Lauren Boyle講義レポート

学びの未来を提示する「DIS ART」が向き合う現代のディストピア

Text: Yusuke Shono

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ウェブの深層に生きる人々の空想が、ときにフィジカルな世界も巻き込んで世界に影響を与えていく様を描き出した木澤佐登志による「ダークウェブ・アンダーグラウンド」は、ネットの集合無意識の底辺から生み出された妄想や陰謀論、そして思想が人々を虜にし、またそれらが作り出すさまざまな幻影が容易に真実として受け入れられてしまうという、現実において真実の力(あるいはフィクションの力)が無効化してしまうという絶望的な現代の姿を、鋭くダイナミックな視点で映し出した。

先日、東京藝術大学上野キャンパスで行われた、Lauren Boyleの特別講義も、まさにそうした現実を反映した内容だった。Lauren Boyleが最初7人の仲間と立ち上げ(その後4人での活動となる)、さまざまなコンテンツを世に送り届けてきたDIS Magazineは、ここに来て大きな転換点を迎えた。DIS Magazineは事実上の閉鎖となり、DIS ARTと名前を変えて映像コンテンツをサブスクリプションで視聴できるサービスへと変化したのである。今回の講義では少なくとも彼女たちの現在の問題意識と、その活動を作り出してきた基盤となる考え方を理解することができた。これまでインタビューなどが困難だった経緯もあり、この講義は私にとってもとても貴重なものであった。

DIS Magazineの始まりは、2010年に遡る。

立ち上げからすぐにDIS MagazineはNYだけでなく、国際的なアーティストたちのハブになりました。特にテクノロジーに関心のあるアーティスト、あるいはネットワーク化する世界の中でどのように生きるかというテーマを持つ人々が集まる場になったのです

例えば、2012年に行われたDIS IMAGEというプロジェクトは、24日間、アーティストを呼んでスタジオで写真を撮影し、個人や商業目的でダウンロードできるオンライン上のイメージのライブラリを作ることを目指したプロジェクトだった。また、2014年には、アーティストたちが制作したプロダクトを購入できるDIS OWNというプロジェクトもオンラインに公開。こうした一連のプロジェクトには、オンラインマガジンの編集という枠を超えて、プラットフォームを作るという明白な意識が貫かれていた。

DIS Magazineもプラットフォームの一つです。さまざまな人たちを巻き込んでさまざまなことをする、そうするとそれがアートかどうかも不明瞭になっていく。その意味では、わたしたちはアート界のアウトサイダーとして活動しているといえます

DIS Magazineが活発に活動していた当時は、オンラインの文化が最も華やかであった時期に当たる。ポストインターネットという概念が議論を呼び、またオンライン上ならではの実験を行うjoggingなどのアートコレクティブもいくつか点在していた。彼女たちはそうした動きと連動しながら、コマーシャリズムやファッションと言った消費文化、現代の流行といったものに含まれる洗練やその背後にある欲望に焦点を当て、わたしたちの生きる現代においてどのような美学が存在しているのかをさまざまなプロジェクトやキュレーション、そして自らの作品を通じて示してきた。

そして、2016年にはベルリン・ビエンナーレのキュレーションに抜擢される。彼女たちにとってそれは最も大きな展覧会のプロジェクトであり、それはまた彼女たちが行ってきたこれまでの実践の集大成となる展示となった。その模様は何回かに分けてこのサイトでもレポートしたが、その試みにより、世界中に影響を与えてきたDIS Magazineというプロジェクトは一旦一つの区切りを迎えることとなる。

ベルリン・ビエンナーレのキュレーションが終わり、見回してみると世の中がすごく変わっていました。アメリカでは選挙でトランプ大統領が選ばれて、すべてがひっくり返ってしまった。そんな世の中でアーティストとして活動することはすごく難しい、あるいはその意味があるのだろうかと思ってしまうような状況でした

2011年、ニューヨークではウォール街に代表される富の集中に反対するオキュパイ運動が発生する。そして、2017年から全米に広がったME TOO運動と、DISが拠点を置くNYでも政治的なアクションが連綿と続いていきた。しかし、消費文化が作り出すさまざまな行動様式を作品に融合するという彼女たちがキュレートしてきた作品からは、そうした運動との連動性はそこまで感じなかったようにも思う。

数学者でもあり、情報理論の研究者でもあるMichel Serresはその著書『Thumbelina』で、親指を持って世界にアクセスするそういう世代のことを小さな親指世代と呼んでいます。彼は小さな親指世代が、自分の小さな親指で全てを操作できる能力を持つだけでなく、例えばこの世代による空間や時間の捉え方がもうすでに以前と完全に異なっているだろうと推測しています。そこで疑問が生まれるわけです。親指でタイプしてスクリーンをどんどんスワイプしていって、人間の頭では処理しきれないようなネット上の情報の海から知識を得ることができるこの時代に、そもそも脳みそが必要なのかと

小さな親指世代がもたらす現代の問題は、物事を判断するための知性の様式が変化したことである。具体的に言えば、フェイクニュースやフィルターバブルといった状況の到来により、思考すること、そしてそれを元に判断し、行動するというこれまでの人々の物事を判断する方法ががらりと変わってしまったのである。たとえそれがどんなに荒唐無稽な事実であっても、人々は容易に信じ込むということが明白な事実となった。一つ一つは小さな変化かもしれないが、その積み重なりにより世界はその姿を大きく変えつつある。そんな状況を無力に受け止めるのではなく、そこから何かを形成できるような向き合い方が必要だと、彼女は言う。

こういった前提条件を考えると、知識体系を発展させ、共有していく方法、あるいは戦略を見直す必要があるのは明らかです。特に、フェイクニュースやフィルターバブルといった背景を前に、教育の政治参加も、そして知識処理もより大きなスケールで、より長いビジョン、そしてより高い感性をもって、問いと向き合わなければならない

DIS Magazineの代わりに「エデュテイメント」というテーマを掲げて立ち上げられた現代の複雑な状況に対する「問い」を示すための作品を発表するプラットフォームが、DIS ARTである。この複雑な時代においてどのように自分自身をトレーニングしていくかということを考え、社会や政治、そして経済における複雑さに目を向け、向き合うということ。言うなれば教育による知性の復権を目指しているのである。

しかし、教育やエンターテイメントといった言葉から連想してしまうと、彼女たちの実践を捉え損なってしまうような気もする。アートという領域そのものがエデュテイメントという概念を包含しているからである。そもそも、ヴィジュアルアートは複雑性を単純化しないで理解する方法でもあり、その意味ではDIS ARTもDIS Magazineの実践の延長に位置するものであると私は思う。

日本語でもディスるといった表現をすることがあるように、「DIS」というネーミングには「反対」するというニュアンスもある。その言葉は、この時代の変化とともに矛先をもっと明確なものへと変えつつある、ということなのかもしれない。

最後に、この講義で紹介されたDIS ARTのコンテンツの一つである、Jacob Hurwitz GoodmanとDaniel Kellerによる30分のショートフィルムの抜粋で、タヒチで行われた最初のSeasteadersと呼ばれるテクノユートピア主義者たちの会議を収録したという映像についても触れておきたい。

映像では、ピーター・ティールから資金援助を受けて2008年にPatri Friedmanが立ち上げたテクノフューチャリストのグループThe Seasteading Instituteが映し出される。非効果的で重苦しいマジョリティによる支配から抜け出すために、彼らが提案するのはミクロな政府が複数浮いている自由主義的な未来だった。オープン市場で政府を選んだり、気候変動さえもハッキングできる。憲法ではなく、自由にバージョンアップすることができるソフトウェアのような法律が存在する、そんな未来社会である。

西洋の新自由主義はグローバリゼーションという言葉をカモフラージュとして都合よく使ってきました。今、力を増しているテクノロジー業界の権力者たちも同じです。この世代には、声を上げる権利よりも出る権利、すべての人が投票する権利よりも出ていくという権利のほうが重要なのではないかという考え方、「Exit Over Voice」を主張する傾向があります。すでにあるものを改良するよりも新しい構造を作りたい、既存の組織でキャリアを積むよりもスタートアップを作りたい。あるいは新しい国を作りたい、そうした傾向です。Seasteadersと呼ばれる自由主義者たちはガバナンスに競争原理を持ち込もうとしています。小さな政府が企業のように機能するそういった世界です

実際に彼らは、タヒチ沖に特別経済地域を設けて、そこに最初の浮島を作る計画を実現するため、フランス領ポリネシア政府と交渉を始める。結論から言えば、この計画は頓挫してしまうのだが、今、次なる社会像を作ろうと模索しているのがピーター・ティールをはじめとした新反動主義者たちであるというのが、非常に気になる点である。ちなみに、リバタリアンたちの近代国家から「脱出」しようというこの動きは、冒頭で触れた「ダークウェブ・アンダーグラウンド」の「既存のシステムからの脱出」という章にも描かれている。

わたしたちが思い描いてきた、民主主義が善であるという建前が明確に崩れ始めた現代、そうした風景の中でどのような姿勢で生きるべきなのか。それは3.11を経て、急激に歴史を巻き戻すかのように右傾化してしまったここ日本においても全く他人事ではない。そして残念なことに、日本においては、こうした現実に向き合おうという表現はまだあまり現れていないように思う。

これらの作品はわたしたちの観客へのある提案です。未来に求められるのは念入りに研ぎ澄まされた観察力だけではなく理解をするスキルです。DIS ARTの目的というのは解決に向けたコミュニティを育てること。その中心にあるのは、社会的政治的そして経済的な構造がどのように作用しているのか、それを再考して、今、支配的なナラティブの外側に生成的な青写真を描きたいという、そういう思いであり、願いです。私たちは極めて重要な問題に関して、情報を提供し、インスピレーションを与え、人々を動かしていきたいと思っています

http://dis.art