界を変化させることができる、歴史上で人々が行なってきたようにできる、そういうことに僕は気づき始めたんだ。だから、未来主義やシュールレアリスムのような考えは、そんなに不可能なものでもないし、可能なことを抽象的に、夢のように言ってるだけだと思う。

レーベル〈Dream Catalogue〉を始めようと思ったのはなぜでしょうか? 活動の中でコンセプトに変化はありましたか?

ひとつ前の答えにも関係しているんだけど、〈Dream Catalogue〉自体が僕の夢のファンタジーだったんだ。さっき言ったように、自分が生きたいと思う自分自身の世界を作り出すことができると考え始めた時、それがそのビジョンを世の中に押し出す自信を与えてくれた。そうやって、“dream”は現実になっていったんだ。
スタートした時はかなり小さいレーベルだったし、実際、最初は自分の音楽をいろんな名義でリリースすることくらいしか想像できなかったよ。でも、SoundCloudでt e l e p a t h テレパシー能力者に出会った時、それはすぐに変わった。僕は彼にたずねたんだ、レーベルで何かリリースしてくれないかって。それに続いて、SoundCloudでどんどんほかのアーティストたちも見つかっていって、彼らみんなと、僕が以前「Hong Kong Express」の音楽でやっていたみたいな感じの、まったく新しいプロジェクトを始めた。その数ヶ月後には、レーベルはもう僕ひとりの虚栄のプロジェクトではなくなってた。新しいコンセプトで音楽を作っている、同じような嗜好を持った人たちが集まった小さなコレクティブになったんだ。ほんとに、僕たちは奇跡を起こしたみたいな気がしたよ。そして今、僕が薄汚れた貧乏人だった時に持っていた夢は現実になってる。もちろん、時が経つにつれてコンセプトは確実に変化してきてるけど。レーベルに関わるアーティストたちも一緒に進化しているからね。それに加えて、新しいメンバーが入ってきて、去っていく人たちと入れ代わっているし。でも、レーベルのタイムラインで見られる一番大きな変化は、これから数ヶ月のいつかで起こると思うよ。レーベルをリフレッシュするために計画していることがあるんだよね。

Vaporwaveというジャンルは頻繁に死を宣告されるジャンルでもあります。あなたもSandtimer名義で「Vaporwave Is Dead」をリリースしていますが、その頃はどのような心境だったのでしょう?

実は、たくさんの人がSandtimerのアルバム「Vaporwave is Dead」を誤解したんだ。アルバムの内容自体よりもアルバムタイトルに反応したVaporwaveの熱心なファンが多かったんだと思うけど。実際、あのアルバムはさまざまなメッセージとコンセプトの融合が含まれたものだった。でもその本質は、アートあるいは音楽の周期性を用いてメタファーとして人生の周期性について説くことだったんだ。この場合、そのメタファーがVaporwaveだった。でも、アルバムより先に「Vaporwave is Dead」っていうフレーズが、ばかばかしくなるくらいたくさん使い回された。あのアルバムでは、それを文字どおりの状態として前面に出してたわけじゃなくて、まったく違うことを言うためにあのフレーズを使ったんだけどね。事実、アルバムを通してVaporwaveについてたくさん細かく触れているから、あれを作っていた時、はっきりどういう意図なのかを言うよりむしろVaporwaveへのラブレターみたいになってるなって、僕は思ってたんだ。それなのに、シーンは僕がVaporwaveを破壊しようとしているっていう物語を作り上げてしまった。そうじゃなかったのに。

Vaporwaveについて僕が言おうとしているメッセージは、実質的に、シーンがそれ自体を壊してしまったし、外に向かうビジョンを失って、音楽シーンの泡になってしまったんだ。僕はそれでもVaporwaveが好きだったけど、僕自身Vaporwaveに別れを言う時期で、“Vaporwaveアーティスト”っていう肩書きで活動するのではなく、何か新しいことをやるために動く時だっていうことを感じていた。その肩書きは僕にとって妨げにしかなっていなかったから。その頃、Wolf(wosX、Wolfenstein OSX)と彼のEnd of World Raveでのhardvapourのビジョンにすごく刺激を受けた。彼は、急進的な新しいビジョンを持って、突然シーンに現れた。それは、僕が最初に〈Dream Catalogue〉を始めた時に持っていた情熱を思い出させてくれたし、その時僕がどれほどなまけものになっていたかをわからせてくれたんだ。それから、シーン全体がどうなっているのかっていうことも(あくまで僕の認識の仕方によれば、だけど)。まあ、あれは、全体としても14時間ほど座っている間にほとんどできたアルバムだったし、インスピレーションの爆発だったよ。終わり頃には僕は完全に狂ってたね。まったくばかげたおかしいアルバムだし、確かに、流して聴くためだけの楽しめるアルバムっていうより、アート作品みたいではあるけど、でも、とにかく、やっぱり作ってよかったと思ってるよ。

hardvapourの登場など、Vaporwaveは思いのほか多様な方向性を作り出していると感じます。あなたは今、Vaporwaveの未来について、どう考えていますか? 興味をいだいている方向性やカテゴリーはありますか?

僕の見方としては、その点では、hardvapourはもうほとんど関連がないし、それ自体のジャンルとスタイルをかなり確立していると思う。すごくいいことだと思うよ。Vaporwaveが型にはめられるようになって、なんでも入れものの中に入れようとする人々との「何がVaporwaveで、何がVaporwaveでないのか」っていう論争が激しくなる前の、Vaporwaveがもともと持っていた“なんでもあり”のスピリットを体現しているからね。そういう種類のものの考え方はきゅうくつで、すたれさせていくだけだって、個人的には思う。いわゆる決められたルールの中で活動するほうが好きなアーティストもいるっていうことは知ってるけど。hardvapourは(少なくとも現時点では)その考え方はほとんどないし、ほんとうにかつてのVaporwaveの真の進化系だと思う。もはや人々が音楽のスタイルとしてVaporwaveをほんとうにまだ追っているのかさえよくわからないよ。seapunkみたいに、単なるニッチなネットアートのスタイルになってしまったようにも思える。数少ないVaporwaveのスタイルのすごく熱心なファンがいることは知っているんだけどね。〈Dream Catalogue〉や僕が作るものを、僕は自分ではVaporwaveだとは考えてない。もちろん、初期のインスピレーションは残ってるし、僕自身も、たくさんの〈Dream Catalogue〉の作品も、それまで存在していなかった新しいアイデアを生み出して、僕たち自身のコレクティブの進化を通して、独自の“deram music”スタイルを事実上作り出したとは感じてるよ。

「Dragon Soul」の制作の背景についてお聞きしたいです。このアルバムはとても神秘的で、より深みが増したサウンドに進化したと感じました。あなたは「映画的」と表現していますが、その言葉はとても的確ですね。あなたの音楽は具体的な物語というより、映画に結びついた特定の気分が存在しているように思います。あなたにとってその「映画的」な感覚とはどのようなものなのでしょう?

Dragon Soulの話は、始めから終わりまでまっすぐ線が引けるような直線的な話とはいえない。実は、ここ数年での僕の内面についての話なんだ。それまでにやったことのある何とも似ていなくて、ほんとうに自分の魂をはだかにして、音楽と一緒にそこに置いた、そして、それに個人的な思いや感情を込めた。トラックのいくつかに呪文のようなものを織り込むことさえもやった。自分は誰なのかとか、自分の内側ではどんな風に感じているのかっていうことについてのアルバムを作ることは、たぶんそんなに目新しいことじゃない。アートのすべての形態において、一番よくあるインスピレーションだろうと思う。でも僕にとっては、それまでにほんとうに一度もやったことがないことだったから、新しいことだったんだ。僕は、自分自身のことについてよりも、何かほかのことについての音楽を作ってきた。もし過去にそういう感情を自分の音楽の中に込めていたとしても、ストーリーや物語性のようなもののうしろに隠しただろうと思う。でもDragon Soulでは、自分自身のすべてをその音楽に入れているような感じだった。やっている時は疲れる作業だったよ。でもリリースした時、信じられないくらいの量のエネルギーが返ってきたんだ。さっき言ったように、語るほど筋のある物語はないけど、あの中には僕の個人的な表現、愛、憎しみ、夢、悪夢、パワーや栄光の感情、不安や弱さ、ベッドに寝ころがって窓の外を見ている時の気持ち、そういったものが見えると思う。ただベールの向こうのHKEとは誰なのか、っていうことについてのアルバムなんだ。人生の中でひとりを除いては、誰かを自分に近づかせすぎることが僕は好きじゃないから、それでもまだ全体が極めてガードされているだろうけど。あれは、僕の個人的な炎の輪。世界全体から離れて、山の上からその世界を見下ろす僕と僕の愛する女の子についてなんだ。

サウンド自体への影響は色々なところからきていて、特定のジャンルやスタイルには属してない。僕が作り出したエキゾチックなサウンドのコンビネーションの結果として、それぞれのトラック個々に、僕の一部が反映されていると思う。“Dragon Blood”は、実際、僕が作った曲の中でも一番複雑な曲で、おそらく今までに作ったどの曲よりも長い時間をかけた曲だと思う。一見シンンプルだけど、実はそうでないな、って思う人はほとんどいそうにないけど。“Fire”はアルバム最後の曲で、僕のラブレター。“Love”はさらにパワフルな感情、愛自体についての曲だよ。

あなたはまた自分の音楽を「夢の音楽」と言っていますね。あなたがいまそのような意味で、「夢」を感じるものがありますか?もしあれば教えてください。

2013年の後半に、最初に自分の音楽を“dream music”スタイルにするっていう進化を始めた時、僕はウォン・カーウァイの映画にかなり刺激を受けていたんだ。だから、そういう意味では、ウォン・カーウァイは影響を与えた人っていうだけじゃなく、“dream”スタイルをその作品の中に封じ込めている人だと思う。彼の映画はとても音楽的で抽象的なことが多くて、ほとんどアルバムみたいで、その一方、僕は自分自身のアルバムの多くを物語的で抽象的で、まるで映画みたいだと感じているんだ、たとえこのふたつを比べてみたところにあいまいではっきりしない部分があるとしてもね。リスナーの心の中に何か絵や情景を描くことに関して、直接的ではなく、たくさんの細かい投げかけをする、そうすれば、ほんとうにいろんなものにすることができる。Hong Kong Expressっていうアーティスト名を使っていた時の、初期の作品の多くは、僕が夢見ていたはるか遠い場所への、理屈じゃない、ぼんやりとしたビジョンを投影していたんだ。僕が音楽という形で語っていたのは僕自身のファンタジーの再構築だった。今はHKEっていう名前で、空っぽの頭文字で、音楽を作ってる。取り組めるもののビジョンの範囲がより広くなってる。2016年のアルバム“Omnia”みたいに。“Omnia”は、あのアルバムを作っていた頃に見ていた一連の悪夢や幻覚のことだったんだ。それ自体、僕のほかの作品ともまったく違っていたね。

Vaporwaveのシーンであなたのもっとも記憶に残っているリリースは何でしょうか?多すぎてあげきれないかもしれませんが、もしよければおしえてください。

さまざまな名義や変名で優に100枚は超えるアルバムを作ってきた。そのすべてにひとつひとつの目的や、できるまでの過程がある。僕は自分が作るものに関して、曲単位よりもアルバム単位で考えがちなんだ。だから、そういう意味では、自分のアルバム「Dragon Soul」と「HK」が一番満足ができるものだと思ってる。ほかのアーティストの作品に関しては、幸運なことに、僕の好きなアーティストのほとんどに〈Dream Catalogue〉でリリースしてもらえる状況になっているから、僕が好きなものは、実際のところ、ほぼ全部が〈Dream Catalogue〉で僕以外のアーティストがリリースしたものっていうことになるよ。

小説を書いているそうですが、どんな設定か教えてもらうことはできますか?また今後、Vaporwaveのシーンについてテキストを書いたりする予定はありますか?

2009年からずっと小説を書こうとしていて、何年もの間、たくさんの小説を書き続けた。フラストレーションから全部バラバラにしてしまうまではね。本を書くっていうことはもう膨大な時間を要する作業で、僕はただのアマチュア作家だけど、フルアルバムに取り組むよりもずっと長くて大変な作業だっていうことは間違いなく言える。数年前に書いていたたくさんのものは、まさにシュールレアリストのサイバーパンクものだった。どれも完成させたことがないけどね。でも、〈Dream Catalogue〉でやろうと目指してることの土台には絶対になってる。実際、「DARKPYRAMID」っていう名前で作ったアルバムのシリーズは、もともとは2011年に6ヶ月練っていたものだけど書き終えることがなかった小説についての音楽的なリアクションだったんだ。数ヶ月前に「Dragon Soul」をリリースしたばかりだし、もうすぐリリースされる「777」っていうプロジェクトを終えたばかりだけど、どれも精神的には疲れるものだった。しばらくの間は小説を書くことに戻ろうと今は思ってる。最初の小説を書き上げられるといいなと思ってるんだ。またわくわくできる何かを。前のスタイルみたいにすごくサイバーパンクになるかどうかはわからないけど、もう何年もこういう種類の音楽を作ってきていることが、小説を書くための新しくて、さらにオリジナルなアイデアを大量に与えてくれてる。いろんな名義でたくさんのキャラクターを作ってきて、頭の中にはそれらの背景の物語がある。興味を持ってくれる人たちのために、そのうちのいくつかを出してみることは、おそらく良いことなんじゃないかなと思ってるんだ。

2814 の「新しい日の誕生」や、「Dragon Soul」はレコードのリリースも果たしましたね。レコードをリリースしようと思ったのはなぜですか?

僕が初めてフィジカルで音楽をリリースしようと思った理由は、ほんとうに〈Dream Catalogue〉のファンからのリクエストをすごくたくさんもらっていて、それに応えたっていうだけだったんだ。もともとそうしようって思い描いていたことではぜんぜんなかった。でも、僕たちの音楽のファンはフィジカルなメディアで音楽を収集することを楽しんでくれてる。2814のCDのリリースから始めて、それから要望があってカセットを出した。その1年後ぐらいに2814をもう一度出したんだけど、今度はレコードでリリースした。その時以来、新しいアルバムをどれもレコードで出せるところまで成長できた。今年の夏以降も何か起こるのを見られると思うよ。最初に始めた時は、そうなると思ってもいなかったところまで、みんなに助けられてレーベルは成長してきてる。それは、すべて僕たちと僕たちの新しいリリースを応援してくれている人たちのおかげだよ。

HKE https://hkedream.bandcamp.com
Dream Catalogue https://dreamcatalogue.bandcamp.com

Romero Report 1 x 1: 02
Everyday, Today [Kenta Cobayashi] x [Terrell Davis]

日本とアメリカ、2つの視点から表現を比較する。

キュレーターChris Romeroによるシリーズエッセイ第二回。

Chris Romero /
Chris Romero / Text: Chris Romero, Translation: chocolat, Support: Masanori Mizuno

今回のエッセイでは、新進のアーティスト小林健太(デジタルツールを用いて画像処理を施すフォトグラファー)とTerrel Davis(生活を取り巻いている人工的なモノを3Dレンダリングした画像を制作しつつ、幅広い分野にわたって活動するアーティスト)の作品を見ていく。彼らは写真技術や技法を使用して画像にさまざまな効果、編集、操作を施している。小林とDavisは常に動きのある世界をとらえていいて、それは現実的であると同時に、人工的な世界なのである。

現在の肖像を示そうとするコンテンポラリーアートは、しばしば儚いものである。コンテンポラリーアートはデジタルカルチャーの存在を無視できるものである一方で、セルフィー、ミーム、バーチャルリアリティやPhotoshopが描くグラデーションといったものをいち早く取り入れた作品もある。しかし、これらのアプローチは短絡的で偏ったものであるようにも感じられる。しかも、リアルとデジタルといったテーマは人気ではあるが、極端なものが好まれ、ふたつが微妙に混ざり合っている曖昧な部分は見過ごされていることがほとんどである。小林とDavisは現実世界と人工的な世界とのあいだにある領域を探求しており、それはネット接続された僕たちの奇妙な自己をよりよく映し出したものになっている。

東京を拠点とする小林はiPhoneを使用して、日常生活、彼自身や友人たち、身の周りのものを撮影する。撮影した写真のなかで好奇心を刺激するものがあると、小林は写真をフォトプロップスなどのツールで編集する。画像に映るネオンサイン、窓のブラインド、人物といったものに染みやにじみのようなものがつけられたり、それらがつぶされたり、引っぱられたり、ひっかかれたりして、あたらしい次元に突入していく。この染みなどがつくる歪みが日常生活のどこにでもあるありふれた風景を再定義する。編集された画像が、僕たちの生活において言葉で言い表せない側面を示すメタファーとなっていることは間違いないだろう。それは僕たちが見ることはできないが感じているものであり、あわただしい都市を彷徨うなかで感じる目眩や目を離しても心のなかに留まり続けるネオンサインのぼんやりした残像のような存在なのである。小林は映像、zine、VRをベースとした作品の制作も行なっており、現代に生きている私たちの生態系を探求し続けている。

ニューヨークで活動するDavisはインターネットで入手した現実世界のモノを使って、3Dの静物画を制作している。さまざまな文化や地理的境界を超えて集められたモノには、たまごっちのような時代遅れのテクノロジー、ブランドものの香水ボトル、ニューヨークのメトロカード、日本のスナック菓子、綺麗な花束といったものがある。3D編集ソフトによって、モノには新しい色調と彩度を与えられ、鮮やかな光を放つ作品に組み込まれていく。モノのもつ独特の空気を明確にすることで、作品はコンセプトである「もののあはれ」を示すようになる。モノはつかの間の存在であって、生活のなかに現れては消えていくことを、僕たちは知っている。同時に、モノはそれぞれ特徴を持っている。Davisはモノを見えるままに見せるのではなく、編集技術を駆使して、モノの別のあり方を見せる。モノは僕らが望む、あるいは、心のなかに思い描く状態により近いように見えてくるのである。

小林とDavisの作品における類似点は、僕たちが見過ごしがちな周囲のものごとを観察し、作品に取り込んでいることである。いくつかの点で彼らの画像編集方法は、デジタル化された日々の生活でのリアリティをそのまま見せるのではなく、リアリティがどのように見えるのかに対しての解釈を提示している。それはにじんでいたり、輝いていたり、鮮やかでいきいきとしたものである。もちろん、彼らが主題としているものは様々である。小林が人や場所にフォーカスする一方、Davisは過去と現在を同時にもたらすモノとインターネットを作品のリソースとして、それらから派生する哀愁や共感を作品の主題に置いている。主題としているものが対照的であるにもかかわらず、ふたりとも日々の生活や日常的なものの見方を解き明かすことに関心をもっている。小林とDavisは「すべてのもの」を異なったフィルター、あるいは、異なった見方を通して見せるのである。

(left) Kenta Cobayashi, Line, #smudge, 2016. (right) Terrell Davis, Pride 3, 2017.

スナップ写真と染み

小林とDavisの作品制作には、ふたつのポイントがある。1つ目は、現実世界にあるものを捉えるスナップ写真という点である。2つ目は、スナップ写真を独特で異質なものにする染みのようなものである。日常的な写真は彼らの作品とは異なっている。撮影と編集は誰でも行なうことができるが、僕たちは画像にクリエイティビティの欠如を見続けている。だから、屋上で過ごすリッチな人々、東京スカイツリー、ニューヨークの薄っぺらな食べ物といった画像が何百枚も存在しているのだ。幾度となく、これらのイメージにはおなじみのフィルターがかけられ、編集されて、何か意味のあるものを見ているような気分を作りだしている。それらの画像はすぐに目の前から消え去り、デジタルというエーテルのなかに格納されていく。このありふれた日常の画像は過度に思わせぶりで、現実味がなく、落ち着きがない広告の画像と混じり合って表示されている。このように、僕たちが日常生活で生み出す画像と見ている画像は、ありふれた現実と手の届かない幻想との間で引き裂かれているのである。小林とDavisは、これらふたつの極端なもののあいだの領域を前面に出すように画像と日常生活にアプローチする。そこでは、僕たちのリアルの生活とデジタルの生活が並行して進行している。彼らが観測し、編集する風景は躍動感や活力があるように見えたり、目を引いたりするかもしれない。しかし、それはいつものモノや場所、散らかった机の上や公園に座っている友人などの画像である。日常はあらたな目的を与えられる。小林とDavisはつかみどころのなく、超高速で人々が互いにつながれていく社会をとらえている一方で、スローな部分や個人の場所がもつ親密さをまだ社会は含んでいるのだということもはっきりと示しているのだ。

僕たちの現在そのものをスナップ写真でとらえることは難しい。僕たちは、ステータス通知と新しいテクノロジーをとりつかれたように気にしながら、高速で未来へと移動している。しかし同時に、インターネットは過去と現在のどちらをも保存する。Davisの画像の構成方法はこのことを示している。彼の作品では、過去のモノと現在のモノとが混ざっている。モノに境界はない。高価な水差しがマライア・キャリーのCDの隣に置かれ、ノキアの旧型の携帯電話がフラワーアレンジメントのなかに置いてある。モノたちは動かないが、光を発しており、また、光を反射している。それらは儚げであり、同時に、時間のなかに閉じ込められているようでもある。美術史的な観点から静物画に関して述べると、Davisが作り出す作品の構成方法は僕たちの現代生活の様子と一致していると言える。その構成は、まるで僕たちが自分の机を見ているかのように上から見下ろす眺めであることが多い。自分に向けて輝きを放っている好きなものに囲まれたなかで、カギを探したり、携帯電話でメールやメッセージに返信しようとしたりしている瞬間を示しているである。

小林の写真についての考え方は、これまでの決まったやり方にしばられないものだ。主にiPhoneを使うことによって、彼が撮影できるものに限界が生まれる。iPhoneではフラッシュ、ズーム、持ち方が限られてくるからである。しかし、iPhoneを使うことは写真に新しい可能性をもたらす。パーソナルなデバイスを使って写真を撮ることで、予測できない瞬間を撮ったりすることができる。例えば、渋谷の交差点の写真は何百万枚も存在しているが、もっとずっとダイナミックでエモーショナルなシーンを作るために、小林は画像を編集する。指先ツールは撮影しただけではとらえることのできない、画像の性質を引き出すメソッドとなる。小林は写真を撮るという一連の動きのなかでヴィジョンを見ており、そのヴィジョンが可能になる方法を考えている。起こったままにそのものをとらえることには意義がある。しかし、編集のプロセスを通すことは、出来事に付随する感情をとらえるということなのである。指先ツールがつくる染みやにじみは、僕たちが画像を見て直接思い出すことはできないが、記憶として感じることができる部分を表現するのである。


Terrell Davis, Pride 4, 2017. Kenta Cobayashi, City (Kuala Lumpur), #smudge, 2015.

物質世界に生きる

Davisはモノを記録することでモノの記憶をつくり出す。一方で、小林は瞬間をとらえ、それがはかなく消え去るものであることを示す。しかし、どちらのアーティストもモノや人や風景をとらえることと編集することを通して、デジタル時代が発する感覚や空気を明確に描き出している。コンテンポラリーアートにおいて、ここに彼らの作品の重要性がある。小林とDavisは日々の出来事、モノ、日常の行動、場所、人々といったものを現在の名残り、あるいは、現在の人々が行なったことの結果であるかのように見ている。彼らの作品はモノ、こと、そして、僕たちが見過ごしがちな生活のなかで起こる相互作用を示す作品なのである。小林がクアランプールをとらえて画像にするとき、デジタル化されたメガロポリスの流れや携帯電話でメッセージのやり取りとする群衆ひとりひとりの動きが示されているのだ。Davisにとって現在をとらえることは、つかの間の儚さをとらえることであり、その作品はノスタルジックな感情や儚さを示しているである。時代遅れとなったテクノロジーが彼の画像のなかで復活する。しかし、それらは生花やスナック菓子といった傷みやすいもののなかに置かれている。皮肉なことに、Davisはこうした画像を、モノたちの魂を永遠に保存するインターネットを通して入手しているのだ。

Terrell Davis, 2016.

もうひとつ、どちらのアーティストもテレビゲーム、あるいは、少なくともテレビゲームの美的感覚に関心が高いということが、作品のインスピレーションとしてあることを指摘しておかなければならない。ふたりとも90年代生まれなのだが、90年代はおかしなゲームやアメリカと日本との文化交流が多い時代だった。Davisの作品で特徴的なのは、懐かしい日本のゲーム機が含まれていることだ。ゲーム機はたまごっちだったり、ファイナルファンタジーがプレイされているPSPだったり、ドリームキャストだったりする。僕は小林ともゲームの話をしたことがあり、特に「キッドピクス」についての話をした。マリオペイントに似たゲームであるキッドピクスは、へんてこな編集ツールが豊富で、驚くほど独創的な柔軟性で画像を描くことができるものである。コンテンポラリーアートの世界では、アーティストの過去の出来事や生活は作品から除外されている。しかし、Davisや小林のようなアーティストにとっては、過去と過去のなかでアクセスできたものが、彼らの現在に明らかに影響を与えているのである。

現在、僕たちはメッセージをチェックすることや現実世界でデジタル画像を眺めることに多くの時間を費やしている。デジタルワールドに入って、その光景を見ることもふつうのこととなってきている。僕たちが見るもの、触れるものすべてにデジタルのフィルターがかけられている。小林とDavisは、現在のリアリティをかなり違ったかたちで見ていると僕は思う。彼らの作品は、リアルとバーチャルのあいだに存在しているものを僕たちに見せるための観測行為なのである。彼らは、世界がほんとうはどのようなものであるかを見るための、より良い方法を差し出しているのだ。それは可塑性があり、編集ができ、カスタマイズ可能で常に変化していて、さらには、ダウンロード可能で、アクセスしやすく、どこにいようと関係ないものなのである。

Kenta Cobayashi, solo exhibition Insectautomobilogy / What is an aesthetic? @ G/P gallery, Tokyo until 8/12.
Cobayashi and Davis are featured in Forever Fornever, a group exhibition curated by Chris Romero at Rhode Island College, Oct 5 – 28, 2017.

Instagram: Kenta Cobayashi [@kentacobayashi] / Terrell Davis [@nikewater]
 

クリス・ロメロ
現代アートとデジタルカルチャーに関心を持つキュレーター、ライター、アーティスト。キュレーション、アーカイビング、ビデオ、写真、イラストの要素をさまざまな領域にわたるプロジェクトに取り入れている。そして、何がアートであり、何がアートではないのかといった厳密な概念を壊すコラボレーション的な活動を行なっている。新進のアーティストとの取り組みや、一風変わった、これまでにはないプロジェクトの製作、文化的、地理的な交流の開拓などに特に関心が高い。今後のプロジェクトには、国立近現代美術館でのソウルの若手研究者育成活用事業の促進、プロビデンス市のロードアイランドカレッジでのエキシビションForever Foeneverの開催、そして、the Wrong Biennaleのためのオンラインエキシビションのキュレーションなどが含まれる。

www.romerochris.com
ig: @cromeromero

 
 

水野勝仁 連載第11回 モノとディスプレイとの重なり

光/絵具で塗りつぶされたディスプレイ
エキソニモ 《201704EOF》、《A Sunday afternoon》

Masanori Mizuno /
Masanori Mizuno / Text: Masanori Mizuno, Title image: Akihiko Taniguchi

エキソニモの個展「Milk on the edge *」で展示されていた《201703EOF》、《201704EOF》、《A Sunday afternoon》はそれぞれディスプレイを用いた作品であることは間違いない。しかし、これらの作品のうち、《201704EOF》、《A Sunday afternoon》はしばらく見ていると「ディスプレイ」の存在が危うくなってくる感じがある。《201704EOF》のディスプレイは全面が青く塗りぶされたように光っており、9つのフレームが青い光に浮かぶ黒い枠線のように見えてくるし、《A Sunday afternoon》のディスプレイは白色、水色、緑色などの絵具で塗りつぶされており、光の明滅がつくる映像は見えなくなっている。このようにエキソニモの新作は、ディスプレイが「ディスプレイ」として機能するために必須だと考えられる「映像」がなくなっているような感じを見る者に抱かせる。そこでのディスプレイは光で塗り潰されるとともに、絵具でも塗り潰されている。「塗り潰されたディスプレイ」は何を示しているのだろうか。

フレームを光に寄せる

201703EOF》は単体のディスプレイに動きのある映像が表示されているのに対して、《201704EOF》、《A Sunday afternoon》は複数のディスプレイが用いられていて、映像を含めて作品で動きを示すものがない。このことから、《201703EOF》はディスプレイ単体かつ映像に動きがある《Body Paint》、《Heavy Body Paint》から《201704EOF》、《A Sunday afternoon》へと至る過渡期の作品だと考えられる。《Body Paint》と《Heavy Body Paint》では、ディスプレイの光がヒトとビンとを表示しつつ、フレーム内のその他の部分が絵具で塗りつぶされていた。その結果として、光とモノとのあいだで揺れる境界線上で、光がモノに擬態していく様子が見られた。《201703EOF》ではシンプルにディスプレイの黒いフレームが光とモノとの境界線として示されている。ディスプレイの内と外とを区切るのは、フレーム本来の機能である。しかし、ディスプレイの裏側につけられたLEDライトが光り、ディスプレイ裏側の壁が照らされるということが、フレームを通常とは異なる条件に置く。ディスプレイの表と裏からは異なる色の光が放射されているため、フレームはふたつの色の光に挟まれているように見える。

201703EOF》のディスプレイ中央部には何も映っていないけれど、ディスプレイの縁に沿ってフレームを照らし出すような赤、青、緑といった色が緩やかな移行を繰り返している。それと呼応するように、ディスプレイ裏側の光も様々な色へのトランジションを繰り返している。フレームを挟むふたつの光のトランジションを見ているうちに、ディスプレイ周囲のどこに焦点を当てて見ているのかわからなくなっては、瞬間的に意識がフレームに集中することが起こる。しかし、しばらく見ていると、また作品のどこを見ているのかわからなくなる。このような意識の揺れは、ふたつの異なる色のトランジションがとらえどころのない感じで繰り返され、その光に挟まれたフレームが動くことない確固としたモノとして目の前にあるから起こるのだろう。《Body Paint》と《Heavy Body Paint》はディスプレイを塗りつぶした絵具と映像との境界線が揺らぐことで、光がモノへと擬態するような認識のバグを引き起こしていた。《201703EOF》では逆に、色のトランジションを繰り返す光が、ディスプレイの最も外側にあり、モノとして動くことのないフレームを挟み込んで、光の領域に組み込もうとしているように見えるのである。

視覚のルールでは、光があるときだけ物が見える。この不動の視覚典範が、テレビでは完全に破られている。われわれは経験に照らして、そのルール破りを直ちに見破る。一方視認的には、テレビ画面は、光色をもつことによって、家具より前に突出する。だがその瞬間、画面周囲を囲んでいる四角形、つまり〈窓を演出するフレーム〉を認めた脳は、光色画面の突出する事実のほうを否定して、正常位置に後退するよう訂正することを知覚に求める。その結果われわれが認めるのは、光色画面が、前に出て見えながら、前には出ていないという、知覚的横車の状態である。その矛盾作業は眼のレベル(光学反応)と脳のレベル(認知)の軋轢であって、過大なストレスの一因となるのは当然のことである。1

201703EOF》を考える前提として、「色」という観点からヒトの感覚を人類史的スケールで論じた小町谷朝生が指摘したテレビの映像とフレームとの関係を参照したい。ここでのテレビはブラウン管であるが、液晶ディスプレイもブラウン管と同様に表面が光っており、その周囲にフレームがあることは代わりがない。むしろ、ディスプレイそのものが「窓」そのものになっているといえるため、小町谷の指摘がより当てはまるフレームに囲まれた光る平面ができたといえるだろう。小町谷が指摘する通りフレームはディスプレイ内部の光と物理世界のモノとを分けるものである。しかし、ディスプレイのフレームは厳然とふたつの世界を分けているとは考えられない。その理由は、フレームの素材であるプラスチックが示す色の特性にある。小町谷は別の著書でプラスチックについて次のように書いている。

我々が目にする日用品のプラスチックスは、肌がつるつるで透明感がある色をもっている。そのような性質の対象は表面がよく見えない。それだから、色だけがポンと見えてくる。通常、物体は形と色と肌とがいっしょに目に入る。その状態は、不透明色な物体の場合によく認められる。だが、プラスチックスのように透明色めいていて表面がよくつかめない対象の場合は、物体の形態から色調が遊離して感じられやすい。つまり、形と色とが分離して見えやすい対象なのだ。不透明色の場合に一つであった色と形は、このように透明色では二つの要素に分化する。その分化し遊離化した色彩を、物体に所属する色を「物体色」と呼ぶのに対して、「情報色」と呼ぶことにしよう。その言葉を使って言えば、プラスチックスは物体色であるよりは情報色でありやすいのである。このような物質は、ガラスのようにほぼ透明なものを別とすれば、今迄の生活物品のなかには出てこなかったのである。少なくともこのようには大量にはなかった物品である。その点が視覚作用の観点からは実に興味深いわけである。2

小町谷はディスプレイのフレームがモノとして担っている光の平面を押さえる役割とプラスチックの性質とを接続しなかった。けれど、液晶ディスプレイのフレームはプラスチックでできているならば、このふたつは合わせて考えみる価値があるだろう。コンピュータと接続されたディスプレイが物体から遊離したRGBの数値で指定可能な文字通りの情報色を表示し、その光をモノでありながら情報色に近い色を示すプラスチックのフレームが取り囲んでいる。このことから、フレームは確かに光とモノとの世界とを分けるものではあるけれど、同時に、光からモノの世界へ、逆に、モノの世界から光の世界へと、ふたつの世界を情報色を経由して、トランジションさせる緩衝地帯として機能しているとも考えられる。

201703EOF》でトランジションを繰り返しながら画面の縁を彩る様々な色の光は、フレームよりも前に出ようとする。しかし、ディスプレイの黒いフレームが表面の光を枠内に抑える。このときすでに、ディスプレイと接する黒いフレームのモノ性は情報色を経由して、光側に引き寄せられている。さらに、《201703EOF》ではディスプレイの裏側からも光が放たれている。この外側からの光もまたディスプレイ表面の光を後退させようとするフレームを光の領域に引っ張るのである。両側を光に挟まれたフレームは光の平面が前に出てくるのを抑えつつも、そのモノ性は表裏両面からの光に融解していく。そのような状況のなかで、ディスプレイのフレームは表と裏との光に挟まれて、鮮明な黒色を示すようになる。それは光を発せずに何も映すことがない画面中央部よりも鮮やかで透明感あふれる黒であり、フレームが光の領域に引き込まれていることを示すのである。しかし、色のトランジションを繰り返しながら、朧気な輪郭を示す光に挟まれたフレームは動くことがなく、明確な輪郭を示し続けてもいる。フレームはモノ性を光側に引寄さられながらも、不動という点でモノとしてあり続けているのである。《201703EOF》のディスプレイのフレームはモノと光とのあいだで揺れ動いている。だから、この作品を見る者はフレームを含んだ光がつくる情報色の曖昧な領域のどこに焦点を合わせればいいのかわからない状態と、モノとしてのフレーム自体に焦点が合ってしまう状態を繰り返すことになるのである。

世界を独自の濃度で見せるディスプレイ

モニターの画面全体を覆う青い映像と、背面を照らし出す青いLEDライト。モニターの中にあるデジタル・イメージと、物質世界を照らし出すLEDライトが発光することによって、その間にあるフレームを照らし出し、現代人がとらわれている枠組みそのものを浮かび上がらせる作品。3

エキソニモは《201703EOF》でフレームをモノと光の領域のあいだに移した。その発展系と考えられる《201704EOF》は、9つのディスプレイで構成され、ディスプレイは表と裏から青い光を放ち続けて、ディスプレイ表面はもちろんのこと、裏側の壁までも青色で塗りつぶしているような作品になっている。「塗りつぶし」は、エキソニモが《Body Paint》から用いている手法である。

ペインターがディスプレイにペイントする場合、多くの場合はその人が別のメディアにペイントしていたスタイルの延長として行なっている場合が多く見られます。エキソニモに関しては元々ペイントしていないので、ペイントスタイル自体がありません。そんな中、選んだ方法は「塗りつぶす」という方法です。一番最初にこのやり方で作った「Body Paint」では、まず人間の体をボディーペイントしてから撮影し、その映像を映したモニターの、人間以外の部分(余白の部分)を同じ色で塗りつぶすという方法で制作しました。4

塗りつぶす」という手法から考えると、《201704EOF》の方が《201703EOF》よりも《Body Paint》や《Heavy Body Paint》に近い作品となるだろう。しかし、《201704EOF》には映像に動きがない。その代わりに、作品が複数のディスプレイで構成されるようになっている。9つのディスプレイを配置して、その表と裏から放たれる光を重ね合わせて、単体のディスプレイを超える領域を青い光で塗りつぶす。複数のディスプレイには各々フレームがあるけれど、それが作品全体の境界ではなくなり、青い光がつくる曖昧な境界が生まれている。9つのディスプレイの各フレームは、より大きな青い光の平面のなかに組み込まれている。

エキソニモは《201703EOF》で掴んだフレームを光に寄せる技法と「塗りつぶし」とを組み合わせて《201704EOF》を作成したのだろう。だから、《201704EOF》は複数のディスプレイを用いて、映像も動きがない青一色にすることで、ディスプレイのフレームを跨いだより大きな領域を塗りつぶした平面をつくり、モノとしてのフレームが作品全体の領域を区切ることを無効化する。《201703EOF》はフレームを境界として、見る者の意識がモノと光とのあいだで揺れることになったけれど、《201704EOF》ではフレームと映像とのあいだでの焦点の切り替えが起こることがなく、一面の青い光を見ているという感覚になる。そこでは、フレームのモノ性がほぼ青い光のなかに融けて出してしまい、青い光の一区切りをしめす黒い線となっているように見える。

201704EOF》には、2種類の光の平面が生まれている。ひとつはディスプレイの光がつくる情報色から生じている9つの平面であり、もうひとつはディスプレイ裏側のLEDの光が壁の物体色をLEDの青い光で塗りつぶして情報色に近い状態にした平面である。9つの情報色の青い平面とLEDがつくる情報色もどきの青い平面とが重なり合って、ディスプレイのフレームを超える青い光がつくる情報色の平面が生まれる。そこで、フレームはディスプレイ前面の青い情報色とディスプレイ背面の青い情報色もどきに挟まれている。ディスプレイ前面の青い情報色からみれば、フレームは物体色にちかい情報色であり、ディスプレイ背面の情報色もどきからすれば、同じような情報色もどきとして存在することになる。そして、これらの情報色と情報色もどきのふたつの青い平面が映像として動かないがゆえに、《201703EOF》で成立していた光と黒いフレームのモノ性との対比が成立しない。だから、《201704EOF》のフレームは青い情報色を示すふたつの平面がつくる大きな青い光の平面のなかにモノ性を強調することなく存在し続ける。すべてが情報色にちかい青い色でつくられた平面は、9つのディスプレイを含むそれ自体がモノから逃れるような透明感に満たされている。そして、透明感に満ちた青い平面に9つの黒い枠線が描かれているように見えるのである。

201704EOF》では、モノと光との緩衝地帯として機能するためのフレームのモノ性が放棄されつつある。それでもなお、フレームは黒い枠線としてディスプレイの情報色と壁の情報色もどきとを分け続けている。ここにフレームの役割が示されている。フレームは内と外との区別をつくるけれど、緩衝地帯としてディスプレイの光と物理世界の光とを接続していく。フレームの内と外とで別々の世界が展開しているが、フレームがなければ、これらの世界は単に混ざり合うだけである。フレームがあるから内と外との区分けが生まれ、そこから平面が生まれ、平面からその表と裏とが生まれていく。フレームがあるから複数の世界が共に存在し、重なり合うことができるようになる。フレームは単に内と外とを区切る「縁」ではなく、異なる世界を重ね合わせる枠としても機能する。フレームは「重なり」をつくるインターフェイスなのである。

しかし、《201704EOF》で、エキソニモはフレームが分けたふたつの世界をひとつにしてしまう。フレームの世界を分ける機能を前面と背面からの青い光でハックして、フレームの内と外とで区切られた世界を両側からの光によってひとつに接続するのである。ここでのフレームは区切るモノではなく、フレームのなかを覗くモノになっている。「覗く」といっても、《201704EOF》の9つのディスプレイのフレームは別の世界を見るための「ウィンドウ」ではない。ディスプレイは眼鏡やルーペのように世界に重ねられているのである。ディスプレイ毎に背面の青い平面の一部を別の見え方に変えるため、見る者はディスプレイを透して、9つの異なる濃度の青色を見ることになる。このとき、ディスプレイはルーペのようにそれ自体は透明な存在となり、その表面に何かを示すのではなく、フレームの向こうにあるひとつの世界を独自の濃度で見せるフィルターになっている。《201704EOF》はフレームがつくる重なりを利用して、青い光で満たされたより大きな平面を9つの異なる濃度で見せる。エキソニモは、ディスプレイのフレームを世界を区切るための装置ではなく、ひとつの世界を異なる濃度で見せる装置として機能させたのである。

「光⇆モノ」が常に可能な場としてのディスプレイ

Aから始まるAシリーズの第1作であり、デジタルイメージとフィジカルなマテリアルとの境界線を探求したBody Paintから続くシリーズの最新作。Aシリーズでは、モニターの全面が塗りつぶされ、そこに映っている(かもしれない)映像は完全に覆われ見えなくなっている。しかし観客は、塗りつぶされたモニターの奥にあるはずの映像の存在を感じる、もしくは求めるかもしれない。5

絵具に塗り潰されたディスプレイは機能しているのかはわからないけれど、絵具が示す形から確かにそこにあるようには見える。けれど、ずっと見ていると、ディスプレイがそこにあるのかも不確かになってくる。塗りつぶされたディスプレイという奇妙な状況は、見る者にどのような振る舞いを求めているのであろうか。ディスプレイが機能しているのか否か、さらには、その存在がシュレディンガーの猫的な状況に置かれているなかで、ヒトはディスプレイに何を見るのであろうか。

ディスプレイを塗りつぶすことは、映画のようなプロジェクターの光を受けるスクリーンを塗りつぶすこととは異なっている。なぜなら、スクリーンもそれ自体が光るわけではなく、外部からの光を必要とするからである。スクリーンは塗りつぶされたとしても、外部からの光で映像を示すことができる。対して、ディスプレイは外部からの光を必要とせず、それ自体が光源である。フランスの思想家レジス・ドブレはディスプレイがつくり出す光が映像の歴史において、大きな区切りとなっていると指摘する。ドブレは映画のスクリーンとテレビなどのディスプレイとの違いを次のように記している。

なぜ多色のテレビ/ビデオ映像に大きな区切りを見るのだろうか? 重なり合った二つの理由がある。まずはブラウン管によって、われわれが<映写>から<放送>へ、あるいは、外部の<反射光>からスクリーンの<放射光>へと移行したことである。テレビは、演劇、幻灯機、映画に共通の、暗い部屋と光の啓示を対置する古くからの装置を破壊する。テレビの場合、像にはおのれの光が組み込まれている。像はみずから示すのだ。おのれを源とするがゆえに、われわれの眼には、「自己原因」と映るのである。神、あるいは実体の、スピノザ的な定義だ。映写ではすべからく、スクリーンの外側に立つ映写技師が必要とされ、したがって二重化が前提となる。一方、ブラウン管の像は、表象の二つの極を、事物そのもののある種の放射へと融合する。次のようなメタファーがさほど仰々しくないなら、こういってもよいだろう。つまり、画素みずからが、世界の量子的構造を示すのである。つまり、担うものと担われるものとは同質なのである。われわれは美学から宇宙論へと移行したのである。6

ドブレの指摘に従うならば、エキソニモは《A Sunday afternoon》で、ディスプレイを塗りつぶして、光源という「自己原因」を消去したことになるだろう。「自己原因」を消失したディスプレイはフレームも同時に失い、絵具が塗られたひとつの板となるだろう。だから、ディスプレイは塗りつぶされたあとに、その表面に映像を示すことはできない。

エキソニモは確かにディスプレイの前面を塗りつぶして、「自己原因」である光源を消去してしまったのかもしれない。しかし、それでもなお、ディスプレイに電源ケーブルをつないで展示しているのは、なぜだろうか。ドブレはディスプレイにおいて「画素みずからが、世界の量子的構造を示す」と述べているが、それは単にピクセルが「光の明滅」であるといっているにすぎない。確かにディスプレイは映画とは異なりそれ自体が発光するため、プロジェクターとスクリーンのように映像を映す装置として二重化は必要としない。けれど、ディスプレイは光だけで構成されているわけではない、そこにはフレームも含めたモノが存在している。スクリーンが一枚の布としてモノとしての側面を極限まで希薄にしているのに比べると、ディスプレイはモノが複雑に組み合わされて光を精巧につくりだすものであって、モノ性は無視できないものなのである。光源として機能するピクセルを明滅させるためには、電源ケーブルが必要なのである。だから、エキソニモはディスプレイに電源ケーブルを接続することで、「ディスプレイは塗りつぶされたかもしれないけれど、光源が消去されたかはわからないですよ」という曖昧な状態をつくりあげているのである。電源ケーブルがあるということは、いつでも電気が供給されて、ディスプレイが光を明滅させられることを示しており、光の明滅を直接見れなくても、電源ケーブルというモノが「自己原因」たる光源の存在を示唆しつづける。つまり、画素=ピクセルだけでなく、電源ケーブルを含めたディスプレイ全体が「自己原因」となりうるひとつの場を構成しているのである。

では、ディスプレイ全体はどのような場を構成しているのであろうか。ディスプレイが構成する場を考えるために、《A Sunday afternoon》でディスプレイを塗りつぶすモノである絵具の意味を考えてみたい。エキソニモによる作品解説では次のように書かれている。

A Sunday afternoonは、ある有名な点描の風景画からいくつかのピクセルをピックアップした色で複数のモニターが塗られている。点描という手法は、現在でも印刷物の網点やモニターなどの色の表現で用いられる視覚混合の技術であるが、Aシリーズでは、その1点、1ピクセルをフレームを含むモニター全面にまで拡大することで、デバイスとしてのモニターの機能性や記号性、そこに映し出されるべき映像、そして絵の具というメディアを通した、多様な意味や記号が絡み合う、新しい点描的”知覚”混合を試みている。7

有名な点描の風景画とはジョルジュ・スーラの《グランド・ジャット島の日曜日の午後》のことである。スーラの点描が示した視覚混合の技術が現在のディスプレイでも用いられていることは、エキソニモが指摘する通りである。スーラはモノに反射した物体色としての色を分解して、絵具に置き換えて、キャンバスに描いた。現在、《グランド・ジャット島の日曜日の午後》はシカゴ美術館にあるが、多く人はインターネットで検索し、ディスプレイを介して作品を見ている。この時には、スーラが光からモノへと変換した絵具が、再び、光に変換されている。《グランド・ジャット島の日曜日の午後》はまさに「絵画自体が光る」というスーラが望んだであろう状態で、世界中のディスプレイで表示されている。ディスプレイはスーラが分解した光をさらに分解して、RGBの三原色の光からなるピクセルを制御している。エキソニモはピクセルの光をピックアップし、絵具へと変換して、ディスプレイを塗りつぶす。スーラが光からモノに変換したように、エキソニモもまた光からモノに変換している。しかし、その意味は大分異なっている。なぜなら、スーラはキャンバスという発光しない平面を発光させるために光を分解してモノとして描いたのに対して、エキソニモはもともと分解された光を示す平面を塗りつぶして、ディスプレイから光を奪う方向に向かっているからである。

あの作品は、画面内のピクセルを捉えて、モニター自体を覆い尽くす過程で発光体から反射体に、データから物質に、内側から外側に、とあらゆる意味で相転移している事の意味が、捉えきれないことが作品たらしめているんだと感じています。赤岩はまた別の問題を感じたようです 8

千房のツイートが示すように、ピクセルの光がディスプレイを絵具として塗りつぶすことで、ディスプレイというデバイスにはあらゆる意味で相転移が起こっている。ディスプレイは光の明滅という原型的性質を絵具というモノで覆われる。しかし、その絵具が示すのは、光の明滅がつくるピクセルである。ディスプレイは光源としての単位であるピクセルを全体に拡大する際に、モノに覆われる。これはモノであるディスプレイ全体を「ピクセル=光」へと相転移させることであったとも言えるだろう。千房のツイートで指摘される「発光体から反射体に、データから物質に、内側から外側に」というのは、同時に逆の方向「反射体から発光体に、物質からデータに、外側から内側に」も向かっていると考えられる。つまり、ディスプレイを塗りつぶすことで「光⇆モノ」という流れが生まれているのである。

ここで、赤岩が感じた問題についての千房のツイートをみてみたい。

赤岩は実際に塗った人間ですが、その時にイメージがデバイスから開放されていく開放感を感じたそうです。見に来た人の中には真逆にイメージが閉じ込められていると言う人もいました(水野さんも)。赤岩は「もうモニターはいらない」と言ってました。9

ここには私の名前も出てきているが、赤岩と私とでは全く別のベクトルの感じを作品から受け取っている。このように全く別のベクトルの考えがでてくるのも、ディスプレイを塗りつぶすことで光とモノとが相互に相転移する状況が生まれるからである。ここで興味深いのは「もうモニターはいらない」という赤岩の言葉である。エキソニモはネットアートから作品制作を始めており、作品は常に「モニター=ディスプレイ」とともにあったと言える。このことを考えた上で、ディスプレイを塗りつぶした赤岩が発した「もうモニターはいらない」という言葉を考える必要がある。赤岩の言葉を考えるために、ここでエキソニモがディスプレイを塗りつぶし始めたことについての千房の言葉を参照したい。

LEDディスプレイに直接ペイントするという手法はそれ自体ではもはや珍しいわけでもなく、元々絵描きの人たちにとっては、ディスプレイがあらゆる場所に氾濫するような時代になってきているので、その上にもペイントしようというのは必然的な流れであると言えるでしょう。しかし、元々絵描きではない自分たちエキソニモは、画面の中でプログラミングなどを使って作品を作っていた人間なわけで、絵の具を手にとってディスプレイ面に塗りたくり始めたというのには、ちょっとした飛躍があります。10

ここで千房が書く「ちょっとした飛躍」と赤岩の「もうモニターはいらない」という言葉は、《A Sunday afternoon》で重なり合うと考えられる。エキソニモにとってディスプレイはプログラムを具現化するためのものでしかなかった。ディスプレイは作品の支持体ではなく、プログラム通りに光るモノであり、プログラムと見る者とのあいだでデータを光に変換する「インターフェイス」である。エキソニモにとってのディスプレイは「光⇆データ」が常に可能な場としてのインターフェイスなのである。インターフェイスはふたつの存在を接続可能な状態にする「あいだ」である。ならば、赤岩が《A Sunday afternoon》でディスプレイを塗りつぶした瞬間に、そこに表示されているかもしれない光の明滅を見る者が自由に想像することができるようになったと指摘することは、ディスプレイがインターフェイスとして「あいだ」になったことを示すのだろう。つまり、ディスプレイが絵具で塗りつぶされた瞬間に、光の明滅を示すモノとしてのディスプレイは消失したかもしれないが、「光⇆データ」「光⇆モノ」といったかたちで、どんな存在であっても光と変換可能な状態にする場というディスプレイの本質が現れたのである。

「ディスプレイ場」というプレイグラウンド

最後に、千房がデジタル表現の特性を指摘したテキストから、エキソニモがディスプレイの何を塗りつぶし、何を得たのかを考えてみたい。

ものを作るという行為は本来「退屈」を減らす行為なのではないか。目の前の美しさに目を奪われれば、退屈は失われていく。しかし、美しさを目前にしながらも退屈を感じてしまう、そんな二重化された感性をもつことによって、構造的に表(スクリーン)と裏(ソースコード/データ)から成り立っているデジタルな世界から現れて来た彼らが、本当に美だと感じているものに近づくことができるのではないだろうか。11

エキソニモはディスプレイの表面の「スクリーン」を塗りつぶしただけなのである。ディスプレイは「自己原因」ではなく光とモノとに二重化されている。「二重化」といってもスクリーンと映写機とが示す距離がある二重化ではない。光とモノとは「ディスプレイ」というひとつのモノのフレームで、複雑に絡み合いながら重なり合っている。ディスプレイは光とモノとが重なり合う場をつくるインターフェイスなのである。だから、単にディスプレイのモノの部分を塗りつぶしたとしても、光は消え去ることはない。エキソニモはディスプレイの「裏」の存在を信じている。だからこそ、ディスプレイは表面を塗りつぶした絵具の背後で、それ自体が発光する可能性をもちつづけるのである。絵具が光を完全に遮るとしても、ディスプレイが光を放つ可能性を0にはできない。光が実際に明滅しているか、つまり映像を示すことではなく、光源であることがディスプレイの機能であり、存在証明なのである。同時に、その存在証明である光源を構成するモノが存在するのである。それゆえに、塗りつぶされたモノと重なり合う光源は、塗りつぶされてなお光を放つ可能性をもつことになる。ディスプレイは光とモノとが重なり合う場であり、ディスプレイというインターフェイスがあるからこそ、光とモノとが複雑に絡み合えるのである。そして、それはデバイスとしての「ディスプレイ」が消失したとしても、「ディスプレイ場」というかたちで世界にあり続ける。《A Sunday afternoon》の塗りつぶされたディスプレイは、ヒトが光とモノとをディスプレイを離れた物理空間で自在に操れる「ディスプレイ場」というプレイグラウンドを手に入れつつあることを示している。


exonemo solo exhibition “Milk on the Edge”
May 5 – June 10, 2017 @hpgrp Gallery New York
434 Greenwich Street, New York, NY 10013
http://hpgrpgallery.com/newyork/

参考文献
1. 小町谷朝生『地の眼・宙の眼───視覚の人類史』、勁草書房、1996、p.286
2. 小町谷朝生『色彩と感性のポリフォニー』、勁草書房、1991、pp.78-79
3. エキソニモ「Milk on the Edge」展リーフレット、2017
4. 千房けん輔「デザイン・サイコメトリー 第35回ワクワクの時代」、MdN 2017年6月号、p.132
5. エキソニモ、前掲リーフレット、2017
6. レジス・ドブレ『レジス・ドブレ著作選4:イメージの生と死 』嶋崎正樹訳、NTT出版、2002年、p.336
7. エキソニモ、前掲リーフレット、2017
8. 千房けん輔(@1000b)のツイート https://twitter.com/1000b/status/877743348022378499(2017/07/02アクセス)
9. 千房けん輔(@1000b)のツイート https://twitter.com/1000b/status/877744214791999489(2017/07/02アクセス)
10. 千房けん輔、前掲記事、p.132
11. 千房けん輔「半透明な記憶から」『セミトランスペアレント・デザイン (世界のグラフィックデザイン)』、DNP文化振興財団、2014年、p.7

水野勝仁
甲南女子大学文学部メディア表現学科准教授。メディアアートやネット上の表現を考察しながら「インターネット・リアリティ」を探求。また「ヒトとコンピュータの共進化」という観点からインターフェイス研究を行う。