Vapor Aesthetics #08-09

“Vaporwave Is Dead” 以降の現行Vaporwaveシーンにフォーカスする連載。
8〜9月のデジタル、フィジカルリリース・ベスト。

Text: Sute_Aca, Title Image: 50civl

近頃はファシズムと結びついたFashwaveや、人種差別的なミームにタグ付けされることも少なくないVaporwave。その影響はInstagramなどのSNSのハッシュタグにも波及し、#Vaporwaveとは全く関連のないイメージが溢れかえるだけに留まらず、時には人権を蔑ろにするポストが見受けられるほど深刻な様相を呈しています。この現状から、かつてのVaporwaveの原風景を取り戻そうとESPRIT 空想ことGeorge Clantonを筆頭に『#takebackvaporwave』なる運動が広まりつつあります。その一環として日本人アーティストseaketaによるコンピレーションプロジェクト、TBVが始動するなど各所で広範な運動を巻き起こしているようです。Vaporwaveレーベル〈Elemental 95〉は『#takebackvaporwave』について 「Vaporwaveの誤ったイメージの拡散を停止し、その代わりに才能あるアーティストによるコミュニティのサポート」することが目的であると述べ、「サンプリングミュージックは、芸術から盗むことではなく成長させること」であると締めくくっています。

今月のおすすめ作品です。

MindSpring Memories – The Binary Ocean

Rainbow Bridge〉や〈Swamp Circle〉などといった先鋭的なレーベル運営を展開し、また90年代ごろからノイズや具体音楽、サイケデリック、ブラックメタル、ドリームポップなど多彩な音楽スタイルで活動してきたシカゴ在住の女性作家Angel Marcloid。彼女は数多もの名義を有しており(Dementia And Hope Trails、Dim Dusk Moving Gloom、Apk ♀ ᴎᴇᴛ ☯ LtdFAX、……等)その佇まいはどこかNew Dreams Ltd.時代のvektroidを思わます。そんなAngel MarcloidのエイリアスのひとつであるMindSpring Memoriesはアンビエント的な側面からVaporwaveにアプローチしたプロジェクト。チリの〈No Problema Tapes〉からリリースされた最新作『The Binary Ocean』は、表題を冠した50分にも及ぶ壮大なアンビエントが特徴的。0と1とで構成されたインターネットの海を漂う虚しさ、安らぎにいつまでも身を任せていたくなるようなサウンドスケープが繰り広げられていきます。おニャン子クラブの『シーサイド・セッション』というサンプルソースを、およそ45分にも渡って引き伸ばし、虚構のデジタル・ビーチサイドを創り上げたt e l e p a t h テレパシー能力者の『海側恋人』然り、こういった長尺のVaporアンビエント作品には蒸気から「Water(水)」へと相変化した表現が広く見受けられるように思います。

HYPERMEDIA – EXOSPHERE

ミネソタ州の新興レーベル〈Sunset Recordings〉によって集められた総勢45名のVaporwave作家による集合体HYPERMEDIAによるコンピレーションアルバム『EXOSPHERE』。本作は「SKY(空)」「CITY(街)」「DREAM(夢)」という3つのフェイズから構成されています。「SKY(空)」にはDigital Sex、猫 シ Corp.、Trademarks & Copyrights、さらには骨架的なども参加しており、オーソドックスなスタイルのVaporwaveを存分に堪能することができます。続く「CITY(街)」はChungking MansionsやYoshimi、Shinatamaなど〈Dream Catalogue〉や〈Antifur〉、〈Kudatah〉といったレーベルカラーを感じる近未来的なテクノロジーと調和するエレクトロニックなフェイズ、最後の「DREAM(夢)」はSangamやs a k i 夢、P A T H S パスによる夢見心地なアンビエントなフェイズへと移り変わっていきます。『EXOSPHERE』は現行のVaporwaveシーンを象徴する素晴らしいコンピレーションアルバムだと思います。

Vaporwaveフィジカルの世界

さて、現行のVaporwaveシーンを語るうえで欠かすことのできないもの、それがカセットテープを始めとするフィジカル(物理メディア)です。Vaporwaveが懐古趣味的なサンプルソースを多様しているせいか定かではありませんが、Vaporwave作品の多くはデジタルフォーマットに伴ってカセットテープでリリースされるという傾向が強いです。カセットテープでのリリース量は去年だけでも数え切れないほど。Discogs市場ではMacintosh Plusの『Floral Shoppe』のカセットテープが10万円近い値で取引され、Vaporwaveカセットのみに特化したコミュニティ「Vaporwave Cassette Club」には7000人以上ものVaporwaveカセットファンが集っていたり、一方では『Obi Strip Cassette』と呼ばれるカセットテープに帯を付ける独自の文化が生まれたり。また、カセットテープのみならず近年ではVHSやフロッピーディスク、MD、カセットテープの豪華ボックスセットといった物理メディアも登場するなど、他に類を見ない独自のカルチャーを築き上げているように見えます。このコーナーでは、そんな魅惑のVaporwaveフィジカルの世界を、私が集めたコレクションの中からいくつかご紹介していこうと思います。

仮想夢プラザ – 仮想夢プラザ〈Ephemera Archives〉

t e l e p a t h テレパシー能力者によるVaporアンビエント・ドローンプロジェクト、仮想夢プラザ。過剰なピッチダウンにより引き伸ばされ、蒸気というよりも液状と化したアンビエンスが押し寄せるVaporドローンの金字塔的な作品として知られています。このアンビエント超大作が〈Ephemera Archives〉によってフィジカル化がなされました。アルバム収録曲の総計はおよそ16時間以上。それを、なんとわざわざカセットテープというフォーマットに収めるという暴挙により、カセット16本のボックスセットという仕様になっています。本作はもともとは限定25部に制限されており、それを抽選形式で選ばれた人のみに購入権が与えられるという仕組みで販売されました。お値段も2万円超。ですが、熱心なVaporカセットジャンキーたちが殺到し、結果、レーベル側によって増産が決まったという経緯があります。Vaporwaveのカセットボックスセットといえば、断片化された友人「Fragmented Memories」や、Tech Noir「完」などがありますが、本作はそれらを凌駕する量と密度。Vaporwaveシーン界隈はカセットテープ至上主義的な風潮があり、それがここに極まっているように思えます。カセットは8本が収まるボックス2つが木製のケースに収められており、ケースに彫り込まれたプラザの大理石タイルを模したようなデザインがとても美しいです。ちなみに現在は販売期間を過ぎてしまったため購入は不可能です。

ZONΞ ΞATΞR, §E▲ ▓F D▓G§ – ZONΞ ΞATΞR vs. §E▲ ▓F D▓G§〈Chamber 38〉

〈Bludhoney Records〉は名だたるVaporwaveアーティストから、ASTROやC.C.C.C.などの活動でも知られる日本のノイズミュージシャン長谷川洋までもが参加するVaporwaveとエクスペリメンタルシーンを繋ぐ重要なレーベル。その実験部門というコンセプトのもと立ち上げられたサブレーベル〈Chamber 38〉からリリースされたのは、先日〈Orange Milk Records〉からの最新作『Pharma』が記憶に新しいNmeshことAlex KoenigによるプロジェクトZONΞ ΞATΞR(ZONE EATER)、そして、Vaporwaveのサブジャンル『Oceangrunge(オーシャングランジ)』のパイオニア§E▲ ▓F D▓G§(Sea Of Dogs)によるスプリット作。実験部門というコンセプトに相応しく、カセットは生物兵器を封じ込めるための袋に密閉され、検体移送用の伝票が付けられてリスナーのもとに届けられます。

James Webster – Virtual Utopia Experience: The Movie〈Baudway Video〉

カセットテープ至上主義的なVaporwaveフィジカルにおいて、もう一つ特筆すべきはVHSです。Vaporwaveの魅力は、音楽だけでなくアートワークや独創的な映像世界という視覚的な分野にもあり、VHSはそれを実現する最適なフォーマットだと言えます。Vaporwave VHSの起源は遡ること2015年。カナダのレーベル〈Lost Angles〉はLuxury Eliteのアルバム『Fantasy』のYoutube動画をVHSに収録してリリース。20部限定のVHSは熱心なファンたちによって30秒足らずで完売してしまいました。(筆者も争奪戦に参加したのですが、カートに入れた瞬間売り切れました。)〈Lost Angles〉はこの反響を受け、VHSのみに特化したレーベル〈Baudway Video〉を立ち上げ、Luxury Eliteのリイシューをはじめ〈Business Casual〉を主宰するchris†††の『Social Justice Whatever』をVHSでリリースするなど積極的に活動しているようです。VHSはその後、大流行の兆しを見せます。lペプシマンlKROPNなど自主制作でVHSをリリースする作家が現れたり、Vaperrorが主宰する〈PLUS100 Records〉からはテレヴァペの『永』がVHSで、〈Sunset Recordings〉からはVHSテープリワインダーの『Forgotten Passions』がVHSでリリースされるなど大手レーベルが参入するなど、現在ではVHSはマストアイテムとなっています。猫 シ Corp.も自身の自主レーベル〈Oasys Virtual Entertainment Productions〉から来年辺りにVHSリリースを予告しており、大きな反響を呼ぶこととなりそうです。

さて、今回はそんなVHSシーンを創り上げた〈Baudway Video〉のカタログの中からJames Websterの『Virtual Utopia Experience: The Movie』をご紹介しましょう。
本作は、Death’s Dynamic Shroud.wmvやHCMJなどの名義でも知られるJames Websterによって制作されたミュージックビデオや映像作品15本から構成されています。Death’s Dynamic Shroud.wmv、CONSUMERプロダクト、Xepter RoseなどJames Webster本人が携わった楽曲ほか、Giant Claw、VAPERROR、PowerPC MEといった現行Vaporwave周辺のシーンにおける主要な作家の楽曲も数多くコンパイルされており、彼がこの界隈において欠かせない人物であることが窺い知れます。ビデオを再生するや否や、視聴者はヴァーチャル・ユートピアへと引きずり込まれていきます。チープなローポリゴンで構築されたターミナルや工業地帯、かと思えば近未来的な3DCGによって描出された美しい山々や海が広がり、そこに入り乱れる幾何学的な造形物。もはやユートピアではなくディストピアをさまよっているとしか思えない非現実的な空間が展開されたり、グリッチが発生したり、場面が唐突に切り替わったりと、カオティックな1時間を存分に堪能することができます。『Virtual Utopia Experience: The Movie』はVaporwaveシーンのみならず、2010年代のインターネットというバーチャルな空間に漂う空気感を映し出した、極めて重要なアーカイブスと言えるでしょう。

捨てアカ
島根県在住のVaporwaveリスナー。〈New Masterpiece〉より発刊された『蒸気波要点ガイド』に寄稿している。
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